野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第2回】エキノコックス症対策だからといって勝手にキツネを退治するなんて…

「ああ、またか」とため息が出る事件

2023年6月、僕のもとに「某大学演習林そばにアカギツネ*数頭分の死体があるので受け入れてほしい」との電話がありました。連絡元は、そこを管轄する警察署です。

*キタキツネという愛称、または亜種名の方がしっくりしますが、正しく論議すると色々ありますので、以下は単にキツネとします。

死因解析の依頼なのですが、こういった話が僕のところに来る理由はこの連載の第1回で説明したとおりです(野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第1回】ある朝カラスの死体が累々:殺鳥剤という怖いワード)。しかし、僕たちがそういった作業をしていた野生動物医学の専用施設がつい最近閉鎖されました(その経緯は後の回でお話しします)。ですので、その警察からの連絡には「そういったことで、今は受け入れることができないのです。本当に申しわけありません。キツネの死体が近くにあったという某大学獣医学部に搬入されてはどうでしょう?」と、返答しました。

すると、「もちろん、その大学にはいの一番に電話しましたが、即座に断られました……。何とかなりませんか?」とのこと。「なーんだ、二番目かよ」と心中で毒づきつつ、「死体の周りには、何か落ちていませんでしたか?」と聞くと、青色のフライのような揚げ物があったと即答です。

「ああ、またか」とため息。もちろん、科捜研などで詳しい化学分析をしないといけませんが、状況からカルバメート剤メソミルによる毒殺と直感しました。まず、彼の地での二次被害を防ぐため、その警察の人に同じ物が落ちていないか周辺を綿密に探し、回収することをお願いしました。

メソミルなら、キツネだけではなく、その他の野生動物、あるいは愛玩犬が食べても中毒死するからです。実際、ソーセージにメソミルを仕込み、狙った犬を殺す事件が日本各地で頻発しています(写真1)。ですので、この毒物に付いた別名は「犬殺し」です。

写真1:市販のメソミルを魚肉ソーセージに詰めたダミー毒餌(『野生動物の法獣医学(地人書館)』より改変)

毒物はごく普通の農薬

メソミルは、近くのDIY専門店で販売されているほど、ごく普通の農薬(殺虫剤)です。そのため、みたことがある人も多いと思いますが、特徴的な青緑色をしています。こういった現場の周辺では、毒餌のほか、犠牲となった動物の吐瀉物(青緑がかった内容物)が認められることがあります。発見した場合は、ゴム手袋をして、ビニール袋などに入れて、冷凍保存していただいてもよいかもしれません(写真2)。そのような試料は犯罪の証拠になるからです。

写真2:北海道道央地方E市郊外の下水処理場敷地内でみつかった、キツネ6個体の死体散乱現場に残されていた吐瀉物

キツネは北海道の風土病「エキノコックス症」の病原寄生虫を媒介する終宿主です。もちろん、道民はこの事実をとてもよく知っているため、自主的な対応をしています。

たとえば、僕の自宅は道央地方のE市にあるのですが、時折、写真3のような毒殺使用をやんわり諭す回覧が来ます。これは、メソミルなどの農薬を使った違法な駆除が常態化していることを示すものです。キツネをこのような方法で殺すことは違法ですし、先に述べたように、キツネ以外の動物が食べてしまう事故もありますので、絶対にやめましょう。

一方でキツネは観光客(このごろは道民の一部も含まれます)にとって愛らしい動物ですので、餌付けをしている人もよくみかけます(写真4)。実に悩ましい問題です。

写真3:北海道道央地方の某自治会からの毒薬使用をやんわりと諭した回覧板

写真4:知床半島にて観光客がキツネにスナック菓子を与える様子

ところで、メソミルの別名を「犬殺し」と紹介しましたが、鳥類にも応用した事件がありました。水で溶いたメソミルを米に染み込ませ、それをドバトに与えて殺したという東京都内の事件です(2019年4月3日、朝日新聞デジタル)。犯人は某私立大学の教員(男性、准教授)であったようです。

「動物関係? もしや知り合い?」と心配しましたが、それは杞憂でした。それはともかく、逮捕容疑については、鳥獣保護管理法違反とのことでした。この法律にはドバトは含まれていないと思うので、ちょっとモヤモヤが残りました。法律のことは複雑なので次回以降にして、逮捕の決め手は現場公園の防犯カメラ映像、家宅捜索によるメソミルの確認、自白などのようでした。

しかし、犠牲となったドバトの死体の病理解剖(剖検)の実施の有無は不明でした。きちんと原因を追究するなら、剖検によりメソミルがその体内から検出され、かつ病理所見でこの薬剤による急性中毒を証明する必要があったと思います。

そういう場で活躍するのが、法獣医学なのです。


この連載を掲載している「いきもののわ」を運営している緑書房より、『野生動物学者が教えるキツネのせかい』(著:塚田英晴)という本が刊行されました。エキノコックス症や、食性などの生態についても詳しく解説されています。よろしければお読みください。

【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。