雷鳥写真家・高橋広平さんに聞く「雷鳥」の魅力

日本アルプスの高山帯に生息し、国の特別天然記念物として日本人に愛されてきた「ニホンライチョウ(本稿では雷鳥と表記)」。一方で雷鳥は、環境省レッドリストの絶滅危惧ⅠB類にランク分けされており、これはⅠA類で生息頭数が100頭程度といわれているイリオモテヤマネコなどの次に絶滅の危険が高いランクです。

そのなか、南アルプスや北アルプスの雷鳥生息地では、その保全活動として、雷鳥のなわばり数の調査やヒナの保護、餌となる植物の調査、雷鳥に害をなす野生動物の侵入状況の調査などが、行政や研究者などによりさまざま進められています。さらには、環境省を中心に研究者や動物園などが結集し、中央アルプスでの雷鳥の「復活作戦」が展開されており、その動向が大きな注目を集めています。

日本アルプスの高山帯に生息する“神の鳥”雷鳥(写真:高橋広平)

「神の鳥」として古くから日本人に崇められてきた雷鳥。この鳥を守り、未来へつなげていくためには、その存在と魅力、そして絶滅が危惧される状況をより多くの人びとに届けることがとても大切です。そこで今回は、「雷鳥写真家」としてこの鳥の魅力を発信している高橋広平さんに、写真家になったきっかけ、雷鳥の魅力、そして美しい写真に秘められたエピソードなどをお聞きしました。

そこにいた雷鳥に「ひとめぼれ」

意外に思われるかもしれませんが、私はもともとインドア派で、山とは縁遠い生活だったんです。2006年の夏、友人に登山に誘ってもらって、一発で山の魅力にとりつかれました。オタク気質なので、ハマったらどんどん夢中になって、翌年春からは毎週末に山に行くようになってしまいました。当時は長野の松本市に住んでいたのですが、登山口まで車で1時間ほどだったので、日帰り登山には絶好のロケーションだったんです。

そして2007年の5月末、下山中の風景に違和感を覚えました。謎の丸っこいものが山道のはしっこに「あった」のです。よくよく見て「これ、鳥?」と気づきました。人間から逃げようとしなかった謎の鳥に「ひとめぼれ」してしまい、下山してから雷鳥だと知りました。後で知ったことですが、雷鳥は人を恐れないんです。

高橋さんが2007年にはじめて雷鳥(夏羽のメス)を撮った写真。写真家になる前の思い出の1枚

そこから、自分にとって謎のいきものである雷鳥を調べる日々がはじまりました。当時はインターネットもあまり普及しておらず、資料も限られていたため、詳しい情報は自分で探すしかありません。長野県では有名な鳥なのに、みんな意外と詳細を知らないのです。その年は同じ山に毎週登ると決めていたので、目撃した場所に足しげく通い、5回ほど会うことができました。

それが、違うんです。はじめての雷鳥の写真は、参考記録用のコンデジ(400万画素・光学倍率3倍)で撮影しました。家電量販店で1万円ほどで購入したものです(笑)。このカメラで雷鳥を撮影するのは、さすがに限界がありました。

そこで、当時の私としては奮発して、望遠コンデジ(600万画素・光学倍率20倍)を買いました。しかし、スペック的にまだ物足りません。そこからまたがんばって貯金をして、やっとPENTAXの一眼レフを手に入れて、段階的にレンズなどの機材をそろえていき、きちんとした画質の写真を撮れるようになりました。カメラを手に入れたのと同時に、写真の技術を独学で習得しました。子どものころから絵を描いていた経験が、構図の取り方などを決める際にとても役に立ちました。こうして、雷鳥写真家として活動するようになったんです。

雷鳥の親子(メスとヒナ)。多くのヒナは7月上旬~中旬に孵化する。生まれたばかりのヒナは、自身で体温調節ができないため、メスのお腹の下に潜り込んで体を温めている(写真:高橋広平)

シャッターを切ったあとは「天国のようだった」

撮りたいものの構想を練り、それが実現できる時期とタイミングを狙って現場に向かいます。北アルプスで山小屋が開いている時期は、一般的に4月末から11月中旬ないしは下旬までです。そのようないわゆる登山シーズンは、一般の登山客とあまり変わらない場所で撮影しています。厳冬期(1~2月)には雷鳥は生息域を低くし、おおよそ標高2500メートル前後にいることが多いため、そこに向かいます。基本的には単独での撮影です。

もちろん安全を第一としていますが、雪が十分に積もらないとたどり着けない場所がありますので、冬のほうが雷鳥に会える確率はむしろ高くなります。年によっては「訪れるたびに1回は雷鳥を見られた」という「雷鳥観測率100%」の冬もありました。

厳冬期。真っ白な世界に現れたメス(写真:高橋広平)

写真によります。例えば2019年2月に撮った厳冬期の1枚は、自分のイメージどおり撮影できるまでに7年もかかりました。「満月の快晴の夜に、雪景色の中で雷鳥たちが群れている様子」を狙っていたのですが、まさに会心の一枚で、同じ写真は今後も世に出てこないだろうと思います。

『月下に集う』(写真:高橋広平)

この写真を撮るためには、まず山に足しげく通って雷鳥の行動を把握する必要があります。どこにどんな雷鳥がどのタイミングで現れるのか予測できなければなりません。そのほかにも、満月、雪景色、快晴……と整うべき条件は複雑にからみます。まず、満月は1か月に1日しかありません。1月か2月の満月の日が対象になるので、つまりチャンスは1年に2日のみです。雲が多いなど気象条件が悪ければアウト。雪質や雷鳥の出現パターンも変化します。

撮影現場はとても過酷で、マイナス20度と笑ってしまうくらい寒い。そして、移動は膝ラッセル。自分の移動速度と目標地までの経路を体に叩き込む必要があります。現場に到着してみると、目の前には理想の情景が広がっていました。しかし、いくら事前に雷鳥の出現場所を予測しているとはいえ、実際には100メートルほどの誤差が生じます。最後の調整を行うために全力疾走しました。画角を決めつつ、雷鳥の動きを予測しつつ、真冬の冷気のなかを膝ラッセルで走るのです。

この写真の撮影時刻は、夜明け直前です。撮影スポットにたどり着き、手持ちカメラで息をつめてシャッターを切り終えると、大の字でバターン! と倒れてしまいました。すると、失神寸前で寝転がっている私の周りを、10羽くらいの雷鳥が「ゲーゲー」「ガーガー」と鳴きながら歩いていきます。天国のような状況でした。

雷鳥を知り、考えてもらうために

毎年同じフィールドに行くことで、雷鳥たちの数や様子の変化などを感じ取れます。雷鳥にも勢力の変動があるため、毎年行かないと、どこにいるのか読み切れなくなってしまうのです。自分なりにデータベースの構築や更新を行うためにも、通い続けなければなりません。

毎年登ることで、雷鳥だけでなく、自然環境の変化にも気づけます。今年2月の現場は、例年の同時期に比べて積雪量が2メートルほど少なくなっていました。今年の夏に渇水がひどかったのは、雪が少なかったせいもあるでしょうね。雪が少なくなると、いままで平らに進めた道がデコボコになるなど、登山にも影響が出ます。

雪は今年に限らず、じわじわと減ってきています。地球温暖化の影響もあるでしょう。雪の量が変わると山の植生が影響を受けますし、雷鳥の暮らしや子育てにもその変化は波及します。将来的に、絶滅危惧種である雷鳥の生息域がさらに狭まることも懸念されています。この冬も登る予定ですが、環境の変化は注視したいと考えています。

雷鳥のつがい。眼の上に赤い肉冠がある方(手前)がオス。厳冬期の雷鳥の多くはオスとメスが別の群れを形成するが、必ずしもそうではなく、共同で暮らしている場合もある(写真:高橋広平)

私個人の活動としては、おもに写真展ですね。2015年に富士フイルム本社ビルで行った写真展がこれまでで最大規模となります。また、私の出身地である北海道の苫小牧市美術博物館をほとんど貸し切るような形で展示したこともあります。他にも、山岳にまつわる博物館や、知人のカフェなど、県内外の色々な場所で写真を展示しています。

2017年には写真集『雷鳥 ~Messenger from God, who wearing scenery~』を出版しました。登山用品店のカモシカスポーツさんなどで販売しています。また、500校ほどある長野県の小中学校に1冊ずつ配布するボランティア活動も少しずつ進めています。現在の進捗率は50%ほどでしょうか。子どもたちに長野県の県鳥である雷鳥にもっと興味をもってもらい、正しい情報にふれてほしいと願っています。

高橋さんの写真集『雷鳥 ~Messenger from God, who wearing scenery~』

あとは、登山情報誌「PEAKS」のメディアサイトで「旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺」と題したエッセイを書いています。そのほか、雷鳥の写真を借りたいという依頼があれば、対応しています。緑書房さんの書籍『神の鳥ライチョウの生態と保全』の表紙や本文中にも写真を提供しましたね。雷鳥を知ってもらうきっかけは、いくらあってもいいですから!

書籍『神の鳥ライチョウの生態と保全』(楠田哲士 編著、緑書房)の表紙も高橋さんの写真

雷鳥をもっと好きになってもらいたい

1年間を通して、山岳の自然と雷鳥たちの変化を追うようなカレンダーです。それぞれの月の写真に短文がついているので、雷鳥への理解を深めると同時に想像をかきたてられるようになっています。

私の写真は、雄大な景色と雷鳥を一緒におさめる引きの構図が多いのですが、このカレンダーでは寄りのカットを多めに掲載しています。全国で発売するものなので、雷鳥になじみがない人にはこの鳥の魅力がダイレクトに伝わるように、雷鳥を知る人にはもっと好きになってもらえるように、と考えて写真を選びました。1年を通して雷鳥にふれ、親しみをもつことができると思いますし、自信をもっておすすめできるカレンダーです。ちなみに、表紙写真は「DAIFUKU」で、私の代表作の1つです。

『雷鳥 神の鳥の四季カレンダー2024』(緑書房)と高橋さん

カレンダーを購入した方には、ぜひ「この写真が好きだった」「こういう写真がもっと見たい」といった感想を、SNSに投稿したり、私のウェブサイトのメッセージ欄から送ったりしてほしいと思います。より多くの人に雷鳥を好きになってもらえる写真をお届けしたいからです。

雷鳥の魅力的な写真を世に出すのが、私のテーマであり、もっとも大切なことです。撮影にあたってかなり気を使ってはいますが、私は雷鳥の生息域に侵入して写真を撮らせてもらっている立場ですから、きちんと雷鳥に還元したいんです。魅力的な雷鳥の姿を世に出すことにより、「こんなに魅力的ないきものがいて、絶滅の危機に瀕しています。私たちはどうしていけばいいのでしょう」という問いかけをしたい。

人間は、魅力的だなと感じたものに関して「学びたい」「大事にしたい」と感じるものです。いち写真家ができることには限りがありますが、ものごとが良い方向に進んでいくために、自分なりにできることに取り組んでいきます。

高橋さんが写真を撮影した壁掛けカレンダー『雷鳥 神の鳥の四季カレンダー2024』は、緑書房から絶賛発売中です。

『雷鳥 神の鳥の四季カレンダー2024』(緑書房)

【写真家】
高橋広平(たかはし・こうへい)
1977年北海道苫小牧市生まれ。2007年に雷鳥に一目惚れし、撮影を始める。2013年に第4回田淵行男賞にて岳人賞を受賞。「雷鳥とその生態系」というテーマのもと、長野県の安曇野を拠点に活動中。
Instagram:sundays_photo
http://kouheitakahashi.com/index.html