本稿は季刊誌の「wan」2024年夏号(6月14日発売)に掲載している記事の改変版です。詳しい情報はそちらをご覧ください。
愛犬のデンタルケアへの注目が高まっている今日このごろ。歯の健康を保つには、飼い主さんが正しい知識を持っていることが肝心です。今回は、ホームケアのポイントや最近よく聞く“無麻酔スケーリング”の危険性について獣医師に教えてもらいました!
愛犬の歯の健康を守るカギは?
愛犬の歯を気遣う飼い主さんの多くは、歯の表面に付く歯石を気にしがちです。でも、歯石は歯周病を悪化させる要因にはなりますが、歯周病の原因ではありません。じつはいちばんの原因は、歯の表面に付着した白黄色の膜であるプラーク(バイオフィルム/歯垢)。プラークには数十億個以上の細菌が存在するといわれ、歯周病の主な原因になります。そして数日プラークを放置すると歯石になり、歯みがきでは除去できなくなってしまいます。口腔内環境を整えるためには歯石除去も必要ですが、カギを握るのはプラークコントロールなのです。
ホームケアの目的は「1日1回プラークをリセットすること」!
お口の中をさわるのを嫌がるときは、お口の周りからさわる練習をしよう!
愛犬の歯を守るには、動物病院とおうちのそれぞれで適切なケアをすることが重要です。 ホームケアのいちばんの目的は、プラーク除去=口腔内の細菌数を減らすこと。1日に1回でも良いので、プラークを除去して口の中をリセットするのが、おうちでの犬の歯みがきの目的です。プラークは水回りや排水溝のぬめりと同じく、細菌と細菌が生産する物質が沈着したものです。ぬめりは水をかけたり漂白剤に漬けたりするだけではしっかり取りのぞけないので、スポンジなどでこする必要がありますよね。プラークも同様で、歯みがきシートや歯ブラシなどでやさしくさわって取ることが大切です。おうちで1日1回プラークコントロールをすることが、歯周病の予防、ひいては愛犬の健康につながります。
表面のプラークを取ることに集中しよう。1日1回リセットできればいいから、歯みがきの後におやつをもらっても良いんだよ♪
“無麻酔スケーリング”の危険性
動物病院で行う歯科処置の目的は、歯周ポケットの中にあるプラークや歯石を除去したり、歯根の状況を把握し、必要があれば抜歯などの処置をすることです。全身麻酔が必須ですが、飼い主さんのなかには“無麻酔スケーリング”という言葉を聞いたことがある人も多いのでは。全身麻酔のリスクがなくなるので一見良さそうに思えるかもしれませんが、以下のようなデメリットしかありません。
・歯の表面がきれいに見えるだけで、歯周炎はどんどん進行する(病院で行う歯科処置の目的をまったく果たしていない)
・中途半端な処置により歯の表面がデコボコするので、逆に歯石が付きやすくなる
・無理に押さえつけることによる、顎骨折や股関節脱臼といった事故が多く報告されている
・歯みがきがトラウマになって、その後のデンタルケアが困難になる
このように適切な治療・検査を行うことができないため、米国獣医歯科学会でも無麻酔スケーリングは推奨されていません。 愛犬がより良い獣医療を受けるためには、飼い主さんも正しい知識を持つことが重要。いわれるがまま治療するよりも、「その治療や処置は本当に正しいのかな?」と検討できるだけの情報に日ごろからふれておきましょう。
写真:外歯瘻を発症し、目の下に穴が開いたミニチュア・ダックスフンド。外歯瘻の原因のひとつは歯周病。表面の歯石しか除去できない無麻酔スケーリングでは予防できません
犬の安全が確保できない無麻酔スケーリングでは、見た目しかきれいにできないんだね……
協力してくれた川内さんより、今回の感想
スケーリングでの全身麻酔には不安があったんですが、無麻酔でするほうが危ないんですね。教えてもらえて良かったです。もちろん、ホームケアもがんばってみます!
パパ、これからもお口のケアをよろしくね♪
【執筆】
中川恭子(なかがわ・きょうこ)
獣医師。麻布大学卒業後、一次診療施設で臨床経験を積む。その後、南動物病院で日本小動物外科専門医のレジデントをしながら1次・2 次診療を受け持つ。その間、歯科・口腔外科を担当。現在は東京小動物外科センターに勤務。
[写真撮影]
岩﨑 昌
[撮影協力]
グランクリュ アニマルアイ クリニック(東京都港区麻布十番)