フォトエッセイ 猫とのほほん日和【第2回】
TACHIのお母さんとミーコのおじさん

TACHIのお母さん

週末に猫島に行きはじめた頃は、猫と会話したり、一緒に過ごしたりする時間をただただ楽しんでいました。同時に、ふだんの生活から開放されて、ひとりの時間を持てるワクワク感がありました。

ある日、島で猫とたわむれていると、お腹がペコペコになりました。リュックの中にはいつものどら焼きとブラックコーヒーがあったのですが、お昼はしっかり食べたいと思い、島の人におすすめのお店を聞きました。すすめられた食堂に向かってみると、お店の名前はなんとTACHIでした!(笑)

ドアをガラガラガラと開けると、ちょうどお昼時の満席だったので、人見知りの僕は重いリュックを端に置き、座敷でちょこんと正座していました。TACHIのお母さんはとても優しい声で「どこからきたんよ?」と聞いてくれました。その日はお魚の煮物とご飯をいただきましたが、もちろん絶品です。食べ終わると、「あんた、猫はここいらにいっぱいいるから、重い荷物は置いて、必要なものだけ持っていき」とお母さんは言ってくれました。

TACHIにはその後も何度も立ち寄りましたが、駆け出しの僕のポストカードを展示してくれたり、いつも応援してくれました。ときには、「あんた、今回何かあって島に来たんじゃろが。お代はええわ」と言われ、「払う」「いらない」と押し問答の末、結局、受け取ってもらえないこともありました。そんなお母さんの優しさには、しばしばジーンとさせられました。

さて、荷物が軽くなったので、その島の高台にある神社へ向かいました。下からは行きやすい場所に見えるのですが、いざ向かうと、入り組んだ迷路のようです。途中、行き止まりがあったり、民家の敷地に入り込んだりして、なかなかたどり着けません。ようやく着くと、階段から勢いよく猫たちが駆け下りてきました。見慣れない光景に最初はびっくりしたのを覚えています。

なあ、なあ、なあ?

「にゃ~」と鳴いていたので、僕もおうむ返しで「にゃ~」と鳴くと、そのうち「なあ、なあ、なあ?」と人間の言葉のように聞こえてきたのです。

僕はかねがね猫と普通に会話したいと思っていますが、このときの経験がキッカケです。「今日は暑いね?」「元気?」「久しぶりやね?」とか、最終的には気持ちが伝われば良いかなという感覚です。海外に行って現地の人と話したとき、“言葉は通じなくても想いは伝わる”という感覚になりますよね。それに近い感じです。猫は基本的に人に優しいし、言葉がないぶん、気持ちに寄り添う能力は人よりもすぐれているような気がします。

そんなふうに、猫と話しながら撮影をしたり、瀬戸内の景色に目を奪われたり、猫が膝に乗ってきたり、ときには猫と一緒に寝たりしながら、その島で癒されてきました。

ミーコのおじさん

ミーコのおじさんも忘れられないひとりです。はじめて会ったとき、「どっから来たんや? よかったら家に来るか?」と言ってくれました。ご厚意に甘え、坂道を横切り家に着くと、猫がたくさんいました。おじさんは「飼ってないけど、なぜかみんな寄ってきて、いつの間にか住みつくようになった」と言っていました。

「10匹ほどいますけど、それぞれの名前は?」と聞くと、みんなを「ミーコ」と呼んでいるようでした。全部の猫が「ミーコ」とはびっくりですが、おじさんがミーコと呼ぶと一斉に猫たちが集まってくるのです。

おじさんはもともと漁師をしていたそうで、奥さんとふたり暮らしでした。何度もその島に通ううちに、僕のことを「息子」と呼んでくれるようになりました。そして、僕はご夫婦の家におじゃまし、近くにいる猫たちを撮影しました。そこにいるのは、おじさんがいつも愛情をかけて、声かけしているのが伝わる、優しい猫ばかりでした。褒める、優しい声をかける、ときには怒る、おじさんはまるで自分の子どものように接していました。

その当時から8年ほど経ちました。その後、TACHIのお母さんは高松へ戻り、孫ができて幸せに暮らしているそうです。ミーコのおじさんは、認知症で島外の施設に移りました。1度面会に行きましたが、僕のことは忘れているようでした。島には今でもミーコたちがいるので、僕はときおり会いに行っています。

フォトエッセイ 猫とのほほん日和【第1回】猫の写真を撮影する日々のはじまり – いきもののわ (midori-ikimono.com)


【文・写真】
山本正義(やまもと・まさよし)
大阪在住の猫写真家。猫が立ち上がる瞬間をとらえた「立ち猫」写真でブレーク。ちょっぴり力の抜けた「脱力猫」、凄い勢いの「猫来る」、気の抜けた感じの「舌猫(ぺろにゃん)」、猫が集団で行進する「ずんずんずん」など、愛らしい猫たちをとらえた写真とユニークなワードセンスがSNSなどで注目を集めている。写真展、メディア出演、講演などで各地を飛び回る日々。写真集に『立ち猫』(ナツメ社)。また、『立ち猫カレンダー2024』(緑書房)も好評発売中。
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