水族館に聞く! ジンベエザメの健康診断(海遊館)

今回のテーマは「動物たちの健康診断」。
ということで、水族館で飼育しているいきもの、魚の健康診断にスポットを当ててお話ししたいと思います。
海遊館には2名の獣医師が働いており、1名は海獣チーム(イルカやアシカ、アザラシなどの海獣類や、ペンギン、エトピリカなどの海鳥を主に担当)、1名は魚類チーム(魚類のほか、爬虫類や水鳥、アカハナグマやカワウソといった陸上動物を主に担当)に所属し、それぞれの担当動物の健康管理を実施しています。
海獣類、鳥類、爬虫類はなんとなく想像していただけるかと思いますが、魚たちの健康管理って何をするの? 魚も健康診断をするの? そんな疑問の声が上がりそうです。
もちろん、魚にも病気の治療や予防、エサの調整、水質管理といった様々な健康管理を実施し、定期的な健康診断をしている魚もいます。
その代表が「ジンベエザメ」です。
今回はジンベエザメの健康診断を紹介したいと思います。

※情報は2024年8月時点のものです。

ジンベエザメの健康管理

ジンベエザメは世界最大の魚類で、成長すると全長が12 mにもなるサメの仲間です。
世界中のあたたかい海に生息しており、主にプランクトンを食べて暮らしています。
海遊館で現在飼育している2頭のジンベエザメのうち、メスの「遊(ゆう)」は、海遊館にやってきて10年になります。
こんなにも長い間、元気に悠々と泳ぐ姿をお客様に見せ続けてくれていますが、その陰には日々の健康管理があります。
健康管理というと「獣医さんがするもの」とイメージされるかもしれませんが、決してそれだけはありません。
エサの配分・種類・与え方の工夫、水質の管理、飼育環境の整備、毎日の行動観察、エンリッチメント、身体測定、血液検査、糞便検査などを、獣医師と飼育員が協力し、意見を出し合いながら、よりよい飼育ができるように、日々改善しています。

水槽を泳ぐジンベエザメ

水中採血! ジンベエザメの血液検査

それでは、本題の健康診断についてのお話です。
私たち人間の健康診断でも、必ずと言っていいほど実施する血液検査。ジンベエザメも月に1回採血を行い、血液検査をしています。
では、完全水中生活のジンベエザメの採血をどのように行っているのでしょうか?
健康診断をするために、ジンベエザメに負担をかけてしまうのでは意味がありません。
ジンベエザメに負担がないように、ダイバーが給餌時間(エサの時間)に潜ってジンベエザメへそっと近づき、水中で採血を実施します。

採血の様子

水中採血も簡単にできるわけではありません。
ジンベエザメもはじめはダイバーが近づいてくることや、体を触られることに慣れてはいません。
まずはそこからゆっくりと慣らしていき、最終的に針を刺して採血します。
血が採取できたら次は検査です。
ジンベエザメは海遊館のなかで、最も検査項目が多く、血液ガス、血球数、血液生化学、ストレスホルモンなどの内分泌、遺伝子、酸化ストレスなどの値を測定します。
これらの検査結果から、病気の兆候や栄養状態、ストレス状態を総合的に把握し、治療をしたり、エサの量を調整したり、ストレスになるような作業を避けたりするなどの判断をします。
血液を検査する際にも工夫があります。
例えば赤血球や白血球の数え方。
哺乳類であれば、機械に血液を通せば自動で血球のカウントをしてくれますが、ジンベエザメをはじめ、魚の赤血球には核があるため、機械ではカウントできません。
そのため、血液をサメ専用の希釈液でうすめて、顕微鏡で数えます。

ジンベエザメの血球、上は染色をしていないもの、下はディフクイック染色をしたもの

生化学検査でも一工夫しています。
サメは高塩分、高浸透圧の海水中で生活しています。
それに適応するために、ジンベエザメを含むサメ・エイの仲間は血液中のナトリウムやクロールの濃度が、人間の2倍もあります。
それでも海水の塩分濃度には及ばないので、体内に尿素を蓄積して海水とほぼ同等の浸透圧を保っています。
電解質や尿素窒素の計測を機械でする際には、希釈しないと検出限界値を超えてしまい計測エラーとなってしまうので、必ず水で希釈してから機械にかけています。

 ジンベエザメの身体測定

血液検査と並んで、健康診断では定番の身体測定。
人間の場合は、身長・体重・胴回りなどを測定しますよね。
ジンベエザメはどうしているのでしょうか?
こちらも水中で実施します。
体重は水中で計測できないため、全長(吻先から尾の先端までの長さ)と胴回りの測定を実施しています。
どちらもダイバーがメジャーを使用して実測します。

胴回りの測定

現在、海遊館で飼育しているジンベエザメは、まだ成熟していない成長段階のジンベエザメです。
個体差もありますが1年に全長が50 ㎝ほど成長することもあります。
全長から体重が推定できるので、全長の測定は薬を投与するときの投与量の計算にも役立ちます。
ジンベエザメは栄養状態が悪いと、肝臓に蓄積していた脂肪をエネルギーとして利用します。
そのため、痩せてくると肝臓が細くなり、結果として胴回りが細くなります。
まだまだはじめたばかりの検査でデータがそろってはいませんが、エサは十分に足りているか、栄養状態が悪くなっていないか、逆にエサが過多になっていないかを判断するために、今後とても重要な検査になってくると考えています。

目で見て確認! 触って確認! 水中観察

いわゆる「視診」「触診」にあたる検査です。
水族館の場合、アクリル水槽越しに体の状態はある程度確認できますが、実際に近づいて直接確認、皮膚の状態を触って確認することも重要です。
例えば、以前からあった傷の治り具合や、新たに傷ができていないかを確認します。

治癒前(写真上)と治癒後(写真下)の胸ビレの傷

また、直接皮膚を触って皮膚の張りを確認し、脱水が起きていないかや、粘液が出すぎていないかなどもチェックします。
このほか、ダイバーへの反応を確認することも重要です。
水中にダイバー(人間)が入ると、興味津々で近づいてくるジンベエザメもいますし、逆にダイバーを嫌がって避けるジンベエザメもいます。
ジンベエザメが絶好調の時はダイバーに興味を示す余裕が出ますが、状態が少し落ちると、ダイバーを嫌がったりすることもあります。

ジンベエザメと獣医師

水中ならではの工夫

お話した通り、水中でくらすジンベエザメの健康診断には、水中ならではの工夫があります。
また、病院にジンベエザメを連れていくことはできないので、獣医師や飼育員がジンベエザメのいる水槽に往診する必要があります。
そんな苦労もありますが、元気にくらしているジンベエザメや、ジンベエザメを見て笑顔を浮かべてくださるお客様に日々力をもらっています。

おわりに

まだまだ謎の多いジンベエザメの生態。
飼育や健康管理を通して、謎を少しでも解明していければと思います。
ぜひ、皆さんも海遊館にお越しいただき、直接ジンベエザメをご覧になってくださいね。
きっとジンベエザメの不思議な魅力を発見できるのではないかと思います。

ジンベエザメ2頭

【文・写真】
海遊館
〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1丁目1−10
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【編集協力】
柴山淑子