哺乳類の中で最も毛が密集するチンチラ
チンチラが棲息するアンデス山脈の岩場や山間は、高地で乾燥した気候のため、夜になると気温が低下します。そのためチンチラは、周囲の環境に適応すべく、代謝率を低くし、消費エネルギーが少なくなるように、厚い毛皮を備えています(写真1)。
チンチラは、Chinchilla chinchilla(チンチラ・チンチラ)とC. lanigera(チンチラ・ラニゲラ)の2種類に分けられます。C. chinchillaは以前からC. brevicaudata(チンチラ・ブレビカウデータ)として知られています。C. lanigeraよりも尾が短く、頚部と肩部は太くて耳が短く、Short-tailed chinchilla(タンビチンチラ)とも呼ばれています。また、Bolivian chinchilla、Peruvian chinchilla、Royal chinchilla という名称も用いられています。
C. chinchillaは現在、絶滅の危機に瀕し、C. lanigeraはまれに野生でみつけることができます。ペットの個体はC. lanigera であると考えられ、アルゼンチン北西部、チリ、ペルー、ボリビアにまたがるアンデス山脈全体に棲息し、Long-tailed chinchilla(オナガチンチラ)とも呼ばれています。オナガチンチラはタンビチンチラよりも標高が低い地域に分布します。タンビチンチラは標高の高い地域に分布するため、防寒の目的で耳介や尾が短く進化したのかもしれません。
チンチラはすべての哺乳類の中で最も毛が密集しています。非常に柔らかい毛質が人気で、世界三大毛皮のうちの1つであり、高級品として扱われてきました(写真2)。この毛皮はアンデスの原住民であるチンチャ(Chincha)族が昔から身に着けており、部族の名前からチンチラと名付けられました。
16世紀にヨーロッパへと毛皮の存在が知れわたりました。その後、本格的な商用狩猟が1829年に始まり、C. lanigeraの毛皮の需要が増加しました。チンチラの毛皮でつくられたフルレングスのコート1枚には、150 個体分もの毛皮が必要になることもあるそうです。積極的な狩猟の結果、チンチラの棲息数は減少しました。そのため、チリではチンチラが絶滅の危機に瀕し、1890年代に保護対策が実施されましたが、これらの措置はあまり効果がありませんでした。
1910年にチリ、ボリビア、ペルーの間で締結された条約では、チンチラの狩猟と商業捕獲を禁止する国際的な取り決めが締結されました。この対策の結果、毛皮の価格の大幅な上昇にもつながりました。現在は2種類の両方が、チリと国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおける絶滅危惧種、ワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)では第Ⅰ掲載種になり、捕獲および国際間の取引は禁止されています。つまり、日本のペットショップで流通しているチンチラは野生種ではなく、国内で繁殖した個体となります。
野生種の保護が確立された一方で、毛皮の需要を満たすため、捕獲されたチンチラの飼育が試みられました。最も古くは、アメリカ人でチリの鉱山技師のマティアス・F・チャップマン氏が、1923 年に毛皮用の繁殖目的で11頭のチンチラを現地で購入した記録が残っています。1923年にはアメリカにも輸出し、飼育を開始して11年後にはチャップマン氏の子のレジナルド氏が繁殖にも成功して、安定した個体数を供給できるようになりました。現在、コートやマフラーなどの衣料品に使用されているチンチラは野生種ではなく、ファームでの飼育個体群です。
日本では、1961年に静岡県三島市の動物愛好家によって導入された個体が最初と報告されています。ペットとして飼育されはじめたのもこの時期で、毛皮をもつチンチラが暑さに弱いことが問題となっていました。なお、実験動物としては1950年代から一部の研究にも使用されていました。耳が発達していることから(写真3)、1970年代以来、研究者は聴覚系に最も関心を寄せてきました。
上述のようにこれまでの経緯から、人とチンチラとの関わりは、ペットよりも産業動物(毛皮用)としての歴史を長くもちます。しかし、長寿の場合20年以上生き、その愛くるしさから「永遠のアイドル」ともいえるチンチラは、今では人気ペットとして大切に飼育されています。それに従い、さまざまな疾患への対応など、獣医学的な知見も近年急速に蓄積されてきています。
次回の後編では、飼育者にとってはとても身近なチンチラの意思表示(発声と行動)を解説します。
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*本稿は『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(著:霍野晋吉、緑書房)の一部を改変し、まとめたものです。
【執筆】
霍野晋吉(つるの・しんきち)
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部卒業。獣医師、博士(獣医学)。1996年古河アニマルクリニック開業(茨城県)。1997年エキゾチックペットクリニック開業(神奈川県)。現在は株式会社EIC(https://exo.co.jp)の代表を務め、エキゾチックアニマルの獣医学の啓発や教育に関わる活動を行っている。その他、日本獣医生命科学大学非常勤講師、ヤマザキ動物看護大学特任教授、(一社)日本コンパニオンラビット協会代表理事、(一社)日本獣医エキゾチック動物学会顧問なども務める。著書に『カラーアトラス エキゾチックアニマル 哺乳類編 第3版』『同 爬虫類・両生類編 第2版』『同 鳥類編』『ウサギの医学』『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(いずれも緑書房)。
[参考文献]
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