クモはお好きですか?
皆さんは、クモにどのようなイメージをもっていますか? もしかして、「怖い」とか「気持ち悪い」、「毒をもっていそう」といったネガティブなイメージがありませんか?
実は、そのような一般的なイメージとは裏腹に、クモはとても面白い生き物なのです。
自在にいろいろな糸を操る!
クモの大きな特徴は、糸を自由自在に操り、「網」を作るというユニークな行動です(写真1)。しかも、1種類の糸だけを使うのではありません。丈夫な糸、よく伸び縮みする糸、ベタベタ粘る糸など、用途に応じて性質の違う糸を使い分けることができます。また、空中に流した糸にぶら下がって、空を飛ぶこともできるのです。
身近な環境でも100種以上!
クモはさまざまな場所に生息しています。自然が豊かなところにいるイメージをもつ人も多いかもしれませんが、森や草原だけでなく、家の周りの身近な環境にも生息しています。
例えば、公園には何種類のクモがいると思いますか? 実は、ちょっと広い自然公園だと、軽く100種以上は見つかります。また、生き物がいなさそうな都市部の公園でも、樹木や生垣を探してみるといろいろな種類のクモが見られます。
しかし、意識してクモを探したことがある人は少ないかもしれません。そこで、今回は場所ごとにクモの探し方やどんな種類がいるかを解説したいと思います。
クモの基礎知識
クモを探しに出かける前に、基本的なことを解説します。
まず、クモは何の仲間かご存知でしょうか? クモは節足動物門・鋏角亜門(きょうかくあもん)・クモガタ綱(こう)・クモ目(もく)というグループに属します。難しい名前ですね。この門・綱・目というのは分類の単位(分類階級といいます)で、いわば国・県・市・区・町・番地といった住所のように階層的なものです。門は大きなグループで、綱・目の順でそのくくりが小さくなっていきます。
節足動物門には皆さんがよく知っているカブトムシやチョウなどの昆虫も含まれていますが、クモとは違い、昆虫は六脚亜門に属します。クモと昆虫は体の構造も大きく違っています。昆虫は脚の数は6本、体は頭・胸・腹の3つに分かれていますが、クモでは、脚の数は8本、体は頭胸部と腹部の2つに分かれています(写真2)。
クモは、全ての種が例外なく糸を使います。多くのクモは糸を使って獲物を捕まえるための網を作りますが、実はクモ全体の半数くらいの種は網を作りません。それらのクモがどのような生活をしているかというと、地中に穴を掘って獲物を待ち伏せたり、植物の上で獲物を待ち伏せたり、獲物を追いかけて捕えたりしています。
使える糸の種類はグループによっても違います。たとえば、地中に住む原始的なクモの仲間では、卵を保護する糸と、巣穴を補強するための糸しか使えません。しかし、網を作るクモの仲間では最大7種類もの糸を使いこなすものもいます。
このように、さまざまな種類がいるクモですが、世界では何種類いるかご存知ですか? なんと、2024年4月現在、52,020種ものクモが知られていて、日本だけでも1,700種ほど記録されています。これらの種の他に、まだ名前がついていない種もたくさんいます(これを未記載種と呼びます)。日本でも、毎年新たな種が発見され、研究者によって名前がつけられています。
さあ、さっそくクモ探し!
まずは公園で探してみよう
クモの基本が分かったところで、まず公園に行ってみましょう。公園の探索ポイントは生垣や樹木です。こうした植物はクモにとって網を張る足場に適しています。
まず、よく見られるのがニホンヒメグモ(ヒメグモ科)という網を張るクモです。生垣の間に「かご型」の立体的な網を張ります(写真3)。大きな特徴は、網の中央に設置された枯れ葉で作った住居であり、オレンジ色の綺麗なクモがここに潜んでいます。都会の公園でも見られることの多い種類です。
次に樹木を見てみましょう。樹木の表面を歩いているクモがいます。シラヒゲハエトリというハエトリグモ科のクモです(写真4)。ハエトリグモ科のクモは網を張りませんが、とても良い視力を使って、獲物を見つけて追いかけて捕らえます。人家の塀などを歩いていることもあるのです。コンクリートに似た色をしているので目立ちません。
今度は木の根元を見てみましょう。糸で作られた袋のようなものが地面からニョキっと出ています。これはジグモの巣です(写真5)。ジグモはその名の通り、地中性のクモで、穴を掘ってそこから袋状の住居を作ります。住居の下半分は地面に隠れていますが、上半分は地上に出ています。この地上にでた巣に虫が触れると、鋭い牙で獲物を捕らえます。ちょっと上級者向けですが、同じ地中性のクモにはトタテグモの仲間(トタテグモ科)もいます。このクモは地面に穴を掘り、巣穴に片開きのフタを作ります。このフタは苔や土などで装飾されているので、一見しただけではどこに巣穴があるのか分かりません。これらの種は人家の近くにも生息しているので、機会があればぜひ探してみてください。
樹木の多い公園では樹間にジョロウグモ(コガネグモ科)が見られます(写真6)。腹部にある黄色・水色・赤色の鮮やかな模様が特徴的です。円網(後述)をはりますが、その前後に粘着性の無い糸で不規則な網を張ります。模様が特徴的で、体長も2~3センチメートルあるのでとても目立つクモですが、秋に成熟するまではあまり目立ちません。メスの網には交尾を待つオスの姿が見られますが、体がとても小さいのでまるで別種のように見えます。
田んぼの周りはクモの宝庫
家の近所に田んぼがある方は、ぜひ田んぼの周りを見てみてください。田んぼにはたくさんのクモが生息しています。
田んぼの周りの草むらには、ナガコガネグモが見られます(写真7)。お腹には黄色と黒の派手な縞模様があり、まるでハチのようです。このコガネグモの仲間は円網という平面状の網を張ります(写真1)。円網は放射状の縦糸とらせん状の横糸から成ります。これらの糸はそれぞれ違う性質の糸でできていて、縦糸はあまり伸び縮みせず頑丈なため、網の骨組みの役割を果たします。一方で横糸はよく伸び縮みし、触るとベタベタしているため、獲物を捕らえる役割をもちます。円網を見つけたら、ぜひこの縦糸と横糸を触って、その違いを確かめてみてください。
田んぼや水路の周りに目を向けると、アシナガグモの仲間(アシナガグモ科)がたくさんいます(写真8)。とても細長い形をしているので、すぐに分かると思います。昼間は棒のように体を伸ばしてイネの上で休んでいますが、日が沈み、薄暗くなると水路やイネの間に水平な円網を張りはじめます。田んぼや水路から発生する小さなハエやカゲロウなどをよく食べています。
水面を見ながら畦を歩いてみましょう。よく見ると足元をカサカサ動き回るクモがいます。これはコモリグモの仲間(コモリグモ科)です(写真9)。このクモ達は網を張らずに、地面の上を徘徊するクモです。田んぼの周りに多いのはキバラコモリグモやキクヅキコモリグモという種ですが、アメンボのように水面を歩くことができ、水面に落ちた小さな餌を捕らえています。名前の通り、お腹に子どもを背負い、子守りをする習性をもちます。
町の中にも、家の中にも
町にもクモはいます。たとえば、建物の周りのフェンス・外壁はクモにとって良いすみかです。壁をよく見てみると袋状の巣があり、中を開けてみるとクモがいました。チリグモ科のヒラタグモです(写真10)。このクモは袋の住居から放射状に糸を張り巡らせています。これは受信糸といって、この糸に触れた獲物の振動を感じると、クモが巣から飛び出てきます。
建物の外壁には不規則な網も見られます。これはオオヒメグモ(ヒメグモ科)の網です(写真11)。このクモは外壁や建物のコーナーに立体的な網をはります。この網から地表に下ろされた糸にはべたべたする粘球がついていて、この糸に虫が触れるとあら不思議、糸は地面から外れて、たちまち獲物は宙吊りになります。そう、このクモの網はアリやダンゴムシなど地面を歩く虫を専門的に捕まえる罠なのです。
さて、最後に家の中のクモを紹介します。家の中でぴょんぴょん飛び跳ねるクモがいたら、それはハエトリグモの仲間(ハエトリグモ科)です。英語では「ジャンピングスパイダー」とも呼ばれています。特によく見られるのがアダンソンハエトリという種で、日本だけでなく、世界中に広く分布しています(写真12)。家の中で見かけるクモには地域差があり、西日本や南の方に行くと、チャスジハエトリという種がよく見られます。ちなみにハエトリグモの仲間は同じ種類でもオスとメスで全く違う姿をしています。比べてみると面白いですよ。
ここまで、身近なクモの種類を紹介しました。いかがでしたでしょうか。
「このクモは知っている」という人もいれば「意識したことなかった」「見たことあるけど、名前は知らなかった」という人もいるかもしれません。
「身近な環境にこんなにたくさんのクモがいて、咬まれる心配はないの?」と思う人がいるかもしれませんが、これらのクモは人間に害を及ぼしません。農業害虫や衛生害虫を含む昆虫を食べてくれるので、むしろ人間にとって役に立つ存在です。
今回、紹介したのは、数多くいるクモのほんの一部に過ぎません。地域や環境によっても見られるクモの種類や種数は違ってきます。クモの観察をきっかけに、身近な自然や多様な生き物に興味をもっていただけたら嬉しいです。
【文・写真】
馬場友希(ばば・ゆうき)
1979年福岡県生まれ。2002年九州大学理学部生物学科卒業、2008年東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻博士課程修了。博士(農学)。農研機構 農業環境研究部門 上級研究員。クモの分類から行動・生態まで幅広く研究。著書に『クモの奇妙な世界:その姿・行動・能力のすべて』(家の光協会)、『クモハンドブック』(共著:文一総合出版)、『クモの巣ハンドブック』(共著:文一総合出版)、『新種発見!見つけて、調べて、名付ける方法』(共編著:山と渓谷社)などがある。