はっけん! 日本の爬虫類・両生類【第4回】ヤエヤマセマルハコガメCuora flavomarginata evelynae (Ernst et Lovich, 1990)

南西諸島西部の八重山諸島にある石垣島と西表島には、海で暮らすウミガメの他に、淡水域に暮らすカメがいます。

1種はヤエヤマイシガメといって、水辺に生息する種です。夜行性であり、湿地などの暗い場所で多く見られます。

もう1種は、今回紹介するヤエヤマセマルハコガメです。石垣島と西表島という小さな2つの島だけで生息している種なので、あまり世間では知られていないかもしれません。

猛スピードで道路を渡るカメ

最近はめっきり見かけなくなりましたが、私が写真を撮りはじめた頃には、早朝や夕方にヤエヤマセマルハコガメが道路を横断する姿をよく見かけました。南西諸島では、カニ、カエル、ヘビといった様々な生き物が路上を横切る姿を見かけるのです。カメが路上を歩いていることを想像できない旅行者にとっては、目を疑う光景かもしれません。

一般的に身近な「カメ」は、公園の池や川などの水辺環境に暮らしているので、陸上を速いスピードで移動するヤエヤマセマルハコガメに出会えるのは旅行者にとってラッキーなことですね。

写真:道路を横断するヤエヤマセマルハコガメ

ヤエヤマセマルハコガメが水の中に入ることは、まずありません。体の形態からも、泳ぎは得意ではなさそうです。石垣島と西表島が温暖で湿潤な環境だからこそ、カメでありながら水辺と切り離された生き方を成し得たのかもしれません。

不思議な体で「箱大作戦」

ヤエヤマセマルハコガメは、他のカメとは異なった、奇抜な体のつくりをしています。

ニホンイシガメやクサガメなどのカメは、危険を察知すると甲羅に肢を引っ込めて、じっと危険が去るのを待ちます。

ヤエヤマセマルハコガメは、「ハコガメ」という名前から想像できる通り、甲羅に肢を引っ込めたあとに甲羅のフタを閉めることで、外から肢が見えないようにします。腹甲(お腹側の甲羅)の真ん中あたりが蝶番(ちょうつがい)状になっており、前方と後方にフタ状に閉まるのです。

完璧な防御方法、「箱大作戦」です。

写真:腹甲を上にして甲羅に閉じこもるヤエヤマセマルハコガメ

危険を回避したあとは、フタをゆっくり開けて顔を覗かせます。まだ敵がウロウロしているのが確認できた場合には、シューッという音を立てながらフタをもう一度閉じます。

ヤエヤマセマルハコガメの「セマル」の由来も、その姿から見当をつけることができます。カメの甲羅には平たいイメージがありますが、ヤエヤマセマルハコガメの背中はこんもりと盛り上がっているのです。外敵に襲われたときに掴まれにくく、噛まれたとしても力が分散されるようになっています。

写真:「セマル」の名の通り、丸い背中をしている

このように究極の体をもっているように思えるヤエヤマセマルハコガメですが、観光客の増加によるものでしょうか、まれに道路で車にひかれた姿を見かけます。カメが路上を歩いているとは思いもしない旅行者には、路上を歩くカメは見えないのです。

いつまでも身近にいてもらうために

ヤエヤマセマルハコガメは、島のどこにいるのでしょうか。

もちろん森にもいますが、実は民家周辺でも多く目にします。庭に水を撒くとどこからともなく現れたとか、飼い犬や飼い猫にエサをあげると横取りしにきたという話も聞いたことがあります。国の天然記念物であるため、触ることや飼育することはできませんが、このような何気ない姿を遠くから眺めるだけでも楽しいものです。

道路を横断する姿も、なかなか興味深いものがあります。腹甲と地面の間に隙間ができるくらいしっかり体を持ち上げながら、肢を交互に動かし、コミカルに素早く移動します。道路に現れる主な理由は、路上で車にひかれた生きものを食べるためです。植物の実から動物の死体まで、クチバシで引きちぎるように食べます。手当たり次第になんでも食べる姿は、まさにスカベンジャー。島の生態系に欠かせない生きものなのです。

写真:しっかりと体を持ち上げながら、素早く動く

また、ヤエヤマセマルハコガメは中国や台湾に近縁種がいます。近縁種との関係性を考える上でも、石垣島と西表島にヤエヤマセマルハコガメがいることは素晴らしいことです。

ましてや西表島は世界自然遺産にもなった島。いつまでもこの両島で出会えるように、島の自然を見守っていきたいと思います。

カメは万年という言葉があるように、いつまでも。

【文・写真】
関 慎太郎(せき・しんたろう)
1972年兵庫県生まれ。自然写真家、びわこベース代表、日本両棲類研究所展示飼育部長。身近な生きものの生態写真撮影がライフワーク。滋賀県や京都府内の水族館立ち上げに関わる。
『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!』シリーズ(ニホンヤモリ、ニホンイシガメ、オオサンショウウオ、ニホンアマガエル、オタマジャクシ、イモリ、トカゲ)、『野外観察のための日本産両生類図鑑 第3版』『同 爬虫類図鑑 第3版』、『世界 温帯域の淡水魚図鑑』『日本産 淡水性・汽水性エビ・カニ図鑑』(いずれも緑書房)、『うまれたよ!イモリ』(岩崎書店)、『日本サンショウウオ探検記 減り続ければいなくなる!?』(少年写真新聞社)など著書多数。最新刊『日本のいきものビジュアルガイド はっけん! 小型サンショウウオ』(緑書房)が2023年9月29日に発売。