アカハライモリの求愛と性フェロモン

動物たちはみな、(少数の例外を除けば)雌雄が出会い生殖行動を通じて種をつないできました。

雌雄が作る配偶子(卵と精子)で子を成すことを“有性生殖”と言いますが、有性生殖の起源は真核生物の誕生の時期までさかのぼると考えられていますから、真核生物の誕生から19億年に起こった無数の雌雄の出会いが私たち自身の命につながっています。

私は、脊椎動物の配偶行動、特に生殖相手を選ぶ過程に興味を持って両生類のイモリ(アカハライモリ)を研究しています。今回は、イモリという動物とその配偶行動を紹介し、脊椎動物の配偶者選択のメカニズムを知る上でなぜイモリが適しているのかを説明します。

イモリの特徴

イモリは写真1の通りトカゲのような外見をしていますが、両生類の有尾目と呼ばれるグループに属しています(一方、カエルは変態すると尾がなくなるので、無尾目という別グループに分類されます)。

写真1:イモリ(アカハライモリ)。その名の通り、お腹が赤い

有尾目にはイモリのほか、天然記念物のオオサンショウウオやペットでも人気なウーパールーパー(メキシコサラマンダー)などがいますが、有尾目の中でもイモリの仲間はカエルやオオサンショウウオなどのサンショウウオとは異なって、“体内受精”をする動物です。

多くの魚類、カエル、サンショウウオは、雌が水中に産んだ卵に複数の雄が精子をかけて受精が成立しますが、哺乳類など四肢動物の大半では、精子は生殖洞から雌の体内に入り、受精が成立します。この仕組みによって、乾燥した陸上環境でも有性生殖が可能となるとともに、雌が交配相手を明確に選択することが可能になりました。

特にイモリの雄には陰茎のような外部生殖器がないため、精子は精包という構造に収まって体外に放出され、それを雌が能動的に生殖洞内に取り込む必要があります。ですから、雄は自身を配偶者として雌に選択してもらうために、熱心に求愛を繰り返します(写真2)。

写真2:雄イモリの求愛。雄は繁殖に成熟した雌を見つけると行くてを遮り、尾をふって雌に水流を送ることを繰り返す

雌雄間コミュニケーションと性フェロモン

私たちは、雌雄がどのようにして配偶者を選んでいるのか、その時に必要な雌雄間のコミュニケーションのあり方について知りたいと考え、求愛相手を慎重に吟味し、体内受精を行うイモリの生殖行動を詳しく観察しました。

その結果、この雌雄間コミュニケーションは主に互いの“匂い”を介して行われていることを突き止めました(図1)。性フェロモンと呼ばれる物質です。

図1:匂いを介して行われている雌雄間コミュニケーション

雄を求愛へ駆り立てる雌の性フェロモンは、排卵を控えた雌の卵管の上皮細胞から分泌される3つのアミノ酸で構成されるペプチド(imorin:アイモリン)であり、雄が求愛から精包を雌へ受け渡すまでの間、雌を惹きつけておくための雄の性フェロモンは、発情した雄の肛門腺から分泌され、10個のアミノ酸で構成されるペプチド(sodefrin:ソデフリン)であることが、それぞれ判明しました(図2)。

ちなみに、アイモリンとソデフリンは、男女の恋心を残した万葉集の和歌から名づけられました。ソデフリンは飛鳥時代に男性が女性に恋心を伝えた表現「袖ふる」、アイモリンは男性が愛する女性を呼ぶ言葉「妹(いも)」が由来です。

図2:アイモリンとソデフリン

面白いことに、染色体上にあるゲノムDNAに格納されたソデフリン遺伝子には、複数のコピー遺伝子が存在しており、いくつかのコピー遺伝子からはアミノ酸配列が異なっている類縁ペプチドが生成されることがわかってきました。

この類縁ペプチドの構造や割合はイモリの個体群や個体間で異なっており、ある種の個性を生んでいると推測できます。この多様性は、もしかすると雌の配偶者選択(ソデフリンは万能ではなく、求愛した雄が雌に相手にしてもらえないことも多い)の鍵を握っているかもしれません。

事実、奈良県のある個体群からは地域特異的なコピー遺伝子に由来する類縁ペプチド(aonirin:ソデフリンの8残基目のロイシンがバリンに置換している。名の由来は奈良の枕詞「あおによし」から)が発見され、その地域に生息する雌に対してだけソデフリン以上の性フェロモン活性を示すことが明らかになっています。

特定の地域集団においてのみ有効な性フェロモンの存在は、生殖に関わる雌雄間コミュニケーションを担う性フェロモンとその受け取り手の反応が雌雄間で協調して進化するという事実と、性フェロモンコミュニケーションを担う分子の遺伝的変異の蓄積が種を分けるような生殖隔離に繋がる可能性も示しています。

私たちはまだ、イモリたちが愛を“語らう”嗅覚物質を雌雄でそれぞれたった1つずつ知り、これらの物質のやりとりが彼らのコミュニケーションに必要と知ったばかりです。

今後、雌雄が配偶者を選ぶ時にこれまで知られているもの以外の刺激の働きや、“恋”に落ちる前と後ではどのような変化が脳内で起きるのか、彼らを見つづけ解析していきたく思っています。

【執筆】
中田友明(なかだ・ともあき)
早稲田大学教育学部卒業。2003年より非モデル生物の研究を開始。2007年早稲田大学大学院理工学研究科修了。博士(理学)。早稲田大学教育学部客員研究助手、(独)農業生物資源研究所特別研究員を経て、2009年より日本獣医生命科学大学獣医学部にて勤務、2023年より同学准教授。著書に『カラーアトラスエキゾチックアニマル 爬虫類・両生類編 第2版』(共著、緑書房)、『愛玩動物看護師の教科書 第2巻』(分担執筆、緑書房)など。