野生動物の観察で注意すべきことや、その際のマナーを専門家が解説する本企画。
今回は長崎県対馬市にのみ生息するツシマヤマネコについて、環境省対馬自然保護官事務所(対馬野生生物保護センター)でツシマヤマネコの保全に関する仕事を行う、獣医師の畑さんにお話を伺いました。
※記事内の情報は2024年10月時点のものです。
ツシマヤマネコとは?
ツシマヤマネコ(ベンガルヤマネコ属ベンガルヤマネコ亜種・学名Prionailurus bengalensis euptilurus)は日本の対馬のみに生息する野生のネコ科動物で、1971年に国の天然記念物に、1994年に国内希少野生動植物種に指定されました。生息数は少なく、推定で100頭程度です。
小型哺乳類を主食としますが、季節により昆虫、カエル、野鳥なども捕食します。警戒心が強く、夜行性(薄明薄暮性)で単独生活をしています。
ツシマヤマネコを取り巻く環境
ツシマヤマネコの生息を脅かす主な要因は、「生息に好ましい環境の減少」や「交通事故」などで、近年では増加したシカやイノシシを捕獲するための「くくりわな」に錯誤捕獲(目的とする動物以外がわなにかかってしまう)される事例が発生しています。
一方、かねてより危険性が叫ばれている2種類のイエネコ由来感染症については、猫免疫不全ウイルス感染症(FIV)で陽性3件(1996、2000、2002年)、そして猫白血病ウイルス感染症(FeLV)で擬陽性1件(2005年)の感染事例がありましたが、直近の約20年間(約300件を検査)では確認されていません。
その他、ネコ科動物に感受性が高いとされる重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の野生個体群への影響が危惧されていますが、詳細は不明です。
※これら3種類のウイルス感染症を実際に発症したツシマヤマネコは、これまでに一頭も確認されていません(死亡例もなし)。
目撃情報
2023年度に対馬野生生物保護センターに寄せられたツシマヤマネコの目撃情報は約50件で(収容個体を除く)、そのうち約15件を写真などによりツシマヤマネコと確認しています。
また、2024年度前半(4~9月)の目撃情報は約35件で、そのうち約10件をツシマヤマネコと確認しています。実際にはさらに多くの方がツシマヤマネコを目撃していると考えられますが、車での移動中に遭遇することはとてもまれです。街中で似た動物を見かけた場合は、イエネコの可能性が高いです。
観察してみよう
観察しやすい時期と場所
比較的観察しやすい場所は、稲刈り前(夏~初秋)の田んぼのあぜなどです。田んぼにはツシマヤマネコの餌となる動物が豊富にいます。
夕方~早朝の時間帯に懐中電灯(可能なら動物に優しい赤色フィルターを装着したもの)を照らしながら移動しつつ、目の反射光や動くものを根気強く探すことで、ツシマヤマネコを観察できる可能性が高まります。
ツシマヤマネコとその他の動物の見分け方
見間違える可能性のある動物は、イエネコ、ツシマテン、イノシシ(うりぼう)、シベリアイタチ、イヌだけなので、これらの動物と見分けることが大きなポイントです。ツシマヤマネコは灰色~茶色をしており、額のしま模様、体の斑点、太くて長いしっぽ、短くて丸い耳、耳の裏の白斑(虎耳状斑:こじじょうはん)などの特徴をもとに、容姿の似るイエネコとも見分けることができます。
春に1~2頭程度を出産して子育てをするため、秋の親離れの時期までは親子連れのすがたを見ることがあります。
痕跡(糞)を探してみよう
明るい時間帯は、道路上に落ちているかもしれない糞を探してみましょう。
典型的なツシマヤマネコの糞は、主食であるネズミなどの毛や骨のほか、イネ科植物を含んでいることがあります。
このような糞が見つかれば、ツシマヤマネコがいるかもしれません。
観察する際の注意点やマナー
民泊を利用して地元で目撃情報を得たり、民間のウォッチングツアーへ参加するという方法もあります。
ツシマヤマネコの探索・観察時には大声を出さない、見つけてもツシマヤマネコの行動を邪魔しない、触ったりエサを与えたりしない、田畑やあぜ・民家などの私有地に勝手に侵入しない、車を運転する際にスピードを出さないなど、マナーを守りながら観察を楽しむ配慮が必要です。
また、対馬における野外探索では、天候や、地域により携帯電話などの電波が入りにくいことに十分注意が必要です。
絶滅させないために
ツシマヤマネコの生息数は、1960年代には250~300頭と推定されましたが、その後70~80頭程度まで減少し、2006年に開催された国際ワークショップでは100年後に絶滅する可能性が約50%とシミュレーション予測されました。ツシマヤマネコの保全事業は、1995年に作られた基礎戦略(保護増殖事業)をもとに実施されていて、数年おきに推定生息数を算出しています。直近の2010年代後半の調査(第五次調査)では、主な生息地である上島地域(万関橋以北)の個体数減少は下げ止まり、一時、生息情報が途絶えていた下島地域(万関橋以南)でも生息情報が得られています。ただし、推定頭数は約100頭で、いまだ絶滅が危惧される状態です。
ツシマヤマネコの保全は、環境省、長崎県、対馬市、日本動物園水族館協会(JAZA)、大学等研究機関、NPO、地元などの参加・協力により行われています。
概略としては、大枠である「対馬島内での保全」(生息状況の把握・モニタリング、生息阻害要因対策)と「対馬島外での保全」(飼育下繁殖、研究)が並行して行われ、さらに、普及啓発、環境教育の推進、ツシマヤマネコと共生する地域社会づくりなどの保全活動も行われています。
特に、ツシマヤマネコでは複数の動物園が協力して対馬の野生個体群の保険となる群(飼育下個体群)を維持・繁殖させている点で、同じネコ科で絶滅が危惧されているイリオモテヤマネコ(沖縄県西表島)の保全戦略とはやや異なっています。
ツシマヤマネコの保全事業の基幹施設として1997年に設立された対馬野生生物保護センター(対馬市上県町)では、調査研究や普及啓発の他にツシマヤマネコの救護もしており、衰弱や怪我をして保護されたツシマヤマネコを治療・リハビリし、野生に戻せる個体は野生に戻しています。
また、動物園などで繁殖させた個体を野生下で生きられるように訓練して野生に放す(野生復帰)ための将来的な準備をする施設として、2013年にツシマヤマネコ野生順化ステーション(対馬市厳原町)が設立されました。
保護増殖事業を開始してから時間が経過するにつれてツシマヤマネコを取り巻く状況にも変化が認められ、それに合わせた保全対策が必要です。
※2024年9月末までに、動物園で生まれて野生下に放したツシマヤマネコはいません。
さいごに
ユーラシア大陸と日本本土の間に位置する対馬は、短時間でも生物多様性を感じられる貴重な地域で、その象徴が食物連鎖の頂点にいるツシマヤマネコです。
絶滅が危惧されるツシマヤマネコの保全は、対馬の豊かな自然を守ることにつながっています。学術的・文化的に価値が高いとされるツシマヤマネコは、次世代に残すべき国民全体の共有財産であることから、当センターでは多くの方々にその存在や置かれている状況を知っていただきたいと考えています。
興味のある方は、対馬野生生物保護センターにお越しいただき、ツシマヤマネコに関する知識を深めてみてください。
また、運良く野生のツシマヤマネコを目撃した場合は、対馬野生生物保護センターにご一報をお願いします。
対馬では、一歩野外に踏み出せば気軽に野生生物の観察ができます。今回の写真はすべて筆者がスマートフォンで撮影したものですが、実際にお越しいただき、自然の豊かさをその肌に感じてみてください。
【文・写真】
畑大二郎(はた・だいじろう)
環境省対馬自然保護官事務所(対馬野生生物保護センター)希少種保護増殖等専門員。獣医師。酪農学園大学獣医学科およびアリゾナ大学天然資源学科(野生動物保護管理学)卒業。その後、ミネソタ大学附属ラプターセンターで猛禽医学とリハビリテーションの研修生。動物病院や食肉衛生検査所等で獣医師として勤務し、野生動物や犬・猫・鳥の診療、解剖・検死等の獣医学的な知識・手技を習得後、現職。主にツシマヤマネコを飼育している動物園とのやりとり、対馬野生生物保護センターに収容されるツシマヤマネコの死因推定、ツシマヤマネコの検体管理などを担当。著書に「生物の科学遺伝 Vol.77 No.5」(分担執筆、エヌ・ティー・エス)。
・対馬野生生物保護センター
〒817-1603 長崎県対馬市上県町棹崎公園TEL:0920-84-5577
ホームページ…https://kyushu.env.go.jp/twcc/index.htm
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