この記事を執筆している2023年10月現在、様々な物価が高騰しています。
なかでもガソリンはすっかり高額商品となりました。原油のほぼ全てを国外から輸入している状況では、産油国による価格設定に耐えるしかありません。
多少の価格変動にかかわらず、非産油国では原油の輸入は不可避であり、その結果として前回の記事で扱ったような油漏出事故による海鳥の大量死が頻繁に起きています。このような事案を目の当たりにするたび、「生活に不可欠な資源の確保は、数多の動物の死が前提」という冷徹な理を思い知らされます。
この理は、海に限ったことではありません。たとえば陸域では……。
風力発電所で発見された希少種の死体
2004年2~4月にかけて、北海道北部の苫前で回収された死体(オジロワシ2個体、トビ1個体、オオセグロカモメ1個体)が立て続けに当方に届きました。いずれも風力発電所の風車周囲で発見されたものです。オジロワシという希少種であったため、環境省から直々の依頼でした。
所見では、全個体で体の一部が切断されていました。オジロワシは2個体とも腰部から真二つにされており(写真1)、その切断面は粗剛で、周囲には破砕された骨片が付着していました。その断面は、鋭利ではなくある程度の厚みがあるものにより背側から胴体が両断されたことと、切断時に内臓や血液が散逸したことを示唆していました。トビも同様の所見でした。オジロワシ以外の個体も、頸椎あるいは腰の癒合仙骨が切断されていたことから、著しい物理的な衝撃を受けたようでした。
以上の所見から、風力発電所の風車の羽根による事故と結論付け、環境省に報告しました。対応として、道内の発電所周りの巡視がこまめになされるようになり、2005年12月には石狩市でも同様の事例(オジロワシ1個体)が見つかるに至りました。
現在、カーボンニュートラルや再生エネルギーが強く求められていることから、全国各地で風力発電施設等の建設が相次ぎ、その犠牲と思われる事例が各地で報告されているようです。
「思われる」と持って回った言い方をしたのには理由があります。「風力発電所の周りで発見=風車の羽根で叩き殺された」とするのは「蓋然性の罠」の危険性もあるからです。たとえば、まずないとは思いたいですが、漁業混獲などで発生した無関係の死体が、こっそりと風車の下に置かれた可能性は否定できません。発電所や電力会社に反対していたり不利益を望んでいたりする個人・団体や、世間の騒ぎを望む愉快犯による作為の可能性もあるのです。
もし作為があったとしても、死体が腐敗・変性していた場合は、検査もせず短兵急に「風車の羽根により切断」で終わらせてしまう危険性があります。法獣医学には嘘を暴くという使命がありますので「野生動物の法獣医学」には作為の有無を確認することも求められるのです。
浄水場に浮かぶ大量のイワツバメ
動物の死は、エネルギー供給の場のみならず、清潔な水資源を供給する場でも起きています。
2011年および2012年の夏、中部地方にある浄水場の汚泥処理施設にて、大量のイワツバメの死体(写真2)が発見されました。ただちに原水の毒性検査をしたところ、すべて正常値でした。しかしながら、この浄水場の水を使う方々は当然の不安を覚え、施設を管轄する市役所には原因追及を求める声が寄せられました。その市役所は山階鳥類研究所と相談し、試料(写真3)とともに当方に検査を依頼されました。
いずれの試料でも、腹部を中心とした体表への高度粘性汚泥の付着、皮下の脂肪貯留(つまり栄養状態は良好なため、餓死ではありません)、ほとんど外傷がないこと、消化管内への汚泥物の充満などが観察されました。2012年の死体はあまり腐敗していなかったため、病理組織検査も行いました。検査では、皮膚に急性蜂窩織炎と、肺・細気管支内に細菌の塊が確認されましたが、これによる組織反応はありませんでした(つまり、吸引された泥中細菌が貯留したのでしょう)。以上の所見に加え、現場の沈殿泥上の写真(写真4)も参考にしました。
最終的な結論としては、次のようになります。これらのイワツバメは、泥に拘束されたあと、泥を吸引したことによって気道病変や傷口からの細菌感染を起こしたのでしょう。さらには、羽繕いをしたり脱出を試みたりする過程で急激に体力を消耗したほか、雨水により体温が奪われ、衰弱死に至ったと考えられます。
どうしてこのような大量死が、この2年に限って発生したのでしょうか。
イワツバメは、春から初夏にかけて岩壁や建物に集団営巣し、泥を巣材とします。身近なツバメと同じですね。
ところが2011年と2012年は、大量死体確認の2日ほど前に暴風雨があり、イワツバメたちが泥の採取に使っていた河川が増水し、泥の採取が困難となりました。イワツバメたちは仕方なく、代わりに浄水場の汚泥処理プールに侵入して、泥の採集をしたようです。
汚泥処理施設では浄水効果を上げる目的で、泥粘着力を高めて泥成分沈澱を促進させる凝集剤(ポリ塩化アルミニウムなど)を添加しています。人には無害であり、配水前に沈殿・除去されるものです。しかしながら、そのような薬剤が含まれた泥は、鳥の羽毛に付着すると取り除くことが難しいため、イワツバメたちはその場で次々と泥に拘束されてしまったのでしょう。
浄水場では上記の見解を参考に、汚泥処理プールに水を残して泥を隠すことで、再発を防いでいるようです。
牧草に交じる見慣れない野鳥
最後は食資源に関わる話にしましょう。ただし、最初のエピソードは馬の食糧ですので、より正確には餌資源についてです。
2007年1月、北海道日高町の競走馬飼育施設の餌槽に、見慣れない野鳥の死体が発見されました。大切な馬の健康に悪影響があることを心配した牧場主が道庁農政部に通報し、道庁担当者から当方に種同定と死因の依頼がありました。
届けられた死体は乾燥してミイラ状でしたが、羽毛は完全だったため、ただちにホシムクドリと同定されました(写真5、6)。
ホシムクドリの自然分布域は、欧州、北アフリカ、中近東、インド北部および中国南部など広範囲にわたり、日本でも北海道北部でまれに記録されていました。まず考えられる説は、北海道のわずかな自然分布個体が馬牧場に入り込み、餌場で死んで、ミイラ状になったまま梱包乾草に紛れたというものですが、かなり無理があります。
早合点は禁物ですので、分布情報の整理を続けましょう。生物種の分布には、人為的な分布域もあります。ホシムクドリは北アメリカにも多数生息していることが知られています。イギリスから北アメリカへの入植者が、故国を思い出すためにホシムクドリを連れていき、それが篭脱けして増えたのが原因です。
ホシムクドリは北アメリカでは外来種として様々な問題を起こしており、その最たるものがウエストナイルウイルスの媒介です。実はホシムクドリと同定された際、当方はパニックにならないよう気を付けつつ、ミイラ状の臓器を生理食塩水に漬けてウイルスチェックを行いました。結果は幸いにも陰性で、落ち着きを取り戻してこの事案を見つめなおすこととなりました。
最終的には、北アメリカでの人為的分布域と、飼槽の牧草(品種はチモシー)がアメリカのワシントン州から2006年11月に輸入された乾草ロールの牧草であることを考慮し、おそらくは牧草の収穫・梱包・輸送などの過程で鳥が紛れ込んだのだろうという意見を依頼主に返しました。
牧草地は鳥類の目には草原として映るはずです。なので、このような牧草収穫時の紛れ込みは、草原で繁殖する種(オオジシギやシマアオジなど)であれば日本でもよくあると推測できます。前回の記事では海鳥の漁業混獲の話をしましたが、同じく畜産業でも餌資源である牧草の収穫時に陸鳥の事故死が起きていることを記憶に留め、食べ物を無駄にしないよう心掛けていただきたいものです。
昨今、ロシアによるウクライナ軍事侵攻をきっかけとして、食料自給の問題が話題となっているため、日本の食料自給率(カロリーベース)が40%未満であることはよく知られています。さらに日本では、家畜の主要な餌である牧草の多くを輸入に頼っているため、農林水産省令和元年のデータでの飼料自給率は約25%、残り約75%が輸入です。現在の日本の畜産業は、第一次産業ではなく第二次産業(加工業)に近い状況とも言えます。
このような状況では、大量の餌が輸入されるため、今回のような混入は決して特異な例ではありません。特に、乾草ロールは大きいので、輸入検査はほぼ不可能です。海外の野生動物や、その動物が保有する病原体が持ち込まれる危険性もあるため、農水省は農家さんに対して、輸入粗飼料で見つけた異物の報告を依頼しています。その結果として過去に報告されたのは、野鳥の他、ネズミ類、ウサギ類、羊、シカ、種不明の骨、ヘビ、カエルなどなど……。
今回紹介した事例のなかでも、上記の牧草にまぎれた野鳥のミイラは、日本における食資源の厳しさ、畜産業の現状、瀬戸際にある疾病検疫などを見事に投影していると考えます。
さて、本シリーズ刊行の契機となった拙著『野生動物の法獣医学』が上梓され2年が経過し、補足すべき内容が多々見つかりはじめています。そこで『酪農学園大学学術研究コレクション』上のPDFの解説文中で一気に紹介しました。たとえば、「法獣医学」という語が明治期に存在した事実、伴侶動物虐待をめぐる日本の裁判事例、動物死因で虐待を疑う際に、当動物の自殺・自傷行為を検討から除外して良いかどうかの適否等々。ぜひご覧ください!
また、本記事のイワツバメのケースに着想を得た作品が、以下に掲載されておりますので、ご覧ください。
小学館「少年サンデーコミックス」『ラストカルテ -法獣医学者 当麻健匠の記憶- 8』(著:浅山わかび)
【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。
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