前回の記事では、風力発電所の風車の下に死体があった場合に、風車の羽根による切断や衝突が死因であると即座に「自動変換」されてしまう危険性、「蓋然性の罠」について想像しました。
今回は実例を含みつつ、より身近なインフラである道路に関わる問題を掘り下げます。
過失と言い切れない野生動物事故
2023年3月に、日本法獣医学会主催の公開シンポジウム「野生動物の法獣医学」が開催されました。その講演で「人が車で動物を故意にひき殺した事例」を扱ったことがあるか尋ねられました。
日本法獣医学会は、犬や猫への虐待問題を専らとする学術団体です。なので、この場合の「車で故意にひき殺す」とは、自動車を凶器として動物を虐待したことを指します。筆者はこの質問に対し、そのような疑いで依頼されたことはないことと、仮に轢死(れきし)が確実な場合でも剖検のみで故意か過失かを判別することは難しいことを答えました。
路上にある野生動物の轢死体の中には、故意にひき殺したものが相当数あることは断言できます。しかし多くは、動物虐待行為としてではなく、より深刻な事故を回避するために仕方なくひいてしまったものでしょう。毒蛇に長年苦しめられてきたような地域の方々であれば、路上にヘビ類を見かけた際に、毒の有無に関係なく反射的に轢殺してしまうケースも考えられます(写真1)。
上記のような質問が出るのは、道路があまりにも当たり前のインフラだからでしょう。実際、日本国内の道路総面積は、住宅地のそれよりやや狭い程度の広さです(図1)。また、路上は遮るものがないため、動物の死体が目立ちやすいのも特徴です。
我々は動物死体という試料のみから虐待の有無を見極めることが期待されている(!)ようなので、精進しなければなりませんが、実際はそれ以前の死因の断定に問題があります。
道路の面積比率の高さや、遮蔽物がなく見通しやすい場としてのバイアスは「蓋然性の罠」に誘導されるため「路上死体=轢死(ロードキル)」という安易な考えで処理されてしまっているのが現状です。
しかしながら、見かけ上は「路上の動物死体」であっても、別の原因で負傷や衰弱をした個体がたまたま路上で息絶えた事例や、保険で補償されるように動物死体を路上に移動させて衝突事故に見せかけた事例の可能性もあります。一方で、路外で発見された動物死体であっても交通事故死の場合もあるのです。少なくとも、例えば裁判になるような重要案件では、詳細な死因解析を行った後に結論を下すべきです。
以上のように、これまでロードキル案件と単純化されていた中にも、案外に奥深い事案が混在しています。
トビの死因はどこにあるか
2011年2月、北海道岩見沢市の農村地帯の歩道で、飛翔不可能なトビが市民により発見されました。近隣動物病院に搬入されたものの、そこでは継続飼育ができず、当方に移送されました。
しかし、移送されてわずか約2時間後には死亡してしまいました。
不謹慎かもしれませんが、新鮮な動物死体は珍しいため、典型的な病理解剖の対象となりました。
特徴的な外部所見としては、嘴基部(蝋膜)、頭頸背部、左肘関節部背面において裂傷と出血が認められました(写真2)。特に左肘関節部では、折れた上腕骨が一部露出していました。他の骨折はありませんでしたが、左胸部皮下から筋内に出血が見られた他、同胸筋部に刺創が多数ありました(写真3)。
皮下と内臓には脂肪の十分な蓄積があり、胸筋萎縮は認められず、嗉嚢は採餌物で膨満していました。さらに、多数認められた刺創はカラス類の趾(あしゆび)の爪痕と一致しました。
要するに、元気で食欲旺盛な健康個体が、外力により致命的ではない負傷を負って一時的に弱ったところで、カラスの捕食行為に伴う激しい攻撃にあい、これが死亡の主因である失血と衰弱につながったのでしょう。仮に最初の一撃が自動車との衝突であったとしても、直接死因に至るまでの過程を考えると、単にロードキルとして処理するのはやや無理があるように感じます。あえて類型化するなら「交通事故関連死」でしょうか。
死因にモヤモヤ感は残るものの、これからご紹介する事例よりはましです。
ニホンジカの死体はどこにあったものか
二ホンジカ(北海道なのでエゾシカという亜種名の方が有名。以下、シカ)の個体数増大は衝突事故数急増に直結しており、筆者の元にはシカに関わる依頼も増えました。ですが、その中には首をかしげたくなる事例もありました。
2010年代の夏ごろに保険会社調査員が数本の獣毛を持参し、その動物種鑑定を依頼されました。
背景となった事故は、依頼の約2か月前に起こったものです。運転手1名と同乗者1名が乗った乗用車が、道東地方(北海道の東部)の国道を時速約80キロメートルで走行していたところ、横臥していた動物に乗り上げたとする事故でした。2人はこの事故後に頸部と腰部への痛みを覚え、傷病に関する保険申請がなされました。申請を受けた保険会社が当該車両の損傷状態を点検したところ、ラジエーター上に軽微な凹部と獣毛が確認され(写真4)、獣毛が証拠として当方に持ち込まれました。
それ以外の個所に車体の損傷はなく、血液や糞尿などの汚れもなかったそうです。当事者が話した通り時速約80キロメートルでの走行中に動物に乗り上げたにしては、軽微な印象でした。
保険金支出に関わりますので、当然ながら厳密な調査が必要であり、乗り上げた動物種の特定が要となります。当方への依頼内容は獣毛分析でしたので、分析作業を行いました。
その結果、試料である体毛表面にある毛小皮という微細構造の形態から、シカと判明しました。検査法(スンプ法)の詳細については、拙著『野生動物の法獣医学』(地人書館)をご覧ください。
衝撃だったのは、検査とは無関係に依頼主が漏らした一言です。この申請者2名は以前にも類似事案を出しており、業界の要注意人物ということでした。これにより、依頼当初から抱いていた不自然さへの引っ掛かりが氷解したような気がしました。
高速走行車両が横臥している動物に乗り上げた場合、車両前部へのダメージは相当なものになるはずです。ですが先述したように車両の損傷は軽微であり、血液や糞尿などの汚れも一切ありませんでした。仮説とはなりますが、手頃な動物死体を見つけて路上に置き、スピードを少々手加減して乗り上げ、あとは自己申告で診断される病名の診断書を入手した……という可能性も否定できません。2人で扱えるような大きさのシカ死体として考えられるのは幼獣です。
野生動物の死体を用いて保険制度が悪用される可能性があるならば、それを暴く科学が必要になります。この事例であれば、車両のみならず動物死体もあわせて検査対象としていれば、衝突時にどの程度の衝撃があったのかが、ある程度わかったと思います。また、衝突したのが死体ではなく死線さまよう衰弱個体であった可能性もありますが、その場合でも剖検を行えば衝突時の生死が判定できたかと想定します。
路外にある動物死体は交通事故と無関連か
次もシカにまつわる変化球的な話です。
2020年初冬早朝、当方の勤務先の大学附属農場の管理者から、シカの死体の死因解明依頼を受けました。発見場所では肉牛が飼育されており、家畜感染症伝播の懸念があったことが依頼の背景です。農場は敷地総面積約104ヘクタール、東京ドームの22倍以上の広さがありますから、その中で1頭のシカの死体を見つけられたのは日頃の丁寧な巡回の賜物でしょう。
その死体は、直近の道路からは約100メートル離れたところにある、防風林に隣接している耕作地内で見つかりました(写真5)。
届いたシカは雄の成獣でした。頭部の天然孔(眼球、鼻部および口部)はほぼ無傷でしたが、背側皮膚には皮下組織未到達の浅い傷がたくさんありました。一方、左臀部から同大腿部背側にかけては、大きくえぐられた損傷部があり(写真6)、腸管と内臓の大部分も欠損していました。
左大腿骨は骨盤骨から脱臼していましたが、そのあたりを含めて骨折はありませんでした。また、残った内臓は腐敗および変質していましたが、腎臓周囲の脂肪量からは栄養状態良好であり、胃内食渣も貯留し食欲旺盛であったことが推察されました。シカの死体回収時に付近に多数のカラス類が集まっていたことが、発見した農場管理者により目撃されていたため、腸の欠損や左臀部の激しい損傷はカラスによる食害の影響でしょう。
このシカが死亡するまでの経緯は、次のようなものと推測します。
まず、大腿骨脱臼がおきる程度の物理的衝撃が、シカの左側臀部に加えられました。やや離れた路上での車両衝突の可能性がもっとも高いでしょう。
もちろん、その程度の衝撃では即死とはなりません。樹木のある農場内に逃げ込んで潜んでいたものの、それを見つけたカラスにより臀部の裂開した皮膚を集中して捕食され、そのまま衰弱死したのでしょう。内臓や消化管の引き出しについては、キツネなどの他のスカベンジャーも加担したかもしれません。浅い傷は、背側部の破綻していない皮膚の固さから、深部の肉にありつくのに失敗したカラスの嘴や爪の痕ですね。冒頭の事例での、カラスによるトビへの執拗な攻撃を彷彿とさせます。
ひとつ前の事例とは反対に、たとえ路外に死体があったとしても交通事故死(もしくは交通事故関連死)であるケースもあることは、記憶に留めておきたいです。
いずれにしても、道路はあまりにもありふれたインフラなので、野生動物の法獣医学では関連事例が豊富となっています。『少年サンデー』(小学館)にて連載されている、法獣医学を扱った漫画『ラストカルテ』(単行本第6巻発売中)でも関連エピソードがいくつか扱われておりました。よろしければご確認ください。
【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。
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