野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第17回】野生動物医学研究の材料としてハードルが高いサル類-飼育種編

ハードルが高いサル類

この連載で何度かお話ししましたが、文部科学省の支援事業として、勤務先である酪農学園大学の附属動物医療センター(当時、酪農学園大学附属動物病院)構内に野生動物医学研究教育拠点「野生動物医学センター」(WAMC)が設置されました。そこでは、外部競争資金を得て各種活動が実施されましたが、とりわけ京都大学霊長類研究所(以下、研究所)共同利用・共同研究事業の助成が2004~2021年とWAMCが得た外部資金の中で最長でした。もちろん、資金面的にも非常に助かりましたが、ある種の「お墨付き」を得たという点でも大きなプラスでした。

サル類はハードルが高い研究対象であり、サル類がヒトと系統的に近縁のため、「人と動物の共通感染」という側面から数多動物群の中でバイオリスクの危険性が指摘されています。それにも関わらず、研究所との共同研究ですので、比較的容易に許可を得られたことが何度もありました。おそらく、この助成を受けた他の数多大学・研究機関でも同様であったと想像できますが、大変残念なことに、2021年、研究所は解体されました。
奇しくも、ほぼ同時期にWAMCの運用停止の論議が開始され、2023年夏に完全に消滅しました。同時にサル類の野生動物医学研究にとっても非常に厳しい状況となり、その再興は次世代以降の若い人たちに委ねられました。どうか、よろしくお願いします。
その参考として、今回と次回にわたりサル類研究の回顧的な総括を紹介します。

それに先立ち、飼育種を対象としたまとめの作業が私の勤務する酪農学園大学の雑誌(紀要)*で掲載される予定です。よって、引用文献や画像の細かい説明はそちらを参考にして下さい。文中で「浅川ら, 2025」などと示しています。なお、ニホンザルなどの典型的なお猿さん(マカク類)の多くは次回になります。そちらもお楽しみに!

ヒトの“兄弟”類人猿のストレスをチェック

現生の類人猿は、祖先系を共有する点でまさにヒトの“兄弟”とも言えます。昨今の動物福祉やアニマルウエルフェアなどが喧しくなる前から、虐待に対して他の動物よりセンシティブであったと思います。それならば、苦痛をいち早く察知する方法は確立されているのだろうと考えられるでしょう。もし、虐待行為を受ければ、ヒトのような苦悶の反応が生ずると想像できるからです。その点、表情が乏しい爬虫類は苦労し、そのストレス指標の設定で大変苦労したことは本連載第12回でお話しした通りです。
ですが、類人猿であっても、それを客観的にいち早く気付くのは難しいものです。そこで、WAMCが注目したのは“おしっこ”でした。訓練により採尿が容易なことから、類人猿の定期的な診断を念頭に、ヒトの高齢者医療で使用される酸化ストレス評価用の尿検査キットを応用することを考え、国立環境研究所との共同研究を行いました。パイロットケースとして、北海道内あるいは関西地方で飼育されていたチンパンジーとローランドゴリラ(Gorilla gorilla)を対象に、試行実験を行いました。

高齢者医療で使用される酸化ストレス評価用の尿検査キット(左)とチンパンジーからの採尿の様子(右)

そして、見事にその有用性を示した研究論文が類人猿の国際学会で発表され、ジェーン・グドール博士から祝福されました。この研究を行った学生と一緒に写った写真は、WAMCが運用停止になるまでその玄関に飾られていました。ただ、この測定キットが非常に高価であることがネックで、本格的な活用は今後の課題です。

尿検査キットを応用した研究の成功で、J.グドール博士(写真中央)から祝意を受けるWAMC類人猿班の学生(写真右、左)

展示サル類が保有する寄生虫アレコレ

採尿検査が難しいのであれば、ストレス物質である血中コルチゾール値の測定が思いつきますが、採血自体がストレスになります。唾液か糞に含まれるコルチゾールも検討されましたが、日々のモニタリングとしては難しいようです。

ところで、この糞便ですが、調べてみると様々な寄生虫が確認されました。そもそも、WAMCが類人猿と関わったのはWAMC創設以前からであり、北海道内の園館で飼育されていたボルネオオランウータンが多包虫症により多臓器不全で斃死した事例に遡ります。WAMCが日本野生動物医学会から寄生蠕虫症センター(きせいぜんちゅうしょう)の認定を受けた理由の1つに、この疾病が北海道における深刻な「人と動物の共通感染症」(4類感染症)であり、国内の園館から注目されたことが挙げられます。
WAMC運用開始後に、研究所の助成を受け行った事例として、北海道と関東地方で飼育されていたシロテテナガザルなどの糞便から寄生虫の保有状況を把握し、鞭虫類(べんちゅうるい)や糞線虫類、蟯虫類(ぎょうちゅうるい)あるいはコクシジウム類などの虫卵/オーシストの有無と糞中コルチゾール値との相関を比較検討したことがあります。前述したように、目立った結果は得られませんでしたが、副産物として飼育サル類における最新の寄生虫の保有状況を知ることができました。

飼育類人猿の糞から検出された虫卵/オーシスト(説明は浅川ら, 2025参考)

このように考えあぐねていた中、忘れられないことが起きました。症例は、東北地方の展示施設で斃死したシシオザル。この個体は東日本大震災の影響でライフラインが途絶え、ヒトの震災関連死のような形で衰弱死し、肺にサルハイダニの中程度ないし重度寄生を認めました。健康であれば致死的な影響は与えないのですが、暖房が途絶え、餌・水の供給が不十分な状態に置かれたため、寄生に耐えられなかったのだと考えられます。

シシオザル(上左)の肺(上右)に寄生したサルハイダニの寄生部組織病変(下左)と虫体(下右:bar=0.1mm)

前述のように、WAMCでは蠕虫(症)やダニのような大きなサイズの寄生虫を専門にすることが多かったのですが、原虫に関しての相談もありました。それも、深刻な……。

1998年7月以来、北日本のある動物園のブラッザグエノンやダイアナモンキー、マンドリルなどを同一室内で飼育する施設で、ほぼ全個体で著しい下痢が続き、斃死するものもありました。WAMC運用開始直後、満を持したかのようにその検査が依頼されました。確かに、その糞便からはバランチジウムという繊毛虫のシストが検出されましたが、無症状個体でも見つかったため、この寄生は単なる副次的因子であると仮定しました。

オナガザル科専用施設内で飼育された個体の下痢便(左)とバランチジウム原虫のシスト(右)

当時、WAMCと共同で外来哺乳類のコロナウイルスを調査していた動物衛生研究所北海道支所に、試料をPCR法(DNAを大量に象増幅する技術)と牛細胞によるウイルス分離で調べてもらいましたが、ウイルスは確認できませんでした。
また、細菌を本学細菌学教室に検査依頼しましたが、やはり不明で……。その後も下痢の発症は続いたようですが、いつしか斃死個体は認められなくなり、この件は自然消滅しました。ですが、原虫シスト自体が未検出となったわけではないので、現在でも不顕性感染が維持したままだと思います。WAMCがなくなり何もできない今、時々思い出しては冷や汗をかいています。実に後味が悪い結末です。

原猿類でも野生由来の個体が減っているので、原産地の(ムシ屋を興奮させるような)蠕虫が得られることは稀です。実際、関東地方に所在する、市民の憩いの場として無料開放された公立の園屋外で飼育されるワオキツネザルや、エリマキキツネザルなどを2007年より3年間調べましたが、ワオキツネザルの糞便より鞭虫類の虫卵が検出されただけでした。この子たちの健康管理という点では大切なお仕事ですが……。

園屋外で飼育されるキツネザル類専用施設概観(左)とワオキツネザル(右)

ペットのサル類にも寄生虫がたくさんいます!

皆さんの傍らにいらっしゃるペットは違いました。WAMCに送ってもらった都内の動物商および、ペットショップで斃死した様々なサル類の死体を解剖すると、多数のムシが見つかりました。詳しいことは浅川ら(2025)に記載しておりますので、ここではその画像だけでその雰囲気を感じ取って下さい。

WAMCに送付されたサル類の一部
WAMCに送付されたサル類から採取された内部寄生虫の一部

多くが宿主固有の蠕虫属種で、本来アフリカや南米などに赴かないと得られないものが、都内で集まります! そうすると、他の目に見えない病原体は大丈夫? となりますね。その後、感染症法などが大きく改訂された今、このような愛玩目的のサル類の輸入は禁止されたので、一先ず安心です。

1990年代都内地下鉄駅構内でリスザルを肩に載せ闊歩する乗客(浅川撮影)

最後となりますが、2025年2月6日と3月6日に朝日カルチャーセンター新宿教室講座にて、オンライン講座「野生動物をまもる感染症」、「震災と野生動物」を開催します。
これまでの記事にも関わる内容ですので、ぜひご確認ください!

*酪農学園大学野生動物医学センターWAMCにおける飼育サル類を対象にした研究概要. 酪農大紀, 自然, 49, 浅川満彦・石﨑隆弘, 岡本宗裕, 2025: 印刷中.

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。