ワクチンシーズン到来! 犬の感染症と予防法の基礎知識:前編

犬との暮らしをエンジョイしている飼い主の皆さん、はじめまして! 松波動物病院メディカルセンター獣医師の松波登記臣です。飼い主さんからはトキオ先生と呼ばれています。

この記事では、犬と暮らしていくうえでの基本中の基本である「犬のワクチン」について、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

最初に「犬の感染症」について、次に「犬のワクチン」について、ご説明していきます。

犬の感染症

ウイルス感染症

「インフルエンザウイルス」や「新型コロナウイルス」などで人にも馴染みが深いウイルスですが、犬にも多くの怖いウイルスが存在します。ここでは、代表的な犬のウイルス感染症をピックアップします。ワクチンに関係するウイルスもありますよ。

■犬ジステンパーウイルス
耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。1歳未満での感染が多いといわれているウイルスであり、ペットショップや繁殖施設での感染が多いことでも有名です。 このウイルスで怖いのは、高い致死率です。感染すると、呼吸が苦しくなったり、神経異常が起こったりします。ワクチンで防ぐことができます。

犬パルボウイルス2型
犬ジステンパーウイルス同様に、子犬の頃に感染しやすいウイルスです。感染して症状が出ると、亡くなってしまうことが多い感染症です。この犬パルボウイルス2型は、体内だけでなく体外でも生きてしまうウイルスのため、万が一発生した場合には消毒などを徹底しなければいけないことでも有名です。ワクチンで防ぐことができます。

■犬アデノウイルス1型・2型
犬アデノウイルスは、1型は肝炎ウイルスと呼ばれ、2型はケンネルコフでも有名な、いぬ風邪ウイルスと呼ばれています。いぬ風邪単体ではそこまで怖くはありませんが、いくつかの感染症が一緒に起こることがあるので注意が必要です。1型も2型も、2型のワクチンでまとめてフォローできます。

■狂犬病ウイルス
世界で最も有名なウイルスですね。世界に存在するウイルス感染症で、最も致死率が高いことで有名です(発症してしまうと致死率は100%です)。いまだに世界で年間5万人が亡くなっており、その90%近くはアジアであると報告されています。もちろん犬にも感染しますが、一部の例外を除いた哺乳類すべてに感染する、とても怖いウイルスです。こちらもワクチンで防ぐことができます。

細菌感染症

「細菌」と「ウイルス」を混同してしまう飼い主さんも多いかもしれません。「バクテリア」と呼ばれているものが細菌です。いちばん有名な細菌は、大腸菌やビフィズス菌でしょうか。細菌のすべてが悪者なわけではなく、健康に良い細菌もいますが、ここでは犬が罹りやすい細菌について紹介します。

■ブドウ球菌
ブドウ球菌は犬の皮膚に常にいます。ブドウ球菌が増えたことで起きる皮膚病としては「膿皮症(のうひしょう)」が有名ですね。皮膚に赤みやブツブツが起きて、かゆくなります。ブドウ球菌は犬にとっては常在菌ですので、ほかの犬からうつされることも、ほかの犬や人にうつすこともありません。

■大腸菌、サルモネラ、エルシニア、カンピロバクター、ウエルシュ菌
たくさん並べましたが、これらはすべて下痢を引き起こす細菌たちです。一般的には「細菌性腸炎」と呼ばれます。特に有名なのが、大腸菌とカンピロバクターですね。これらの細菌は、もともと犬の腸内に存在しますが、爆発的に増えることで腸炎を起こし、下痢や嘔吐などの症状を出してしまいます。予防として、いつも食器などを清潔にしておくこと、人が出す生ゴミなどはしっかり管理しておくことが大事です。

■レプトスピラ
この感染症はタイプ(型)が多く、その大半をげっ歯類が保有していると言われています。げっ歯類が排泄した糞尿で汚染された土壌や水などを摂取することで感染するのです。感染した犬は肝不全や腎不全を引き起こし、亡くなってしまう事例も多くあります。人にも感染するため、注意が必要です。河川に近い地域に住んでいたり、野生動物が多く生息する地域に頻繁に旅行する犬には、ワクチン接種をおすすめしています。

内部寄生虫・外部寄生虫

「内部寄生虫」や「外部寄生虫」と言われてもパッと想像できないかもしれません。「内部寄生虫」はおなかの虫など、「外部寄生虫」はノミやダニなどを指します。犬のうんちの中で動く糸のようなものや、毛の間を走りまわる黒い物を見たことはありませんか? 犬がよく遭遇する寄生虫を簡単に紹介します。

■コクシジウム
犬のおなかの虫のなかでもメジャーなのが、コクシジウムです。瓜実条虫という別の寄生虫(白いイトミミズのような虫)も有名ですが、私の動物病院ではコクシジウムのほうがよく遭遇します。主な症状は下痢で、多くは自然回復します。重篤な場合は血便なども起こします。他の犬へ感染する可能性が高いため、コクシジウムが確認された場合は他の犬から隔離したり、食器などを熱湯消毒してもらったりします。

■ジアルジア
ジアルジアも動物病院ではよく遭遇します。主に子犬に感染しますが、まれに成犬でも認められます。この寄生虫で怖いのは、水や食品を介して容易に感染してしまうところです。発展途上国では人への感染がいまだに問題になっている寄生虫でもあります。こちらも主な症状は下痢ですが、自然回復することはあまりなく、ジアルジアをやっつけるためのお薬を服用しなければいけません。

■フィラリア、ノミ、マダニ
とってもメジャーな寄生虫たちです。春の予防シーズンでは、血液検査でフィラリアに感染しているかいないかのチェックを必ずされるかと思います。フィラリアは蚊が感染させるので、蚊が発生しているシーズンは特に予防をしなくてはなりません。また、ノミやマダニも犬や人に怖い感染症をうつすことが分かってきており、多く発生している時期は予防が大切です。フィラリア、ノミ、マダニの予防に関しては、後編で紹介します。

真菌感染症

「真菌」はカビのことです。人に感染するカビで有名なものには、水虫やカンジダなどがあります。それと同様に、犬に感染するカビが存在するのです。犬に感染するカビの多くは人にも感染するので、飼い主さんも注意が必要になります。

■皮膚糸状菌
犬の皮膚病を起こすことで有名なカビです。子犬や、免疫力が低くなってしまっている犬など、皮膚のバリアが弱い犬が感染しやすくなります。主な症状は発疹や脱毛で、とても強いかゆみが出てくることでも有名です。さらに、容易に人にも感染しますので、疑わしい症状が出た場合は皮膚科をすぐに受診してくださいね。

■マラセチア皮膚炎
マラセチアは、犬の皮膚や耳の中に常にいるカビの一種ですが、爆発的に増殖することで皮膚炎やかゆみを引き起こします。増える原因はさまざまですが、もともと皮膚が弱かったり、季節的な要因があったり(特に梅雨時期から夏に増えやすい)、先述した皮膚糸状菌と同じく免疫力が低くなったりしているときに増えがちです。

人獣共通感染症

狂犬病ウイルスやレプトスピラ症など、人も動物も罹る感染症のことを「人獣共通感染症」と呼びます。英語だとZoonosis(ズーノーシス)と呼ばれています。ここでは人獣共通感染症の中でも、身近なものを紹介します。

■パスツレラ菌
「パスツレラ症」は、犬の口の中に常にいる菌であるパスツレラ菌が起こす感染症です。犬自身は無症状のことが多いのですが、人が犬に噛まれたり、犬とキスをすることで、人にうつってしまうことがありますので注意が必要です。また、犬に噛まれることで腫れて強く痛むことがあります。その場合はすぐに病院へ行き、診察を受けてくださいね。

犬のワクチン

義務(狂犬病ワクチン)

狂犬病ワクチンは「狂犬病予防法」という法律により、日本で唯一犬への接種が義務付けられているワクチンです。先述したように、いまだに世界では多くの方々が狂犬病で亡くなっており、死者数のほとんどがアジアで占められていることから、絶対に日本に侵入させたくないウイルスです。日本が狂犬病を撲滅してから65年ほど経ちますが、今の状況が続いているのは、日本の防疫機関が水際対策を続けているおかげです。半世紀以上も国内で発生していないことから「狂犬病は世界的に撲滅されている」という誤認識や、法令遵守への理解の低さなどがあり、昨今の接種率は下がる一方です。狂犬病予防法は、あくまでも人の健康を守るための法律であると、多くの飼い主さんに認識していただきたいと思います。

コアワクチン

犬のワクチンには「コアワクチン」と「ノンコアワクチン」の2種類があります。コアワクチンについて簡単に説明すると、致死率が高い感染症を予防するための、すべての犬が接種すべきワクチンを指します(ノンコアワクチンは後述します)。「ウイルス感染症」の項でも紹介した犬ジステンパーウイルス、犬パルボウイルス2型、犬アデノウイルス、そして狂犬病ウイルスですね。

ワクチンの種類としては、コアワクチンのみで構成されているワクチンがあります(犬パルボウイルス2型だけの1種、犬ジステンパーウイルスと犬パルボウイルス2型の2種など)。狂犬病ワクチンは1種ですね。

ノンコアワクチン

ノンコアワクチンは、生活環境に合わせて必要になるワクチンです。例えば、「住んでいる地域に特定の疾患が存在しない」、「そのウイルスに曝露される可能性が非常に低い」という場合は、それを予防するノンコアワクチンを接種する必要はありません。犬のワクチンでは、犬パラインフルエンザウイルス(ペットショップなどで集団飼育されている子犬に多く発症し、咳などを引き起こす感染症)、レプトスピラなどですね。

混合ワクチン

混合ワクチンとは、コアワクチンとノンコアワクチンが一緒になっているワクチンです。混合ワクチンのほとんどが5種から構成されており、コアワクチン4種(犬ジステンパーウイルス、犬パルボウイルス2型、犬アデノウイルス[1・2型])に、ノンコアワクチン1種(犬パラインフルエンザウイルス)が入っています。これのバリエーションとして、ノンコアワクチンのレプトスピラのタイプ別が追加された、7、8、10種のワクチンがあります。

表1:犬のコア・ノンコア・非推奨ワクチンの一部

犬アデノウイルス2型感染性の抗原により、犬伝染性肝炎も予防できる。
CDV:犬ジステンパーウイルス CAV:犬アデノウイルス CPV:犬パルボウイルス CPiV:犬パラインフルエンザウイルス Bb:ボルデテラ Lept:レプトスピラ CCoV:犬コロナウイルス
レプトスピラの2行目はそれぞれ左から血清型Pomona、Canicola、Icterohaemorrhagiae、Grippotyphosa、Hebdomadis、Autumnalis、Australisを示す。

ワクチン接種の注意点(タイミング、接種当日の留意点)

世界小動物獣医師会(WSAVA)のガイドラインによると、子犬のワクチンプログラム(※後述「子犬のワクチン」参照)終了後は、コアワクチンは3年に1回、ノンコアワクチンは毎年の接種が推奨されています。ただし、狂犬病ワクチンはコアワクチンであっても毎年の接種が義務付けられているので、忘れないようにしましょう!

また「コアワクチンは3年に1回の接種が推奨されている」とはいうものの、毎年の接種が推奨されるノンコアワクチンが一緒に入った混合ワクチン(特に、犬パラインフルエンザウイルスやレプトスピラなど)を接種している犬については、毎年の接種がベストになります。接種するワクチンの種類は、先述したように住んでいる地域やライフスタイルなどの生活環境を考慮して、かかりつけの獣医師と相談したうえで決めることが大事です。

子犬のワクチン

子犬は、母親からもらった免疫(移行抗体)のおかげで、生後しばらくは感染症から守られています。WSAVAでは子犬のワクチンプログラムとして、生後1.5カ月すぎからの免疫力が下がるタイミングで初めてのワクチンを接種することを推奨しています。

表2:WSAVAが推奨するコアワクチン接種スケジュール

6~9週齢で初めて来院し、3または4週ごとに再接種を行う場合のスケジュール。一部の感染症多発地域ではワクチンを2週ごとに再接種することがあるが、そのプロトコルは記載していない。26または52週齢でのブースター接種後はコアワクチンは3年ごとに上の表の頻度で接種する。

初めてのワクチン接種から2~4週間間隔(だいたい21日間隔)で、生後16週(4カ月)まで追加接種をしていきます。つまり、1歳になるまでに3回接種することになります。その後は1年後に接種します。以降、コアワクチンについては3年に1回のペースとなります。注意すべき点は、1歳になるまでに3回ワクチン接種をするだけでなく、コアワクチンの抗体がしっかり身についているかどうかを調べる必要があるという点です。抗体を調べるためには、抗体検査がおすすめです。

最後になりますが、ワクチンの種類を子犬の時期に決めることも大切です。先述しました通り、住んでいる地域や皆さんのライフスタイルなどの生活環境に合わせたワクチンの種類を、かかりつけの獣医師と相談して決めてくださいね。また、ワクチンの種類によってワクチン接種のペースも変わってきますので、しっかりご自身で接種したワクチンを把握することも大事です。

後編では、寄生虫の予防についてご説明します。

[出典]
図1、2:松波登記臣. Chapter2 予防医療. 子犬と子猫の診療ガイド. 竹内和義 監. 緑書房, 2022, p. 36-44.

【執筆者】
松波登記臣(まつなみ・ときお)
獣医師、博士(獣医学)。松波動物病院メディカルセンター(名古屋市、http://www.matsunami.co.jp/ )院長。日本大学生物資源科学部獣医学科卒業後、同大学大学院に進学し、博士号を取得。2011年より松波動物病院メディカルセンターに勤務。
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