オオセッカという小鳥の名を、一度でも聞いたことはありますか? バードウォッチングが好きな愛鳥家の間でも知名度は低いので、一般の方はここで読むのがはじめてかもしれません。
オオセッカは、日本と中国の一部地域だけに分布する世界的に珍しい種類で、草むらや藪に潜り込んで暮らすセンニュウ(仙入)と呼ばれる小鳥(スズメ目センニュウ科)の仲間です。
まずはオオセッカの姿をご覧ください。体長13センチメートル・体重13グラムととても小さく、体長14センチメートル・体重21グラムのスズメと比べるとかなり痩せた体型をしています。全身が暗い茶色で華やかさは全くありませんが、小鳥らしいカワイイ顔をしていることと、背中に黒い斑点模様がいくつかあることがチャームポイントです。扇形の尾は少し長めで、翼は丸く短く、長距離や高速の飛翔には向いていません。実は、翼の中に小さな爪が隠れて生えていることも密かな特徴です。
日本でオオセッカが繁殖するのは、東北地方北部(青森県・秋田県)と関東地方の一部(茨城県・栃木県・千葉県)の5地域だけです。なかでも青森県の仏沼と岩木川河口部、茨城県と千葉県の境に位置する利根川下流域にほとんどのオオセッカが集結します。特に仏沼はオオセッカの半数以上が集まる、日本最大の繁殖地です。
繁殖地が判明している一方で、日本のどこで冬を過ごしているのか、その越冬分布は全体像が未だ分かっていません。2024年5月時点では、東北地方南部から近畿地方にかけての太平洋沿岸と、瀬戸内地方や山陰地方の沿岸部、四国の四万十川下流域、九州の北部と薩摩半島で越冬していることが分かっています。そのなかで最北は岩手県釜石市、最南は鹿児島県南さつま市です。
春の渡り期(3~4月)や秋の渡り期(10~11月)はこれら繁殖地と越冬地の間を移動しています。たとえば仏沼で繁殖するオオセッカは、東北地方東部の三陸沿岸・仙台平野・福島県浜通りを通過して関東地方に入り、千葉県の房総半島まで移動して越冬することが分かっています。
このようなオオセッカですが、日本にはたった3,000羽しかいません。「意外と多いじゃないか」と思うかもしれませんが、日本の人口にあてはめると地方の中規模な村と同程度です。寿命の短い小鳥としては極めて深刻な少なさで、まさに絶滅寸前と言えます。そのため、環境省の絶滅危惧種リスト(レッドリスト)の絶滅危惧IB類、および種の保存法の国内希少野生動植物種に指定されており、法的に強く保護されています。
オオセッカの生活
オオセッカは、ヨシ(アシ)やイネ科などの草が生い茂り、地面が少し湿った「湿性草原」に生息します。特に、ほどほどの背丈のヨシの間にイネ科・スゲ類・イグサ類などの下草がみっちり生えた「中層ヨシ環境」を好み、その下草の中で暮らしています。食べ物は小さな昆虫やクモ類で、特に地上徘徊性のコモリグモ類を多く食べています。これらの生活は下草の中で営まれているので、私たちは彼らの様子をほとんど見ることができません。
しかし、繁殖期(5~9月)の成鳥のオスについては、繁殖地であればかなり簡単に見ることができます。この時期のオスたちは、湿性草原内に1ヘクタール以下の小さな縄張りを構え、早朝から夕方までさえずり続けて他のオスを排除し、配偶者となるメスを呼び込みます。下草の上に出てきて「ビジョビジョビジョ」と大声で鳴いたあとに、上空へ数メートル飛び出て鳴く「さえずり飛翔」も頻繁にします。その声や姿はとても目立つため、少し遠くからでも確実に見つけることができます。
オオセッカは鳥類では珍しい一夫多妻制です。メスが下草の中に巣を作って2週間ほど抱卵したあと、孵化した雛を2週間ほど育てます。オスはヒナに餌を運ぶことをいくらか手伝いますが、メスのがんばりには及びません。
巣は場所の植生に応じて外見が異なり、枯れた下草が多い場所では枯草の塊に枯葉で作った袋状の巣を隠し、生きた下草が多い場所では袋状の巣を下草でぐるぐる巻きにし、下草が乏しい場所では皿状の巣を地面に置きます。
このように、環境に応じて3タイプの違う巣を作り分けるのは大変珍しい習性です。袋状の2タイプは特に、下草の中に巧妙に隠されており、肉食獣や猛禽類などの危険な捕食者にほとんど見つかりません。そのため、オオセッカの子育ては他の小鳥よりも成功する確率が高いようです。
巣内のヒナにとって最も危険な存在は、父親以外のオスです。オスは子育て中のメスを離婚させて自分と繁殖してほしいので、巣内のヒナを殺して今の配偶関係を破綻させようとします。父親は子育てに直接的な貢献をあまりしませんが、自分のヒナを他のオスから守る大切な役割を密かに果たしています。
オオセッカが地域限定の理由
オオセッカはどうして5地域でしか繁殖しないのでしょう。なにが彼らの繁殖分布を制限しているのでしょうか。
いろいろな理由が考えられるなかで、現在は、オオセッカのオスに互いに集まる性質があることがわかっています。本来、オオセッカのような「オスが個々に縄張りをもち、その中でメスと繁殖する」縄張り性の単独営巣種は、オス同士は排他的になって集まろうとはしません。どちらかというと、ライバルからできるだけ遠ざかろうとするでしょう。ですが、あまりにも孤独になってしまうと逆に不利益が生じてしまいます。自分の存在をメスに気づいてもらえないかもしれませんし、捕食者に狙われやすくなるかもしれません。そのため近年の研究では、そのような縄張り性の単独営巣種のいくつかでオス同士が集まる性質があることが分かってきました。その性質を同種誘引(Conspecific attraction)と呼びます。オオセッカは同種誘引がかなり強く発揮されるようで、オスは「オオセッカがいる場所」に積極的に集まり、メスも配偶者を求めてそこに集まるため、結果的に繁殖地はいくつかに限定されてしまいます。これが「オオセッカが地域限定の理由」です。
オオセッカを数える
日本の小鳥では珍しく、オオセッカは毎年の生息数が実数で明らかになっています。先述した3つの大きな繁殖地のうち、仏沼はNPO法人おおせっからんどが、岩木川河口は弘前大学と日本野鳥の会弘前支部が、利根川下流域では日本野鳥の会茨城県や日本野鳥の会千葉県が主体となって、毎年6月下旬~7月上旬にカウント調査が実施されています。生息範囲をいくつかの区画に分けて、天気のいい早朝に区画内を隈なく歩きまわってさえずるオスを1羽ずつ記録し、それを合算して集計します。オスとメスは同程度の数が生息しているので、オスの数を2倍にしたものが実際の生息数になります。
仏沼でのカウント調査は1982年にはじまり、2003年からは継続して実施されています。全国から60名以上の参加者が集まる大きなイベントで、鳥類研究者や保全関係者と大学生・高校生との交流の場にもなっています。40年以上にわたる調査の結果、オオセッカは1982年から生息数を順調に増やして2011年にピークを迎え、それ以降は減少していることが分かってきました。近年の減少がどうして起きているのか、その理由ははっきりとは分かっていませんが、仏沼の湿性草原の乾燥化、東日本大震災による三陸沿岸の湿性草原の消失、特に太陽光発電施設の増加による越冬地の湿性草原の減少など、さまざまな環境悪化が疑われています。
私たち人間社会は自然環境や野生生物に大きな犠牲や負担を強いて発展してきました。そのような一方的な関係はそろそろ止めるべきで、これからは共存共栄を図る時代になるでしょう。そのためには、まずは共存する相手をよく知らなければなりません。私たち鳥類学者は、これからも鳥たちの生態のひみつを解き明かし、人間と鳥が共存共栄する未来を求めていきます。
【執筆者】
高橋雅雄(たかはし・まさお)
岩手県立博物館 専門学芸調査員。1982年、青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科博士課程後期課程修了。博士(理学)。新潟大学朱鷺・自然再生学研究センター特任助手、弘前大学農学生命科学部研究機関研究員、日本学術振興会特別研究員PD等を経て2021年より現職。専門分野は鳥類学・行動生態学・保全生態学で、湿性草原や水田に生息する絶滅危惧鳥類(オオセッカ・ケリなど)の分布・環境利用・繁殖生態・行動について研究している。趣味が高じて、アートテラー・とに~と組み、「鳥とアート」についてのトークショーを美術館やギャラリー等で不定期で開催している。