動物の幸せを考える アニマルウェルフェアってなぁに?

アニマルウェルフェアとは

アニマルウェルフェア(Animal Welfare)とは、どのような意味の言葉でしょうか?

“Animal”は、ご存じのとおり、「動物」を意味する言葉です。そして、”Welfare”には、「心身や経済的な幸福、福祉」などの意味があります。つまり、”Animal Welfare”(以下、AW)を直訳すると「動物の福祉」ということになります。
AWの世界的な基準を作っていて、日本も加盟しているWOAH(国際獣疫事務局)では、AWを「動物の生活と死の状況に関連した動物の身体的および精神的状態を意味する」と定義しています。簡単に表現すると、AWとは「人が関わる動物の幸せを考え、苦しみを最少にすること」と言っても良いかもしれません。

「動物の幸せ」という言葉には非科学的な印象を受けるかと思いますが、アンケート調査や行動調査で人の幸福度を科学的に定量化することと同様に、動物の行動や生理状態などを測定して、動物の幸福度を定量化することも可能だと考えられています(私はこれを専門に研究しています)。つまり、AWは、動物の幸福度を科学的に測定して考える(配慮する)ことなのです。「幸せを考えること」は「不幸せを考える」ことでもありますので、ストレスなどの辛い状態にも配慮することが含まれています。

アニマルウェルフェアの考え方

AWは「動物を利用してはいけない」や、「動物を食べてはいけない」と考える「アニマルライツ(動物の権利思想)」とは別の思想です。

また、日本でよく知られている「動物愛護」とも異なります。動物愛護は、人が動物を愛して護ることであり、終生飼養・殺生禁止を基本とします。そのため、最終的に殺してしまう産業動物にはあてはめにくい考え方です。

AWは「動物の生きている時の幸せを考え、殺すときも恐怖や痛みや苦しみを与えない」ことを目指します。産業動物(食用のウシやブタ、卵や牛乳を生産するニワトリやウシなど)だけではなく、人が関わるすべての動物を対象とすることができます。

AWを考えるうえで最も重要なことは、AWは0か100かではないということです。「AWが有る」「AWが無い」ではなく、いろいろな状況において持続的な配慮を行うということが大切になります。放牧をすればAWレベルが高く、室内で飼育すればAWレベルが低いとも言えません。その動物に適している餌や水が十分にあること、病気や怪我になっても放置しないこと、不快な環境で飼育しないこと、恐怖を与えないことなど、動物が生活する中でストレスを感じにくくし続けることがポイントです。

日本での導入

近年、世界的に産業動物へのAWに配慮した飼育が求められるようになってきました。AWを実践している農場では、どのような飼育を行っているのでしょうか?

埼玉県にあるナチュラファームは、東アジアで初めて「エイビアリーシステム」という採卵鶏(卵を産むニワトリ)の施設を導入した養鶏場です。この飼育システムは、室内での多段式平飼い方式で、飼育されているニワトリが止まり木を利用して休んだり、床に敷き詰められているオガクズをつついたり足でかいたり、砂浴びをしたり、巣箱で産卵したりすることが可能です。

これらの行動は「正常行動」と言い、ニワトリにとって欲求度が非常に高いものです。AWを考える場合、そのような「欲求度の高い行動」を発現させることは非常に重要です。ちなみに、エイビアリーシステムの巣箱にはベルトコンベアが内蔵されており、自動で卵を集めることができます。従来のケージ飼育と同様に、卵の清潔度も確保されていることから、日本の生卵文化にも適しています。

日本の養豚産業のある大手企業では、アニマルウェルフェアポリシーを発表しました。今後、ストレスレベルが高いと考えられている繁殖豚*¹の妊娠ストール飼育*²を、2030年までに廃止すると宣言しています。また、外資系企業を中心に、AWに配慮した畜産物のみを取り扱うと宣言する食品メーカーや外食産業、スーパーマーケットチェーンも増えてきています。

*¹ 肉用の子豚を産む母豚のこと
*² 豚とほぼ同じ大きさの金属製の檻での飼育

アニマルウェルフェアは受け入れられる?

AWは、動物の幸福を考えることなのですぐにでも広まりそうですが、なかなかそうもいきません。従来型の畜産は「安全で」、「美味しいもの」を「安く」生産することを目指して発展してきました。その方式を変えるということは、生産物が高くなる可能性があるということです。

例えば、AW思想が生まれたヨーロッパでは、採卵鶏のバタリーケージシステム*³は、動物のストレスレベルが高いとの考えにより、2012年から法律で禁止されました。このような変更には初期投資が必要ですし、1羽あたりの飼育面積も大きくなるので、生産コストがあがります。したがって、卵の販売価格も上がることになります。しかし、ヨーロッパでは、卵の値段が上がってもケージを禁止しようという市場(消費者)の考えから、これが受け入れられたようです。もともと市民側の要望でAWを導入された背景があるからです。その一つの理由として、ヨーロッパでは、消費者が産業動物飼育の現場を訪れる機会が多いからとも言われています。つまり、産業動物飼育の状況を知ることによって、動物の生活にも配慮するべきだという考えが生まれたのかもしれません。

*³ 1羽当たりA4用紙程度の広さの金属製の檻での飼育方法

一方で、畜産物の輸出入に関しては、輸入国がAWへの配慮が求めることがあります。日本の畜産物が安全で美味しいとしても、生産環境や、動物の扱い方が輸入国の基準を満たしていないと輸出できない、という状況もでてきました。そのため、2023年に農林水産省は「アニマルウェルフェアの考え方に沿った家畜の飼養管理に関する指針」を策定して公表しています。これは法律ではありませんが、この指針を遵守することが補助金申請の条件となることもあるため、徐々に広がって行くことが予想されています。

おわりに

「最終的に殺して食べてしまうのに、産業動物の幸せを考えるなんて人間のエゴだ」という意見を耳にすることがあります。食用として飼育している動物に対して「幸せ」や「苦しみの軽減」を考えることは、矛盾していると感じるかもしれません。
しかし、もし「どうせ殺すのだから、産業動物はどんな扱いをしても構わない」と言い換えたとしたら、違和感を覚える人が多いのではないでしょうか。

かつて、ヒト以外の動物には痛みや苦しみ、ストレスといった感覚がないと考えられていた時代もありました。しかし、現在では、動物に関する科学的理解が進み、食用に飼育される動物であっても痛みや苦しみを感じることが明らかになっています。だからこそ、それらに配慮するというAWの考え方が重要になります。ただし、AWの導入・実践は感情論に偏るのではなく、科学的な視点から「何に、どこまで配慮すべきか」を冷静に議論していくことが求められます。

【文・写真】
伊藤秀一(いとう・しゅういち)
東海大学農学部動物科学科教授、家畜写真家。1972年東京都生まれ。麻布大学獣医学部環境畜産学科卒業後、麻布大学博士課程修了。北海農業研究センターなどの研究所での勤務を経て、現在は熊本県の東海大学農学部で農用動物と動物園動物の行動およびアニマルウェルフェアを研究している。2019年に1年間、スコットランド農業大学 動物行動学・福祉学チームへ留学。著書に『まきばなかま』(東海教育研究所)、『動物福祉学』(共著、昭和堂)、『動物行動図説』(共著、朝倉書店)、『畜産』(共著、実教出版)など。