カラス博士の研究余話【第1回】
白いカラス

カラスには目がない?

ありえないことを表現することわざに「カラスの頭が白くなる」があります。

たしかに、日常で私たちがみかけるカラスは黒1色(写真1)で、白いカラスなんていません。ですから、この語句は状況を示すのにピッタリです。

写真1:まさに真っ黒なハシボソガラス

一方、「烏」という文字もカラスが黒だからこそできた感があります。「鳥」と「烏」の2つの文字の違いをよく考えてください。鳥という文字は、烏より一画多くなっています。烏にはなくて鳥にある部分の横棒(一画)は象形文字に戻すと、目に相当します。

そうです。烏という文字には、鳥の目を示す部分の一画がありません。

実は、多くの鳥は身体と目の色が違うので(写真2)、容易にその位置がわかるのですが、カラスは身体だけではなく、目も黒いのです(写真3)。そのため、漢字を考案した古代の人にはカラスのつぶらな瞳がみえず、烏という文字になったとの説もあります。

写真2:カモの目。くりくりした目の位置がよくわかる

写真3:カラスの目。よくみるとかわいい瞳をしているが、遠くからはよくわからない

白いカラスはどれくらいの頻度で現れる?

さて、色の話を身体全体に移していきます。ここ十数年、白いカラスが目撃されたというニュースがたまに報じられています。

ことわざにある「頭が白い」どころか全身が白いカラスも目撃されているのです。

私もコメントを求められるのですが、その際に「白いカラスは、どれくらいの頻度で現れるのか?」とよく聞かれます。答えとしては「毎日どこでもみられるわけではないので、珍しいといえば珍しい。年に1回程度みることができる月食とほぼ同じ出現頻度」となります。

しかし、天候にさえ恵まれれば、全国の広範囲で見ることができる天体模様と異なり、白いカラスは地域限定ですので、月食より珍しいという点では話題性があるようです。

過去十数年の間に新聞やテレビなどで報じられた「白いカラス目撃ニュース」を調べてみると、多い年では3件で、ほぼ毎年1~2件の報告があります(図1)。

みられる時期は、巣立ちが始まる頃が多く、それ以外は少ないようです。また、多くはその年に生まれた幼鳥と考えられます。なぜなら、目撃情報はひと時で、年を通しての目撃ニュースがないからです。その点から考えると、なんらかの原因で冬を越すことができない個体が多いのではないかと考えています。

図1:白いカラスの出現頻度(2009~2022年筆者調べ)

この白いカラスには、2タイプあります。1つは全身が白いタイプ(写真4)、そしてもう1つが程度はさまざまですが、部分的に黒色の羽がみえるタイプです。前者を完全アルビノ(白子)、後者を白変種と呼びます。

写真4:全身が白いアルビノガラス

黒いカラスが白くなる原因は遺伝子です。普通のカラスが黒いのは、メラニンという色素の生合成に関わる遺伝子が正常にはたらき、全身の羽毛にメラニン顆粒があるからです。

一方、完全アルビノガラスはメラニン顆粒をつくる遺伝子がないため、真っ白になります。もう1つのタイプ・白変種では、メラニンを合成する遺伝情報はありますが、色素が減少あるいは少ないことが原因です。

これまでみられた白いカラスは白変種の方が多く、一見、全身が白くみえても、よく観察すると目が黒かったり、脚が黒かったりします。完全アルビノは目の奥も色素がなく、奥の血管が透けて赤くみえます(写真4)。

白色が混ざったカラスもたくさんいる

ところで、日本においては、カラス=完全な黒色というイメージですから、白いカラスの出現に驚くわけです。しかし、世界にいる40種あまりのカラスのすべてが黒いわけではありません。著者がエジプトでみかけたカラスは、ハシボソガラスに近い種ですが、ズキンガラスと呼ばれ、背中、腹部、胸部、脚は灰色でした。そのため、別名ハイイロガラスともいいます(写真5)。

写真5:ズキンガラス

また、冬にはたくさんのミヤマガラスが大陸から日本に渡ってきますが、それに混じってコクマルガラスもやってきます。このカラスは頸部から腹部にかけて白いのです(写真6)。

多くのカラスは確かに黒いのですが、遺伝子の欠損などではなく、正常な状態でも、白や灰色が羽装に入り込んでいるカラスがいることを知っておくと、カラスをみる世界がぐんと広がります。

写真6:コクマルガラス

この連載では、とても身近なカラスについて、意外と知られていない話題を中心に取り上げていきます。次回は、カラスの睡眠を紹介します。

【文・写真】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。