蛇虐待は猫虐待と同じ罪深さ
野生動物医学には、動物園や水族館(園館)で飼育される動物の医学に関する研究教育も含まれます。獣医学は主に家畜や家禽の健康管理を中心に発展してきたため、園館でも哺乳類や鳥類の診療はある程度対応できます。しかし、爬虫類となると獣医学部の正規教育課程でもほとんど扱われません。一方で、爬虫類はエキゾチックペットとしても人気があるため、卒業後の爬虫類医学・医療に関する教育の需要が高く、関連する学会や研究会も盛んに行われています。
いやいや、卒後教育に丸投げせず、爬虫類に関する基本的事項は獣医学部の正規教育課程で扱うべきです。その理由は、近年強化されつつある動物愛護管理法(通称:動愛法)にあります。この法律の適用範囲は、飼育下の哺乳類や鳥類だけでなく、爬虫類まで広がりました。つまり、飼育下のカメ類やヘビ類を虐待することは、犬や猫を虐待するのと同程度の罪深さになるのです。動物虐待をしない、させないためには、爬虫類が不快な状態にあるかどうかを察知することが必要です。
この図は、飼育される動物のうち、法律上の「愛護動物」とされる範囲を示しています。赤枠で囲まれた部分が全て「愛護動物」に該当します。
飼育動物には、獣医師が診療することを許された様々な動物が含まれます。具体的には以下のような動物が該当します
家畜:牛、馬、めん羊、山羊、豚
伴侶動物:犬、猫
家禽:鶏、うずら
愛玩用の代表的な飼鳥:オウム科(セキセイインコ、オカメインコなど)、カエデチョウ科(ブンチョウ、ジュウシマツなど)、アトリ科(カナリアなど)の全種
図の最内側の楕円で示されているのは愛玩動物で、これには犬、猫、愛玩用飼鳥が含まれます。
ストレスを受けた爬虫類の特徴
酪農学園大学(酪農大)野生動物医学センターで活動した学生さんには爬虫類が好きな方も多くいました。獣医保健看護学類のある学生は、飼育爬虫類がストレス下にさらされた際の指標(ストレス指標)の確立を試みました。
なお、このストレスとは「外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態」と定義し、健康低下に直結するものとしました。ここでいう「刺激」とは、収容される水槽やその温度・湿度、光・音、臭気などの環境要因、疾病や栄養状態などの身体要因、同居/近接個体や飼主との関係などの社会要因の3つを指します。研究ではこれらが複合的に作用するとして想定しました。 さらに、こういった肉眼的に察知可能な行動や形状などに着目し、これらを念頭に文献収集し、総括した結果、以下のような①から③の類型に大別しました。
①過剰・緩慢他異常な活動
高頻度の反復運動、壁面への吻部こすりつけ、極めて低い頻度の活動状態、摂食行動の低下、跛行、水棲種で浮遊異常、トカゲ類で尾部の随意的自切等
②異常な姿勢・体勢や体部の変形・変色
体幹の平坦・反弓化、膨張・収縮の反復、胸垂の伸張、頭部・眼瞼の腫脹、皮膚変色・点状出血、カメ類では甲羅の変色・変形等
③その他異常性
異常な発声・音、異常な呼吸様式、天然孔からの異物排出・露出等
この詳細は論文としてまとめられており、全文pdf版は酪農大図書館(リポジトリ)あるいは北海道獣医師会から、2024年6月21日現在無料公開されておりますので、ぜひご覧下さい。論文執筆者はこの指標を実際に用い爬虫類専用の店舗や展示施設などで応用する予定でしたが、コロナ禍で中止となってしまいました。しかしその後、これらを卒論に仕上げ、愛玩動物看護師第1期の国家試験に見事合格し、勤務する動物病院をはじめいろいろな場所で飼育爬虫類に対し目を光らせているようです。
悲惨な状態の爬虫類とむきあって
野生動物医学センターに運ばれるのは野生個体が多いので、今回の本題である愛護動物の範疇ではありません。それでも、これらの悲惨な事例は飼育爬虫類における虐待事案を理解する上で重要な示唆を与えてくれます。たとえば、写真1はシマヘビで、右眼で見られるような美しい赤い眼が特徴ですが、左眼はその赤色が消え濁り、瞳孔も異常に拡大し、その周辺も不整形です。
この蛇は衰弱が激しく、やむなく安楽殺されました。死後、剖検により左眼球(強膜)の破裂が確認されました。明らかに頭部左側を中心に物理的衝撃があったことを示します。おそらく、その部分が踏まれたのかたたかれたのでしょう。一部の人には、蛇とみると退治してしまう根強い考えがあるようです。
爬虫類は魚類や両生類と同様、体表を被う羽毛や体毛が無いので、皮下に寄生虫がいるとその部分が膨れて比較的良く目立ちます。たとえば、札幌市内の爬虫類専門店で購入したハナナガムチヘビに移動性の腫瘤(しゅりゅう:体内や体表にできる異常な塊やこぶのこと)が見つかり、切開したところSphaerechinorhynchus属鉤頭虫が得られました。この寄生虫は、本来、消化管に寄生しますが、まれに皮下に侵入するようです(写真2)。
また、写真3は飼育されていたヒキガエルの皮膚腫瘤部に寄生していた回虫類Hexametra属幼虫の症例です。
この回虫はニシキヘビなどが終宿主となるので、たとえば、その糞便中に含まれた虫卵を経口的に摂取できるような爬虫類専門店内での偶発寄生が想像されました。もし、このような幼虫が大脳などに入り込むと神経症状を呈し、斃死(へいし:突然死)することもあります(写真4)。
時には人にも深刻な幼虫移行症を起こすことがあるようです。特に、ニシキヘビ類を飼育されている方は糞便検査をして回虫卵(写真5)の有無を確認して下さい。
腫瘤が認められ寄生虫が疑われても、全く異なるケースもあります。ある日、衰弱した状態で野生動物医学センターに運ばれてきたアオダイショウも腫瘤が認められ、寄生虫による症例であることが疑われました。体長約50センチメートルと若い、幼蛇時期特有のマムシとよく似た模様が微かに残る個体です。まず、体表を観察したところ、体中央部左側に、3×1センチメートル程度の範囲で約1センチメートル高の腫瘤が認められ、その傷口から出血も確認できました。同部を切開したところ、なんと、人工物が見つかったのです。摘出した物体は動物の行動調査などに使用される20センチメートル長のアンテナを備えた電波発信機でした(写真6)。
同部を縫合・消毒し、一昼夜経過観察した後、活発な運動を呈すことが確認されたので、この個体が最初に発見された場所に戻しました。
この症例の場合、個体に比して過大な人工物を埋没させたため、円滑な運動機能がほぼ不可能で、さらには術後処置も不適切でした。特に、鱗一枚一枚の周囲を切開する配慮もなく、鱗にダメージを与えていたのは目にするのがつらく感じたほどです。おそらく、行動学的な研究を目的として電波発信機を装着されたのでしょうが、この状態ではとても正常な活動は期待できなかったと思います。それ以前に、飼育動物に限定した話ではありますが、爬虫類も動愛法の対象となった今、野生の蛇に対しても、もう少し配慮して欲しいと強く願った症例でした。
法的な愛護動物に関しての今後
ところで、写真3のヒキガエルは大切に飼育され、動物病院にも頻繁に来院していたようです。一部の人々にとって、犬猫同様、カエルなどの両生類も心の拠り所になっているのは間違いありません。ところが、前出の図の赤い境界線をもう一度ご覧いただくとわかる通り、動愛法では両生類は非対象です。
一体どのような科学的根拠でこの境界線が生じたのでしょう。「愛護動物に両生類まで含めると、魚類やエビ・カニ類にまでも含まれてしまう。活け造りを好む日本人にとって由々しき問題」として、両生類を防波堤とする見方があるようです。
しかし、今や欧米では魚類や甲殻類・頭足類などにも痛覚があることが常識となっています。たとえば、英国政府は「食材となるロブスターやタコなどを生きたまま茹でるなど極端な殺し方は、動物福祉上、不適切」として法的に禁じ、感電による仮死後、調理をすることを推奨しています。
実は、日本でも魚類に自己を認識する能力があるという実験結果もあり、最近、注目されました。さらに、「中高等学校での生物教育の実験教材として両生類を扱う場合、爬虫類以上の法的な愛護動物に準拠して扱うこと。」という提言もあります(以上、浅川・徳宮, 2023)。そのような考えが常識となった世界で育った子どもたちが成人した時代には、愛護動物の範囲も拡大することになるでしょう。
最後となりますが、2024年8月8日および9月19日に朝日カルチャーセンター新宿教室講座にて、オンライン講座「寄生虫は今も・・・その不思議と人びとの関係」を開催します。
「【初回のみ】寄生虫は今も・・・その不思議と人びとの関係」
これまでの記事にも関わる内容ですので、ぜひご確認ください!
【引用文献】
阿部春乃・徳田龍弘・本田直也・髙橋優子・尾針由真・浅川満彦.2023. ストレス下にある飼育爬虫類を察知する指標-文献情報からの試案と法獣医学的な応用. 北獣会誌, 67: 39-43.
(北海道獣医師会)
https://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/24e117dfbaca99cae233746bc59664ee.pdf
(酪農学園大学図書館)
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/7086
浅川満彦・徳宮和音. 2023. 我が国における野生種を対象にした法獣医学の特質-関連著書刊行を機に再考. 酪農大紀, 自然, 48: 71-80.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/2000039
岩井 匠・松倉未侑・鈴木夏海・三輪恭嗣・浅川満彦.2020. Hexametra属幼虫による飼育アズマヒキガエル(Bufo japonicus formosus)体表腫瘤形成の一例.日本獣医エキゾチック動物学会誌2:28-29.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6593
釜谷大輔・吉住和規・石井里恵・橋本 渉・那須智行・三塚尚義・篠田理恵・浅川満彦.2009. チュウゴクワニトカゲにおける脳内寄生虫症の1症例.第15回日本野生動物医学会大会講演要旨集、富山大学.大橋赳実・浅川満彦. 2019. ヘビ類体表に腫瘤が認められた2症例について. 北獣会誌, 63: 433-434.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=0&q=%E3%83%98%E3%83%93%E9%A1%9E%E4%BD%93%E8%A1%A8%E3%81%AB%E8%85%AB%E7%98%A4%E3%81%8C%E8%AA%8D%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F2%E7%97%87%E4%BE%8B%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
Policy paper: Action Plan for Animal Welfare
https://www.gov.uk/government/news/lobsters-octopus-and-crabs-recognised-as-sentient-beings
【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。
【編集協力】
いわさきはるか
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