緑書房はこのたび、『ワンダードッグ 人に寄り添う犬たち 日本初のファシリティドッグ“ベイリー”とその仲間たちの物語』(著:モーリーン・マウラー、ジェナ・ベントン、監訳:特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ、翻訳:齋藤めぐみ)を発刊しました。
障害や難病をかかえる大人や子どもたちとその生活や心を支える犬たちとの深い絆、彼らが起こした奇跡の物語
この本は、アシスタンス・ドッグス・オブ・ハワイ(介助犬、ファシリティドッグ、コートハウス・ファシリティドッグなどを育成する団体)創設者のモーリーン・マウラーさんが、これまで育成してきたアシスタンス・ドッグ(海外での一部のワーキングドッグの呼び方)たちと人々との絆や交流の実話をまとめた一冊です。
犬たちと人々が再びチャンスをつかみ、困難を乗り越えていく、心あたたまる16のエピソードが語られています。
・日本初のファシリティドッグとして、重い病気と闘う子どもたちに寄り添った“ベイリー”
・少女に奇跡をもたらし、“ベイリー”誕生のきっかけとなった“タッカー”
・筋ジストロフィーを患う少年の忠実な介助犬かつ親友となった“リーダー”
・障害を持つ女性の自立を助け、自宅で火事に巻き込まれた彼女を救った“フリーダム”
・ハワイ初のコートハウス・ファシリティドッグとなり、子供たちの証言を支えた“ポノ”
など
■“タッカー”と少女によるクリスマスの奇跡
ここでこの本の最初のエピソード「1/タッカー、天職を見つける」から、ほんの一部を紹介します。
(あらすじ)
マウラーと夫のウィルは、テディベアのような美しいゴールデン・レトリーバーの子犬を迎えます。ある日、マウラー夫妻はその子犬“タッカー”とともに、オアフ島の小児病院の病棟を訪れます。そこには、クリスマスにも家に帰ることができない、重い病気を抱えた子どもたちが入院していました。そのうちのひとり、リリは治療の難しい病気に侵され、何週間も反応がなく、2日前に生命維持装置を外されていたのです。
「リリアナ……リリは何よりも犬が大好きでした」と、その病状を若い母親がマウラー夫妻に話してくれました。それらの話を聞いたウィルはタッカーを抱いて、リリに近づけました。母親もリリの手をタッカーの頭に置き、やわらかい毛をリリに撫でさせました。すると……
(本文より抜粋)
やがて、彼女につながれた機械からの電子音が変化し始めました。私はスクリーンを見上げ、心臓モニターのジグザグ線も変化していることに気づきました。タッカーの頭に置かれているリリの手を見ると、かすかに彼女の指が動き始めたのです。リリの指先がタッカーの耳の上を動くのを、母親は信じられないという目で見つめていました。「看護師さん、看護師さん!」母親の叫び声が廊下に響きました。
「どうされましたか!?」急いで駆け込んできた看護師が、ベッドの上のスクリーンをチェックしながら言いました。
「娘が動いているの。手を見て!」と母親が叫びました。
その場にいた全員がしっかりと、リリアナの指が動いて、タッカーの耳のクシャクシャの毛を触っているのを確認したのです。看護師は驚きで目を見開き、スクリーンの数字を確認するなり、ベッドに取り付けられたボタンを押しました。院内が騒然となり、医師が呼ばれ、病院のスタッフが部屋に駆け込んできました。その間も、タッカーはリリに微笑みかけ、騒ぎに動じる様子はありませんでした。
病室を出るように促された私たちに、母親が「待って!」と呼びかけてきました。彼女がタッカーを抱きしめると、とめどもなく流れる涙が頬を伝い、タッカーのやわらかな毛の上にこぼれました。「ありがとう、タッカー。あなたは私たちのクリスマスの奇跡よ」
ウィルと私は、医療関係者の邪魔にならないように廊下の端に移動しました。私が深呼吸をしながらウィルを見ると、ウィルの青い目は涙であふれていました。医師や看護師たちがリリの部屋に集まるのを見ながら、私たちは手を取り合い、リリのために祈りました。
帰る時間までに、さらに数人の患者を訪問しました。最後にナースステーションの前を通ったとき、鮮やかな蛍光イエローが目に入り、ドアに「隔離中―立ち入り禁止―」と表示されているのが見えました。
窓から中を見ると、透明なビニールテントに囲まれた小さなベッドの中に、天井を見上げている少女がいました。
「申し訳ありません。その患者さんは隔離されているので、面会はできません」ナースステーションから看護師が呼びかけました。
「窓の外からタッカーを見せてもいいですか?」と私は尋ねました。
「それなら大丈夫よ」彼女は電話に戻りながら答えました。
ウィルはタッカーをガラスに近づけ、窓越しに少女に微笑みかけました。少女は毛布の下で体を動かし、こちらに顔を向けて目線を送ってくれました。クリスマスのコスチュームを着たタッカーを見て、少女は目を見開きました。ウィルはタッカーの大きな前足を少女に振りました。彼女の顔にかすかな笑みが浮かびました。今までに私が出会った笑顔の中で、最も大きいというわけではありませんでしたが、最も美しい笑顔でした。
隔離室の少女に手を振って別れを告げたとき、ガラスに映る自分の姿に気づきました。遠い記憶がよみがえり、その少女の気持ちが痛いほどわかりました。なぜなら私もかつては、その少女だったからです。
■著者から日本の読者へのメッセージ
今回の日本語版の発刊に際し、マウラーさんは日本の読者に次のメッセージを送っています。
(シャイン・オン・キッズ公式YouTubeより引用)
長年、本当に素晴らしいたくさんの人たちや犬たちと出会ってきました。みなさんが、彼らや犬の潜在能力について知り、何かを得ることができればと思ったのが、この本を書いたきっかけでした。
日本初のファシリティドッグとして、ベイリーを送り出せたことをとても誇りに思っています。
私はベイリーがまだ子犬のころに出会ったのですが、まるでホッキョクグマの子どものようで、本当に愛らしい子でした。当初から、この子は素晴らしいファシリティドッグになるという予感がしていました。とても穏やかな気質で子どもが大好きだったからです。
ベイリーが日本ではたらきはじめた頃に、とても感心したことがありました。とても細やかに犬の気持ちを汲みとってくれる、たくさんの犬好きの方々に出会えたことです。
みなさんにこの本を読んでいただき、楽しんでもらえれば幸いです。
日本語版だけの特別付録「ありがとうベイリー」
さらに、この日本語版のオリジナル付録として「ありがとうベイリー」をカラーページで収録しています。
日本初のファシリティドッグとして、2010年に静岡県立こども病院で活動を開始し、2012年7月に神奈川県立こども医療センターに移り、2018年10月に引退するまで、延べ2万2500人以上の入院中の子どもたちに寄り添い、励まし、笑顔にしてきた“ベイリー”。
多大なる功績を残したベイリーは2020年10月1日に虹の橋を渡りましたが、今でもたくさんの人たちの心を温かく包み込んでいます。そして、ベイリーが切り開いた道は、後進のファシリティドッグたちにしっかりと引き継がれ、彼らは小児がんや重い病気と闘う子どもたちとその家族を日々支援しています。
この付録では、ベイリーと深い絆を結んできた人たちから、メッセージや思い出の写真の数々が寄せられています。
ベイリーのハンドラーでもあった森田優子さんは、「ファシリティドッグの存在を知る人は、まだそこまで多くはありません。この本を通して、子どもから大人まで、ひとりでも多くの方にファシリティドッグを知ってもらうきっかけをつくり、そこから、日本全国の病院にファシリティドッグが広まる未来につながると信じています」と語っています。
(シャイン・オン・キッズ公式YouTubeより引用)
巻末には、日本の専門家による解説を掲載。日本や欧米におけるアシスタンス・ドッグの現状などを知り、本書の内容をより深く理解できるようになっています。
この本を読んで、さまざまな場所や状況で活躍する犬たちが、人の“ため”だけにはたらいているのではなく、人と“共に”はたらいていることも感じてもらえればと思います。
【主要目次】
謝辞
1/タッカー、天職を見つける
2/サンバの不思議な力
3/ハンク、パートナーを見つける
4/光輝く鎧のナイト
5/リーダー、道を切り開く
6/フリーダム、窮地を救う
7/オリバー、別名ミスター・ママ
8/ミス・マネー・ペニー
9/ゼウスは語る
10/ヨダ、希望の星となる
11/ポノ、正義を見いだす
12/救助に向かうエマ
13/ベイリー、日本へ行く
14/遅咲きのサム
15/スーパー・トルーパー
16/タッカー、目的を果たす
エピローグ
【日本語版オリジナル付録/ありがとうベイリー】
・ベイリーへのメッセージ1…すべてを変えた日本初のファシリティドッグ/人の気持ちに寄り添う犬、ベイリーに感謝を/子どもたちとベイリーは私の教科書/医療者としての思い、ベイリーを迎えた病院の日々/少女に寄り添ってくれたベイリー
・ベイリーの思い出アルバム1
・ベイリーへのメッセージ2…ベイリーがつないでくれた縁/娘に勇気をくれたベイリー/ベイリーが支えてくれた日々/息子に笑顔をくれたベイリーに感謝を/前を向く希望をくれたベイリー/密着取材で見たベイリーの素顔
・ベイリーの思い出アルバム2
・ベイリーのうた
解説
【著者】
モーリーン・マウラー(Maureen Maurer)
アシスタンス・ドッグス・オブ・ハワイとアシスタンス・ドッグス・ノースウェストの創設者兼エグゼクティブ・ディレクター。シアトルで生まれ育ち、イヌ研究の修士号を持つ。夫のウィルと共に、介助犬の力を借りて障害者やその他の特別な支援を必要とする人々を助けることに人生を捧げている。モーとウィルは、マウイ島とベインブリッジ島を行き来しながら、2頭の犬・セイディとサムソン、そして絶え間なくやってくる、トレーニング中のヒーローの犬たちと共に過ごしている。
ジェナ・ベントン(Jenna Benton)
オレゴン州南部出身のライティング・コーチ、編集者、フリーライター。こよなく愛しているのはリサーチとコーヒー、人々や企業がストーリーを語る手助けをすること。
【監訳者】
特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ
小児がんや重い病気の子どもとその家族をエビデンスに基づいた心のケアのプログラムで支援している。ファシリティドッグ・プログラム(動物介在療法)、ビーズ・オブ・カレッジ プログラム(アート介在療法)、シャイン・オン!コミュニティ(小児がん経験者のキャリア支援やWEBコミュニティ運営)、シャイン・オン!コネクションズ(小児病棟向けに心のケアや学習支援アクティビティをオンラインで提供)などを運営。2006年に設立。2024年10月現在、全国31病院で活動中。
ファシリティドッグとは、医療施設などではたらく専門的なトレーニングを受けた犬のことで、同じく専門的な研修を受けたハンドラーとペアで活動する。アメリカをはじめ、世界各国で活動が行われているが、日本では2010年、シャイン・オン・キッズと静岡県立こども病院との協働事業によって導入が始まった。15年目の現在、静岡県立こども病院、神奈川県立こども医療センター、東京都立小児総合医療センター、国立成育医療研究センターの4病院に導入されている。シャイン・オン・キッズのファシリティドッグの最大の特徴は、平日5日間、常勤で活動していること。そして、臨床経験5年以上の医療従事者が専任のハンドラーを務めること。これによって、病院内の医療チームの一員としての活動がより円滑になっている。また、主治医や多職種と連携しながら、計画的な介入を積極的に行う。シャイン・オン・キッズと静岡県立こども病院・関西大学との共同研究から、特に終末期の緩和ケアの一助になったり、前向きに治療に取り組めることを促す効果があると、ケアに関わる医療者が評価していることを明らかにし、国際学術論文で発表している。
【翻訳】
齋藤めぐみ
北里大学獣医畜産学部獣医学科卒業。獣医師。動物病院での勤務経験などを活かし、主に獣医学書や生きものに関連する出版物の翻訳に携わる。訳書に『エキゾチックアニマルの治療薬ガイド』(緑書房)、『猫ってなにもの? 猫にまつわる250のクエスチョン』(分担翻訳、ロイヤルカナン ジャポン)など。
※略歴は出版時の情報です。
【本書概要】
・書名:ワンダードッグ 人に寄り添う犬たち 日本初のファシリティドッグ“ベイリー”とその仲間たちの物語
・著者:モーリーン・マウラー、ジェナ・ベントン
・監訳者:特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ
・翻訳者:齋藤めぐみ
・発行:緑書房
・体裁:A5 288頁 並製
・定価:本体2,400円(税別)
・発売日:2024年12月24日
・ISBN:978-4-86811-017-0
■お問い合わせ先
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