観察しよう! 牡鹿半島で出会う野生動物「ニホンジカ」(牡鹿半島ビジターセンター)

野生動物の観察で注意すべきことや、その際のマナーを専門家が解説する本企画。
今回は三陸復興国立公園の牡鹿半島エリアに生息するニホンジカについて、牡鹿半島ビジターセンターの安住さんにお話を伺いました。

※記事内の情報は2024年10月時点のものです。

ニホンジカとは?

ニホンジカはシカ科の草食動物です。

日本にはエゾシカ(北海道)、ホンシュウジカ(本州)、キュウシュウジカ(四国・九州)、マゲシカ(馬毛島)、ヤクシカ(屋久島)、ツシマジカ(対馬)ケラマジカ(慶良間諸島)の7種類の亜種が分布しています。
このうち、牡鹿半島に生息するものはホンシュウジカに分類されます。

観察してみよう

宮城県のニホンジカは、牡鹿半島本土と金華山の各所で観察することができます。
森林や林縁、草地を主な生活の場としているほか、人の生活圏内でもその姿を見かけることがありますが、金華山の黄金山神社境内付近のシカを除いて、人との接触を避けて生活しています。

観察の際には、まずはシカが残した足跡や糞などの痕跡(フィールドサイン)を探してみましょう。

フィールドサイン 

足跡として、2本の半円形の蹄の形が残ります。
糞は俵型で、大きな塊のまま残されていたり、ばらばらになったりと様々です。
排泄されて時間が経っていないものは湿り気を帯びて黒々と光っていますが、乾燥が進むと食べたものの繊維が見えてくるようになります。

フィールドサイン(左:フン 右:足跡)

山林や林縁のようなシカが生活する場所の近くを歩いていると、鳴き声が聞こえてくることがあります。
「ピィ!」「ピャッ!」という短く鋭い高音は、シカが驚いたときに発する警戒音です。

10月になると「ピィー」「ホイーヨー」という長く甲高い音が頻繁に聞こえてきます。
これは発情期を迎えたオスが、縄張りを主張する鳴き声です。

遠くの声は透き通って聞こえますが、近くで聞く声は高音の前後で軋んだような音も混じり、違う印象を受けます。

フィールドサインからシカの気配や距離感を感じたり、シカにとってお気に入りの場所を探したりしてみてください。

シカを見つけたら

シカは基本的に警戒心が強く、臆病な生き物です。
遭遇した場合は、双眼鏡などを使って遠くから観察するようにしましょう。
草食動物であるシカは、外敵から襲われないようにするための特徴をもっています。
群れで行動するのもそのひとつです。
驚いたり緊張したときは、警戒音を発したり、お尻の白い毛を逆立てることで、危険を知らせ合っています。

また、シカは地面に座ってゆっくりしているときでも、ごはんを食べています(正確には「反芻」という食べ物を消化する行為です)。
口の動きに注目してみてください。

観察にオススメの時期やスポット

ニホンジカは1年を通じての観察が可能で、四季によって様々な特徴や行動を見ることができます。

雌雄ともに、灰褐色の冬毛から明るい茶色地に白斑(鹿子模様)のある夏毛に生え変わります。

ニホンジカの角はオスだけに見られる特徴です。
毎年生え替わり、多くの場合は4月頃に抜け落ちます。
新しく生えてきた角は「袋角」と言い、先が丸く産毛が生えているのが特徴です。

メスは6月頃に出産をします。
産まれたばかりの子ジカは地面でうずくまったり、茂みに隠れたりすることで身を守ります。
また、鹿子模様は木漏れ日がつくる風景と似ており、保護色として機能しています。
この頃には、母親のお腹の下に入って母乳を飲む姿が見られます。

授乳中の母子

オスの角は春から夏にかけて成長を続けます。
夏の盛りを迎えるとシルエットは鹿の角らしくなりますが、表面には産毛があるため、やわらかな印象の見た目です。
オスは袋角が接触しないようにかばいながら歩いたり、他のオスと喧嘩をする際に角を使わないなど、とても大切に扱います。

夏毛から冬毛に生え替わります。

袋角が成長を終えると血流が止まって表面の皮は剥がれ落ち、内部から骨化した角が現れます。

10月頃になると発情期を迎え、オスの首の周りにはたてがみのような毛が生えます。
オスは縄張りを主張する鳴き声を発したり、角を突き合わせる行動をとるようになります。

この時期のオスはメスを囲い込んで一夫多妻の群れを作ります。

冬毛は灰褐色で、まるで冬の山林の風景のような色をしています。

冬毛

観察スポットで特にオススメの場所

■鹿山公園(金華山)
広い草地で悠々と過ごすニホンジカを観察することができます。
ニホンジカは基本的に母系の群れを作って生活し、オスは2才頃から群れを離れて生活します。
繁殖期は角を使って競い合うオスでも、それ以外の季節ではのんびりと過ごす集団を見ることができます。

ニホンジカの群れを見つけたときは、ぜひ性別の構成や行動(母子の動きやオスの群れの雰囲気など)に注目してみてください。

鹿山公園のニホンジカ

■おしか御番所公園周辺(牡鹿半島本土・山鳥地区)
公園内の草むらを覗くとニホンジカに遭遇できることがあります。

観察における注意点とマナー

野生のシカを観察する際には、以下のことに注意してください。

・動物にストレスを与えないように心掛けましょう。大人数での行動を控え、大きな音を出さないように注意してください。

・野生動物との適切な距離をとるように心掛けてください。適正距離はエゾシカで30 メートル以上(自家用車6台分程度)とされています。至近距離で遭遇した場合は、車から降りず、近づかないようにしてください。

・春は子ジカに近づきすぎないように注意してください。出産直後の母シカは子ジカを守るために気性が荒くなります。

・秋は発情期を迎えた雄ジカの気性が荒くなり、大変危険です。近づきすぎないようにしてください。

・野生動物に餌付けをしてはいけません。野生動物の健康に悪影響をもたらしたり、農作物被害を引き起こしたりする恐れがあります。また、ゴミは必ず持ち帰ってください。

・牡鹿半島全域において、4~10月の期間中に有害鳥獣捕獲が実施されています。あらかじめ石巻市が公開している日程表を確認し、銃猟が行われる予定の日は森林内に立ち入らないようにしてください。

・交通ルールを守り、安全運転に努めましょう。牡鹿半島では自動車とシカとの接触事故(ロードキル)が多発しています。特に日没の前後から夜間、早朝は遭遇する確率が高いため、ハイビームを活用し、減速して走行することを心掛けてください。

道路に飛び出してきたニホンジカ

・ニホンジカはマダニやヒルの宿主動物です。野外活動をする際は、長袖長ズボン・帽子軍手などを着用して素肌を露出しないようにしましょう。

・私有地に立ち入る場合は、必ず土地の所有者から許可を取ってください。

・国立公園内での動植物の採集は原則として禁止されています。

さいごに

ニホンジカは昔から人の生活と密接にかかわってきた動物です。
牡鹿半島では神の使いとされてきましたが、農作物の被害やロードキルや、森林に影響を与えるなどの問題も抱えています。

ニホンジカについて知ることは、私たちが環境問題や生物多様性と向き合うきっかけになることと思います。
牡鹿半島ではニホンジカが観察しやすい環境にあるため、ぜひ挑戦してみてください。

[引用文献]
Leave No Trace Japan.“LNT原則6 野生動物の尊重”. Leave No Trace Japan. https://lntj.jp/lnt6/, (参照2024-10-17)
環境省釧路自然環境事務所. 知床ディスタンス!キャンペーン~#ニンゲンもクマも距離感が大切~.2020.
高槻成紀.シカの生態誌.東京大学出版会,2006,p35.
シカの顔、わかります 個性の生態学.南正人.東京大学出版会,2022,p125.

【文・写真】
牡鹿半島ビジターセンター
三陸復興国立公園南端の牡鹿半島エリアの自然の恵みや自然とともに生きる人々の暮らしについて紹介する施設。
身近な自然から生き物同士のつながりを学ぶ展示やプログラムを展開している。
〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜南50−1
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【編集協力】
柴山淑子