野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第3回】腐った鳥の死体は資源供給状況を映し出す―海鳥編

この頃、暮らしていくために必須な資源供給について、漠然とした懸念を抱きつつ、日々過ごされていませんか。特に、2022年2月のロシアによるウクライナ軍事侵攻で、この不安はより明白になったのではないでしょうか。
しかし、私の場合、図らずも20年以上前には、この危機的状況を察知していました。眼前に運ばれた鳥類死体と向き合ったことが契機でした。そこで今回と次回は、鳥類死因と資源供給の関連性を皆さんと一緒に見つめることにします。

なお、こういった死体を扱うことになった経緯は 第1回.をご覧ください。

5500羽に重油がべったり

海鳥と石油・水産資源との関係から書いていきます。
舞台は2006年2月末~3月の知床です。知床は2005年にユネスコ世界遺産に登録されましたので、その直後です。
その沿岸に5500羽以上の海鳥の死体が漂着し、死体には黒色の油がベッタリと付着していました。種は、ウミガラス、ハシブトウミガラスのウミガラス類、エトロフウミスズメなどのウミスズメ類。油成分は船舶燃料のC重油でした。
死に至った経緯を明らかにするよう道庁から当方に依頼され、サンプルが届きました(写真1)。

写真1:知床沿岸に漂着した海鳥類の一部

届いたウミスズメ類の死体は皮下脂肪が豊富に蓄積されており(栄養状態が良く)、死体も非常に良い状態でした(写真2左)。油の付着で羽毛に含まれていた空気がなくなって、流氷漂う海水中で低体温症を起こし、同時に空気による浮力を失って溺れ、ほぼ瞬時に死亡したことが容易に想像されました。

一方、ウミガラス類の方は骨と皮だけの相当変質した死体でした(写真2右)。おそらく、ウミスズメ類の死亡時期よりかなり前に他の要因で死亡し、死後相当な時間が経過したあとに油が付着し、海に押し流されたのでしょう。

前者は油が付いて死体になり、後者は死体に油が付いたのです。

写真2:知床沿岸に漂着した新鮮な状態の死体(左:ウミスズメ)と古い死体(右:ウミガラス)の一例

ウミガラス類の死因は漁業混獲

しかし、このように多数の古い死体があるものでしょうか。それ以前に、海鳥がどのようにして大量に死ぬのでしょう。もっとも可能性が高い死因が漁業です。

関連するエピソードがあります。2005年12月のことです。根室港の市場脇の歩道上に、ウミガラスとケイマフリという希少海鳥の死体が多数散乱していました。通報を受けた地元警察は、道庁農務課に連絡しました。その前年、高病原性鳥インフルエンザが再興したことから、その可能性を疑ったのでしょう。回収された全個体が家畜保健衛生所で検査されましたが、鳥インフルエンザは陰性。「それなら死因は何?」となり、例によって当方に送付されました(写真3)。

写真3:根室港歩道上にて見つけられたウミガラス(左)とケイマフリ(右)の死体

体表には油などの付着はありませんでした。そして、頸部、翼角(手首の部分に相当)、および翼基部の裂傷(写真4)が顕著でした。これらは漁網に絡まった場合の典型的な所見で、この時点で死因は混獲が強く疑われました。
しかし、念のため他の可能性も探りました。皮下脂肪は十分に蓄積しているので餓死ではありません。内臓・消化管にも著変はなく、多臓器不全なども否定されました。よって、混獲による溺死や衰弱が死因であると回答しました。

写真4:根室港の歩道上で見つけられたウミガラス体表上の裂傷(左:頸部、中央:翼角部、右:翼基部)

通常ならば、混獲された海鳥の死体は沖合で廃棄されますが、今回は(年の瀬の慌ただしさもてつだって)誤って持ち帰ってしまったのでしょう。

ところで、沖合で投棄された死体が、潮の加減で岸に打ち寄せられ、「謎の感染症、大発生!」のような騒ぎになることがあるようです。その際は落ち着いて、頸や翼を検査し、前述したような裂傷の有無を確かめましょう。

海鳥を巻き込む漁業

漁網以外にも、釣りのような漁法でも海鳥類の大量死が起きています。

延(はえ)縄漁は、1本の幹縄という太いロープに暖簾のように多数の枝縄(あるいは延縄)を付け、各枝縄先端の釣針で魚を採る漁法です。マグロ延縄漁がよく知られますね。この釣針の餌の冷凍魚が海中で腐敗すると、体腔内にガスが充満します。そうなると冷凍魚が海面に浮き上がり、海鳥類が先を争って奪い合い、針と縄とが海鳥に絡み、多くの海鳥が死ぬのです。

延縄にせよ網にせよ、あるいは他の漁具にせよ、魚を得ることは海鳥の大量死の上に成り立っています。いや、ウミガメ類や海獣類なども同様に犠牲になります。以上に鑑み、「食料資源を大切に!」云々以前のモラルとして、出された魚は残さず食べたいものです。

油流出は頻繁に起こる

日本は石油資源がほぼありません。ですので、原油はタンカーで運ばれるしかありません。沈没や座礁などに至らなくても、小さな事故でも油は容易に漏れます。こういった大小の事故は日本周辺ではほぼ毎日起きているとされます。知床に漂着した海鳥の例は、船舶燃料用のC重油というモノでしたから、地上の給油施設からの流出もありえます。いずれにせよ、海鳥が油で死んだ場所、あるいは海鳥の死体に油が付着した場所は、海流の関係から北海道の北にあるでしょう。もし、日本のどこかで海鳥の死体の山があったような場合、根室の漁港で見たように、事故が起こる前に通報され、このような油鳥ができることはないと思うからです。

今回の事例は、拙著『野生動物の法獣医学』(地人書館)で紹介したものを簡略化しました。詳細をお知りになりたい場合は書籍をご覧ください。書籍掲載の写真はモノクロですが、本記事はカラーですので、あわせて読むとより分かりやすいと思います。

【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。