被害者は30羽以上のカラス
2020年9月の昼下がり、札幌市の某公園内で「ハシブトガラス」と「ハシボソガラス」あわせて30羽以上の死体がみつかったと、警察署から電話がありました。当時、僕はある獣医大学で野生動物医学専用の研究施設を運営していたので、こういった死因解析の依頼がしばしばありました。
僕の専門は法獣医学(法医学の獣医版)ではなくて、寄生虫学です。でも、研究テーマが、野生動物や動物園・水族館の動物などの寄生虫病の診断と疫学だったので、材料集めの必要から、いろんな所に「死体を分けてください!」と頼んでいたら、いつの間にか「死因を調べるなら、あげるよ」という流れになっていました。きっかけは研究材料のためでしたが、こういった事件は社会不安の元ですから、それを沈静化させるために引き受けるようになりました。社会貢献というやつです。
さて、届いたカラスの死体(写真1)ですが、すでに腐りかけていましたので、「病理学の同僚は、間違いなく敬遠するな」と思いつつ、悪臭と戦いながら体表・皮下の肉眼的な検査をしました。皮下脂肪や胸筋の状態から栄養状態は良好なことがわかり、外傷・骨折なども認められなかったので、季節柄、ウエルシュ菌による出血性壊死性腸炎が疑われましたが、消化管所見は正常でした。
口腔内の吐瀉物(写真2)と胃内容物に黄染傾向があったため、有機リン剤シアノホス(写真3)による中毒と仮診断し、科捜研用に調整したサンプルと一緒に警察に検案書を渡しました。後日、その仮診断は確定されたとの連絡を受け、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(鳥獣保護管理法)違反の容疑で捜査中とのことでした。
近隣で殺鳥剤事件が次々発生
でも、これで終わらず、この後の14カ月間、札幌市内のみならず隣の小樽市まで広がりつつ類似事件が発生し、そのたびに当方に解析依頼があり、すべてで同じ薬剤が検出されました。
この薬剤は、本来、害虫退治のための農薬ですが、鳥を効果的に殺すことも知られ、「殺鳥剤」とも呼ばれるようです。約30年間、獣医大学の野生動物学を担当してきた僕でしたが、「殺鳥剤」というおぞましいワードをこの事件で初めて知りました。だからといって、この記事を読んだ人は、決してマネをしないようお願いします。3度目の事件では死体のそばにあったパンからもこの毒物が検出され、餌に混ぜたことが明らかです。なので、誤ってこれを食べた動物は皆、被害者になる危険性があります(実際、この現場の近くで愛玩犬がシアノホス中毒で斃死したことも、後日、僕の耳に入りました)。
漫画が犯罪抑止に貢献?
幸い、この謎の連続殺鳥事件、最近は起きていません。僕の想像ですが、この事件が大手漫画雑誌で取り上げられたからだと思っています。その作品は『ラストカルテ ―法獣医学者 当麻健匠の記憶―』という法獣医学をテーマにしたものです。詳しく述べる余裕はないため、この事件を取り上げた初回を含め、下のリンク先から無料でご覧になれますのでご確認ください。それを読めば、当時の私たちのドタバタ状態を想像できることでしょう。
野生動物の法獣医学は新しい分野ですから、限界ばかりです。今回のように大団円となるケースはまれです。しかし、「決して謎のままには終わらせないぞ!」という強い意志をもった人々が、日夜活躍しているのも確かです。
この連載「野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状」は、その一端を紹介しつつ、法獣医学を含む野生動物医学の社会的な使命を知っていただくために企画しました。このような啓発活動は、先ほどの漫画が効果を発したように、抑止効果が期待されるからです。まあ、それはともかく、どうかお楽しみください!
なお、この漫画は2023年8月末に「次に来る漫画大賞」で上位に選出されたとのことです(https://tsugimanga.jp/winner/2023/comics.html)。
引用先:小学館「サンデーうぇぶり」 https://www.sunday-webry.com/episode/3269754496660551558
【文・写真】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。
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