飼い主さんが子猫を連れて最初に動物病院に訪れるのは、多くの場合、ワクチン接種や健康診断です。このとき「日常生活で何か困っていることはありませんか?」と筆者が尋ねると、多くの飼い主さんが子猫の困った行動について質問をされます。完全室内飼育されるようになり、飼い主との関係が身近になった分、飼い主さんの悩みは増えているようです。
この連載では、子猫の飼い主さんから質問の多い「遊びによる攻撃行動」と、問題行動の予防としても重要な「社会化」、そして「来院時の注意点」について解説していきます。その他の部分については、拙著『パピークラス&こねこ塾スタートBOOK』を参照してください。
子猫飼育におけるポイント:遊びによる攻撃行動への対処
子猫は本来であれば、きょうだい猫と追いかけあったり、虫や小鳥を捕まえたりして、起きている時間の多くを遊びに費やします。これらの遊びは、おとなになって行う縄張り争いや狩りのリハーサルですが、その必要がない飼い猫にとっても、心身の発達のためになくてはならないものです。
ただし、現代は交通事故や猫同士の抗争、感染症の危険性があり、猫を安全に外出させることができる場所はほとんどありません。そのため、室内飼育が望まれますが、室内で単独飼育されている場合には、心身の発達に必要な刺激が不足します。捕食動物にとって、特に重要な動くものによる刺激は、室内では飼い主さんだけになるため、飼い主さんを咬むという問題が起こりやすくなります。
遊びによる攻撃行動は、不快情動によって起こる深刻な攻撃行動とは異なります。しかし、遊びであっても飼い主さんを咬んだり、引っ掻いたりする行動パターンを身に付けると、色々な場面で人への攻撃行動が起こりやすくなります。また、子猫のときはかわいいじゃれ咬みでも、成長とともに咬む力が強くなり、飼い主さんが外傷を負うようになることも少なくありまえん。
これに対して猫に体罰を与えたりすると、不快情動が生じ、本格的な攻撃行動へと発展することもあります。予防のためには、子猫のうちに人を咬む機会を与えないことです。そのためにまずするべきことは、追いかけたり、咬みつくといった子猫の正常な行動のはけ口をつくることです。
【ポイント! 遊びによる攻撃行動への対処】
◇手足を使って遊ばない
◇おもちゃを使って十分に遊ぶ
◇人の手足に攻撃してきたときには止まる、隠す、立ち去るなどして相手にしない
◇可能であれば、猫同士で遊ばせる(相性や感染症に注意が必要)
◇猫がスイッチオンのときにはさわらず、スイッチオフのときに穏やかにふれあう
■手足を使って遊ばない
子猫が咬むような状況をつくっておきながら、「咬んで困っている」と訴える飼い主さんが多くいます。例えば、覚醒状態の子猫に対し、撫でる、抱くなどのふれあいを求めると、その刺激で遊びモードのスイッチが入り、さわっている手を咬んでくることが多くみられます。
子猫がスイッチオンのときにさわるのは、咬むことを教育しているのと同じことです(写真1、2)。これを続けて、咬む力が強くなってからやめさせようとしても、すでに行動レパートリーとして定着しており、やめさせるのは難しくなります。
つまり、簡単にスイッチが入る状態の子猫をさわることは禁物で、このようなときにすべきなのは、おもちゃを使ってコミュニケーションをとることです(写真3)。
■おもちゃを使って十分に遊ぶ
捕食動物である猫は、子猫期にあらゆるチャンスを逃さずに獲物を捕らえる訓練をします。動くものを追いかけ、捕まえ、咬みつく技術を習得することは、生き残るために必須だからです。また、遊びの中で周囲の仲間との付き合い方も覚えていきます。
生きていくために必要なエネルギーや好奇心は、刺激不足の室内環境では飼い主さんへのじゃれ咬みやいたずらなどの困った行動に注がれるようになります。したがって、室内でもできるだけ自然界で得られるような刺激を与える工夫が必要となるのです。
刺激不足解消には、以下のような遊びを取り入れるとよいでしょう。
◇食べものは知育玩具や穴を開けたペットボトルなどに
◇おもちゃは数日ごとに交換し、新しいものを与え、空き箱や紙袋、登れる場所などを与える入れて与える
◇飼い主さんがおもちゃで毎日一緒に遊ぶ
子猫が人の手足を狙って飛びつくといった行動がなくなるまで、遊ぶ必要があります。子猫のきょうだいたちを観察していると、起きている時間の大半を遊びに費やしています。飼い主さんがおもちゃで毎日遊んでいても咬むといった場合、まだ遊ぶ時間が足りないと考えてください。
遊ぶ時間のすべてを飼い主さんが対応するのはたいへんなので、市販の自動で動くひとり遊び用のおもちゃを補助的に利用することもお勧めします。
■人の手足に攻撃してきたときには止まる、隠す、立ち去るなどして相手にしない
手や足を咬まれたとき、飼い主さんが応戦するのは自然な反応ではありますが、そうすると猫はますます興奮して咬んできます。応戦することでより激しく攻撃するようになるため、応戦してはいけません。また、咬まれた後で無視したとしても、咬む行動自体が報酬になっているため、咬むことはなくなりません。
最も効果的なのは、咬まれる状況をつくらないことです。猫が狙っている様子がみられれば、咬まれる前に動きを止め、おもちゃなど別の対象に注意をそらし、咬む行動が出る前に、別の行動に導くとよいでしょう。
■猫同士で遊ばせる(相性や感染症に注意)
同じ年頃の子猫同士で遊ばせることも有効です。子猫は相手を狩りの対象に見立てて追いかけあって楽しく遊ぶので、飼い主さんに向けられる遊びによる攻撃行動の頻度を大幅に下げることができます。
その際、猫同士の相性が悪いといった問題を避けるためには、きょうだいの子猫を2頭で飼育するのがおすすめです。きょうだいがいない場合にも、社会化期の子猫同士であれば、多くは短時間のうちに仲良くなります。ただし、月齢が進むにつれて、慣れるのに時間がかかるようになります。
2頭を飼えない場合、きょうだいや同じ年齢の子猫と定期的に遊ばせるのも有効です。筆者の動物病院では、複数のスタッフがきょうだいの猫をそれぞれ1頭ずつ飼い、お互いの家に定期的に連れて行くなどして遊ばせています。そうすることで、キャリーでの移動や車・電車に乗ることに慣れたり、家族以外の人や犬と会う機会が増えたりして、自然と社会性のある猫に育つなどの利点もあります。
■猫がスイッチオンのときにはさわらず、スイッチオフのときに穏やかにふれあう
猫を撫でようとしたときに、猫がじゃれて咬みついてきたら、スイッチオンの状態と考えるべきです。このタイミングでふれあうのは、猫に人を咬むことを教育しているのと同じです。スイッチオンのときには撫でたりせずに、おもちゃを使って十分に遊ばせます。遊び疲れてゆったり眠っているときには、さわっても咬むことはありません。これがスイッチオフのときです(写真4)。
寝ているのに、さわるとすぐに咬みついてくるのであれば、その猫にとって遊びが十分でないか、接触刺激に対する馴化不足と考えるべきです。十分に遊んだ上で、さわっても咬んでこないときに優しく撫でたり、気持ちよく体をさわる練習をすることで、猫は人との穏やかなふれあいを学び、それを楽しむようになります。さわられることに対して過敏な場合には、好物を食べさせながら体をさわる練習をするのも効果的です。
■罰は効果的ではない
先に述べたように、体罰はより攻撃的な猫に成長する原因となります。また、単独生活をする祖先種をもつ猫では、犬と異なり、飼い主さんがそばから立ち去るなどの社会罰は効果が期待できません。さらに、咬むことは捕食動物として生きていくために不可欠な行動であり、行動自体に報酬性があります。そのため、咬まれた後で対処しても、行動を減らすことは難しくなるのです。
人の手足を咬む状況を徹底的に回避することと同時に、おもちゃのように咬んでもよい対象を咬むように誘導することが重要です。子猫期に人を咬むという行動を繰り返さなければ、成長後も咬む行動が出にくくなります。もちろん咬む経験をさせずに育てたとしても、後に乱暴な扱いをすれば防衛本能がはたらき、攻撃するようになります。優しく扱えばそれだけ穏やかな性格に育つでしょう。
ときに、猫に恐怖を与えるような強い罰を与えることで猫が飼い主さんを警戒し、攻撃行動も起こさなくなることもあります。しかし、このような方法では猫とよい関係を築くことはできず、動物福祉の観点からも推奨できません。
次回は「社会化の機会」を解説します。
[参考文献]
・村田香織.パピークラス&こねこ塾スタートBOOK.2019.インターズー.
【文・写真】
村田香織(むらた・かおり)
獣医師、博士(獣医学)、もみの木動物病院(神戸市)副院長。株式会社イン・クローバー代表取締役。日本獣医動物行動研究会 獣医行動診療科認定医。日本動物病院協会(JAHA)の「こいぬこねこの教育アドバイザー養成講座」などで講師も務める。獣医学と動物行動学に基づいて、人とペットが幸せに暮らすための知識を広めている。主な著書に『「困った行動」がなくなる犬のこころの処方箋』(青春出版)、『こころのワクチン』(パレード)。