「猫でも歯磨きが必要ですか?」とよく聞かれます。実は、猫も歯磨きをしないと歯周病になってしまう可能性が高いのです。歯磨きなどで口腔を衛生的に清潔にすることは、歯周病ばかりでなく、他の口腔歯科疾患にも極めて有効です。
口腔歯科疾患には、肉眼で診断できるものもありますが、口腔内X線検査や病理組織学的検査ではじめて診断がつくものもあります。動物病院では通常、猫の口腔内を検査してから口腔歯科疾患の診断につなげ、治療していき、予防ができる病気であれば予防法を提示します。この記事では、猫の飼い主さんに向けて、猫の口腔疾患の実態と、歯科検診の重要性を紹介していきます。
よくみられる猫の口腔歯科疾患
猫の口腔歯科疾患はたくさんあります。その中でも比較的よくみられる病気は、歯周病、歯肉口内炎(尾側口内炎)、猫の歯の吸収病巣の3つです。今回はこれらの病気について解説します。
1.歯周病
歯周病は2歳齢までに約70%の猫が罹患する疾患です1。年齢とともに罹患数が増えていき、とくに中年齢~高齢猫に多くみられます。おもな症状は、歯垢や歯石の歯面への付着、口臭、歯肉の発赤、腫れ、よだれなどです。
歯周病の原因は、歯みがきなどをしないと必ず歯の表面に付着する歯垢(しこう:プラークとも言う)です。歯垢はネバネバしていますが、唾液中のカルシウムなどを含んで次第に硬くなり、歯石(しせき)となります(図1)。歯石は歯みがきでは除去できないので、動物病院で除去する必要があります。
歯垢や歯石には、歯周病を引き起こす細菌が含まれます。歯周病は、読んで字のごとく「歯の周りの病気」です。
歯周病の最初は、歯肉のみに炎症を起こす「歯肉炎」を発症します。これは、口腔内に存在する約500種類のすべての細菌が原因となります。それを放置すると、次第に骨まで溶かす「歯周炎」になります。歯周炎は、歯周病菌と言われるわずか数種類の細菌が原因です。「歯周病」は、歯肉炎と歯周炎を総称したものです。
歯周病は口の中の病気です。しかし怖いことに、歯周病を放置したことで上顎(うわあご)の骨が溶けて口と鼻がつながり、鼻汁やくしゃみをすることがあります。また、あごの骨が溶けて穴が開き、そこに細菌が入り込んで頬や下顎の皮膚まで穴が開き、顔面の皮膚に炎症性の液体や膿汁などが認められることがあります。さらに怖いことには、歯周病菌や歯周病に関連した炎症性物質が、炎症を起こした歯肉や歯周ポケットから全身の血液循環に入り、心臓、肝臓、腎臓などの働きを低下させてしまう恐れも指摘されているのです。
動物病院では、歯垢・歯石の付着程度の確認、口腔内レントゲン検査、歯周プローブによる歯周組織の破壊程度の確認により、歯周病の程度を把握して治療方法を決定します。歯周病の治療の基本は、歯垢・歯石除去や抜歯です。しかし、歯周病は予防できる病気なので、毎日歯磨きをして歯の表面に歯垢や歯石を付着させないことがもっとも大切です。
2.歯肉口内炎(尾側口内炎)
猫の歯肉口内炎は、4~7.5歳齢で認められることが多い疾患です。発症率は、0.7~12%で、多頭飼育で多く発症します2,3,4。猫の歯肉口内炎とは、猫の歯肉や、口腔内の最も奥にある左右の尾側粘膜(びそくねんまく)という部位が赤くなったり、潰瘍(かいよう)(図2)や、あたかもガンなどの腫瘍(しゅよう)のようにみえる肉芽組織(にくがそしき)(図3)がみられる病気です。尾側粘膜ばかりでなく、歯肉、頬の粘膜、唇、咽頭(いんとう:のどの部位)、口蓋(こうがい:上顎の粘膜)などにみられることも多くあります。ほとんどの口腔粘膜の炎症を引き起こすので、強い痛み、出血、よだれ、体重減少、食欲低下が認められ、毛づくろいもしなくなってきます。
猫の歯科疾患はほかの口腔歯科疾患と併発することも少なくないため、進行性の歯周病や歯の吸収病巣を引き起こす可能性が高いのです5。したがって歯肉口内炎の治療にも、歯垢・歯石除去や抜歯が必要になります。
猫の歯肉口内炎は、原因不明の病気です。しかし、歯肉口内炎のほとんどの猫は、何らかの免疫異常を背景に、歯の表面の歯垢・歯石に反応して発症しやすいことと、FCV(猫カリシウイルス)が尾側粘膜に生息していることが分かっています。また、歯肉口内炎の猫の多くは、臨床症状のない食道炎を引き起こすことが内視鏡検査と病理組織学的検査で報告されています6。その背景として炎症性物質を含む歯肉口内炎の猫の多量の唾液が、食道の粘膜を侵している可能性が指摘されています。
猫の歯肉口内炎は、これまで多く報告されてきた抗生物質、免疫調節剤、鎮痛剤、ステロイド剤などの内科治療では、なかなか完治させられません。最近では、内科治療でなく、できる限り早期に全部の臼歯もしくは全部の歯を抜歯すると治癒率が高くなることがわかっています。抜歯により約30%の猫で完治し、約40%ではわずかに炎症が残り、約25%がほとんど改善せず、約5%で効果がみられなかったと報告されています7。別の報告でも、抜歯した猫のうち約50%が平均約1か月以内に治癒もしくはかなり改善がみられたと報告されています8。多くの歯を抜歯することに飼い主さんは抵抗があるかもしれませんが、幸いなことに猫は歯がなくても採食が可能ですし、多くは症状が改善されて抜歯前よりも快適な毎日を過ごせます。しかし、抜歯をしても難治性の場合には、免疫調節剤や再生治療、鎮痛剤などを持続的に投与することもあります。
猫の歯肉口内炎は、歯垢・歯石の付着が悪化要因になるので、歯の口腔衛生管理が大切です。しかし、この病気はかなりの痛みを伴うので、ほとんどの猫で歯磨きが困難です。
3.歯の吸収病巣
猫の歯の吸収病巣は、歯肉の中の破歯細胞(はしさいぼう:歯を溶かす細胞)により歯が吸収される疾患です(図4)。吸収病巣の原因は分かっていません。
不思議なことに、猫の歯の吸収病巣は1960年以降に罹患率が増加しました。この背景も不明のままですが、嚙むときの機械的な力、免疫学的異常、ビタミンDの濃度の高い食事、歯周病などと関係している可能性が報告されています。近年の本症の発症率は30~60%で、猫の口腔歯科疾患では歯周病の次に多い病気です。吸収病巣への罹患数は年齢とともに増加していきます。発症に性差はありませんが、純血種で多いという報告があります。食事別では、ドライタイプと比較すると缶詰めタイプの食事をしている猫に多くみられるという報告があります。
罹患の初期は症状を示しませんが、吸収された歯にエアーをかけたり、器具で触れたりすると痛がります。通常は歯肉付近の歯の表面から吸収が始まり、次第に歯髄も侵され、歯が脱落してしまうことも少なくありません。吸収病巣をもつ猫は、歯肉の下に吸収病巣があることも多いので、動物病院では、すべての歯をレントゲン検査して、歯の吸収状態を確認します。歯の吸収病巣は、タイプ1吸収病巣、タイプ2吸収病巣、タイプ3吸収病巣の3つに区分されています。
■タイプ1吸収病巣
歯根が存在している病巣です(図5)。
■タイプ2吸収病巣
歯根が、あごの骨に置き換わってしまうタイプです(図6)。
■タイプ3吸収病巣
1本の歯にタイプ1とタイプ2の両方の吸収病巣がみられる場合をいいます(図7)。
一般的に下顎第1後臼歯(一番奥の臼歯)にはタイプ1、犬歯や下顎第3前臼歯(最も前側の臼歯)にはタイプ2吸収病巣が多いです。全病巣のうちタイプ1が49.4%、タイプ2が50.6%との報告もありますが、タイプ1とタイプ2の両方に罹患している個体も少なくありません9。臨床的には、タイプ1吸収病巣で72%の、タイプ2吸収病巣では15.6%の歯周炎が認められています9。したがって、タイプ1吸収病巣では歯周病が関係している可能性がありますが、タイプ2は歯周病の関与は否定的であり、ものを噛んだときの咬合圧に関係している可能性が指摘されています。
以前は、吸収病巣の治療として吸収部位に歯科用充填材を適応することが多かったのですが、吸収病巣は進行性疾患であり結局のところ多くは充填材が脱落してしまうため、近年では抜歯します。進行したタイプ2では、歯根が骨に置き換わっている状態であれば、見えている表面の歯のみを切除します(歯根はそのままです)。以上のように、吸収病巣もその発症原因は不明ですが、歯周病が関係している可能性があるため、歯磨きに予防効果があるかもしれません。しかし進行した吸収病巣の猫は歯磨きを痛がるため、難しい場合があります。
歯科検診の重要性
猫の歯周病も歯肉口内炎も歯の吸収病巣も、歯磨きなどの口腔内衛生管理がいかに大切かお分かりいただけたかと思います。しかし、これらの病気を持っている猫は、疾患による不快感や痛みなどがあり、最初から歯みがきなどの口腔衛生管理をするのは困難です。まずは、歯科に詳しい動物病院での歯科検診をおすすめします。諸検査により病気と診断されたら、しっかり治療してもらいましょう。場合によっては、治療によって改善してからはじめて歯磨きをすることもあります。
デンタルケアの方法として、最初は歯ブラシを用いず、猫も飼い主さんもリラックスした環境で、猫の好む歯みがきペーストを飼い主さんの指につけて、優しく褒めながら歯の表面をなでることからはじめましょう。次にデンタルシートを用いても良いでしょう。さらに慣れてきたら、歯磨きペーストや水をつけた、小さくて軟らかなヘッドの歯ブラシで磨きます(図8)。
可能であれば、3~4か月に1度は動物病院で定期検診をしてもらうことが良いですが、どうしてもできない場合には、歯みがきペーストを口の中の1か所に付けるだけでも、何もしないよりは良いでしょう。それでも場合によっては、定期的に動物病院で歯垢・歯石除去をしてもらうことが必要です。
最近、「1年に1度の歯垢・歯石除去した犬では死亡リスクが20%近く低下した」10という衝撃的な報告がありました。猫にも同じようなことが言えると思われます。このことは口腔歯科疾患において、いかに口腔内衛生管理が大切かを物語っています。
【執筆者】
藤田桂一(ふじた・けいいち)
獣医師・獣医学博士。フジタ動物病院(埼玉県上尾市、http://www.fujita-animal.com/ )院長。1956年生まれ。日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)大学院獣医学研究科修士課程終了。日本小動物歯科研究会会長などを務め、研究活動を行う。
[参考文献]
1. Wiggs RB, Lobprise HB. Periodontology. In: Wiggs’s Veterinary Dentistry: Principles and Practice. Philadelphia, Lippincott-Raven. 1997. 186-231.
2. Healey KA, Dawson S, Burrow R, et al. Prevalence of feline chronic gingivo-stomatitis in first opinion veterinary practice. J Feline Med Surg. 2007 Oct;9(5):373-81.
3. Winer JN, Arzi B, Verstraete FJ. Therapeutic Management of Feline Chronic Gingivostomatitis: A Systematic Review of the Literature. Front Vet Sci. 2016 Jul 18;3:54.
4. Girard N, Servet E, Biourge V, et al. Periodontal health status in a colony of 109 cats. J Vet Dent. 2009 Fall;26(3):147-55.
5. Farcas N, Lommer MJ, Kass PH, et al. Dental radiographic findings in cats with chronic gingivostomatitis (2002-2012). J Am Vet Med Assoc. 2014 Feb 1;244(3):339-45.
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7. Jennings MW, Lewis JR, Soltero-Rivera MM, et al. Effect of tooth extraction on stomatitis in cats: 95 cases (2000-2013). J Am Vet Med Assoc. 2015 Mar 15;246(6):654-60.
8. Druet I, Hennet P. Relationship between Feline calicivirus Load, Oral Lesions, and Outcome in Feline Chronic Gingivostomatitis (Caudal Stomatitis): Retrospective Study in 104 Cats. Front Vet Sci. 2017 Dec 5;4:209.
9. DuPont GA, DeBowes LJ. Comparison of periodontitis and root replacement in cat teeth with resorptive lesions. J Vet Dent. 2002 Jun;19(2):71-5.
10. Urfer SR, Wang M, Yang M, Lund EM, Lefebvre SL. Risk Factors Associated with Lifespan in Pet Dogs Evaluated in Primary Care Veterinary Hospitals. J Am Anim Hosp Assoc. 2019 May/Jun;55(3):130-137.