バイオミメティクス 生き物に学び人々の生活へ活かす科学と技術

バイオミメティクスという言葉を聞いたことがありますか?

バイオミメティクスとは、生物模倣などとも呼ばれる比較的新しい科学研究分野です。生物の形や構造、生産プロセスといった仕組みから機能などを学び、それを活かしたり、そこから着想して新しい技術を生み出すことを指します。

研究分野として名称がついて確立したのは比較的最近ですが、生物から着想を得て新しい技術を開発する研究は、古くから行われてきました。もっとも身近で有名な例の1つは面ファスナーでしょう(いわゆるマジックテープ、ベロクロテープのことです)。これは、表面がトゲトゲした植物の種子にヒントを得て、お互いにひっかかる2枚の布を開発し、製品化された一例です。

他にも、近年の例として、ヨーグルトがくっつきにくい容器の裏ブタがあります。昔のヨーグルトは、フタを開けると裏側にヨーグルトがべったり張り付いていましたが、最近の容器ではそれが起こっていません。これは、ハスの葉の水を弾く表面を模して作られたフィルム素材が、フタの裏側に使われているからです。ハスの葉の表面を顕微鏡で観察すると、小さなブツブツ(突起)がたくさん存在しており、この構造で水を弾いています。これを参考にして同様の構造をもつフィルム素材が開発されたのです。

カワセミからヒントを得た新幹線

実は鳥を参考にしたものもあります。広い視点では、もっとも普及し知られているのは飛行機なのでしょうけれど、これはさすがに仕組みの違いが大きいので、飛ぶ機能や構造を参考にしたというよりは、インスピレーションの一部といったところでしょう。

近年の事例として、500系新幹線があります。高速で走行する500系新幹線の先頭車両の形は、空気抵抗を減らすためにデザインされており、流線型をしています。この形状は、水に勢いよく飛び込むカワセミの頭の形状からヒントを得て開発されたことが知られています(写真1、2)。

写真1:カワセミは、水中に勢いよく飛び込み魚を捕まえる。その頭部形状は、空中から水面へ向かって飛び込む際、抵抗が少ない流線型の形状をしている

写真2:500系新幹線。先頭車両はカワセミを参照した流線型であり、フクロウの羽を参照した騒音低減構造がパンタグラフに採用された

さらに、この新幹線には、もうひとつ鳥を参考にしたバイオミメティックス技術が盛り込まれました。それは、騒音を低減するために開発された、パンタグラフ表面のギザギザ・デコボコの形状です。フクロウ類は音もなく飛翔し獲物のネズミなどを捕らえますが、その無音飛行の秘密は、羽の先端の細かなギザギザ構造にあります。セレーションと呼ばれるこの微細な構造によって、空気の流れを整え、羽音がしない飛翔を実現しているのです。

その形状を参考にして、パンタグラフの風切り音を低減する仕組みが開発され、新幹線が発する騒音が低減されました(写真3)。他にも、構造色を参考にした新素材などの研究も行われており、今後も、鳥を参考にしたバイオミメティックス技術が生まれてくることでしょう。

写真3:フクロウ類の羽の微細構造(セレーション)を参考に開発された、風切り音を低減するためのギザギザ構造(矢印)。パンタグラフの表面(左右)につくられたこの構造により、風切り音を低減している

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【執筆】
森本 元(もりもと・げん)
公益財団法人 山階鳥類研究所 研究員/東邦大学 客員准教授 ほか。1975年新潟県生まれ。東邦大学大学院理学研究科修士課程を経て、2007年立教大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。立教大学博士研究員、国立科学博物館支援研究員などを経て、2012 年に山階鳥類研究所へ着任し2015年より現職。専門分野は、生態学、行動生態学、鳥類学、羽毛学など。鳥類の色彩や羽毛構造の研究、山地性鳥類・都市鳥の生態研究、バイオミメティクス研究、鳥類の渡りに関する研究などを主なテーマとしている。 監修書に『知って楽しいカワセミの暮らし』『知って楽しいカモ学講座 カモ、ガン、ハクチョウのせかい』『ツバメのせかい』『ツバメのひみつ』、監訳書に『世界の渡り鳥大図鑑』『フクロウ大図鑑』(いずれも緑書房)。