フォトエッセイ  犬と人が織りなす文化の香り【第15回】スイス(ムルテン/モラ)

チューリッヒ空港からスイスの首都・ベルンまで、SBB鉄道(スイス国鉄)で約1時間半。そこからローカル線に乗り換え、さらに30分ほど行った先にある町がムルテン/モラです。スイスには4つの言語区分があり、ムルテン/モラはドイツ語圏とフランス語圏の狭間にある町なので呼び名が2つあります。この街は中世の領主・ツェーリンゲン家によって築かれたため、大通りの時計塔や噴水の雰囲気は、同じ領主が築いたベルンにとても似ています。

駅からバーンホフ通りを5分ほど歩いて旧市街の入口へ。城壁に登ると赤茶色の屋根が一面に見え、その先にはムルテン湖の水面が輝いています。対岸にはヌーシャテル湖とのあいだに挟まれて、ブドウの産地として有名なヴュリー地区(Mont-Vully)が見えました。

城壁から降り、建物や看板などの美しさを眺めながらメイン通りを歩いていると、ドアから飛び出してきたシャー・ぺイに出会いました。見た目は強面なのですが、しっぽを振ってあいさつをしてくれました。そして町中で犬を傍に世間話を楽しんでいる人の姿を見て、微笑ましい気持ちになりました。

メイン通りを10分ほど歩くとベルン門に到着。門のわきにある小道の階段を降りると、ムルテン湖が目の前に広がります。ウインドサーフィン、カヤック、ヨットを楽しむ人たちがいるなかで、飼い主と水泳を楽しむシェパードの姿が目に飛び込んできました。シェパードは黄色いオモチャをくわえたまま、飼い主さんを先導するかのように浅瀬に戻ってきました。飼い主さんが「暑い季節になると彼と湖で遊ぶのが日課だよ」と笑って話しかけてくれました。

滞在中に気がついたことがあります。

それは、カフェ、レストラン、フラワーショップ、ブティック、ホテル、鉄道など、スイスの犬たちはどこでも人とともに行動しているということ。唯一禁止されていた場所は、スーパーマーケットでしょうか。

スイスは「犬税」を初めて法律に組み込んだ国であり、憲法レベルで動物の尊厳を尊重しています。以前は犬の知識やしつけの仕方などを学ぶことも法律で義務づけられていたようですが、現在はしつけの学習は法による義務ではなくなり、飼い主の道徳のもとで成り立っているのだそうです。スイスでの犬という存在は家族の一員であり、社会の一員でもあるのだなと敬服するばかりでした。

【写真・文】
蜂巣文香(はちす・あやこ)
写真家。犬、猫、コンパニオンバードなどのペット写真をはじめ、手仕事やライフスタイルなどさまざまな分野で“伝わる”写真を日々撮影している。広告や雑誌、書籍、WEBなど幅広く活躍中。欧米を中心とした海外での撮影経験も豊富。愛犬雑誌「Wan」(緑書房)でもおなじみのカメラマンで、柴犬をモチーフにしたカレンダーシリーズ「しばいぬ(卓上)」「日本の柴犬(壁掛け)」「黒柴(壁掛け)」(緑書房)も毎年好評を博している。
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