野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第9回】野生動物医学とワンヘルス-野生獣を給餌する際に注意する寄生虫

第1回から7回は死体(法獣医学)の話題が続いたので、前回(第8回)は気分を変えて生体(救護)のお話をしました。今回は死体を生体のために活用する事例を取り上げ、野生動物医学という視点から眺めてみましょう。

動物園で飼育される肉食獣の動物福祉

今年、動物園で飼育されている肉食獣の動物福祉面での幸福な暮らしの実現、有害捕獲された野生獣類の有効活用、一般市民への教育・啓発活動の推進などの課題を解決する一助として、屠体給餌(とたいきゅうじ)という手法が注目されています(写真1、2)。

写真1:動物園で用いた屠体(豊橋総合動植物公園で冷凍保存されたものを撮影)

写真2:動物園での給餌の一例(酪農学園大学環境共生学類・岩崎浩明氏が撮影した札幌市円山動物園における事例)

屠体給餌をする際、公衆/動物衛生学的に留意すべき点は、野生個体由来の病原体が動物園の飼育動物や当該作業に関わる方々へ感染する危険性です。動物園の飼育担当者、処理施設の解体処理の担当者、捕獲者・狩猟者、処理場への運搬担当者なども感染する恐れがあります。まさに、ワンヘルスど真ん中ですね。このため、屠体は専門施設で処理した後、内臓を除いた体幹部の皮膚・骨・骨格筋等を凍結(5日間以上)・加熱(中心温度63℃30分間同等以上での処理)したものを用いなければなりません。

なぜ処理の方法がこのように厳しいのかというと、明らかに衛生上の問題がある死体(写真3、4)が、廃棄処分のために安易に使用されてしまう危険性があるためです。

写真3:北海道道南地方の公営肉牛放牧場内に散乱していたシカ死体(酪農学園大学野生動物医学センターに搬入された個体)

写真4:道内の別放牧場内で見つかった、頚部以下が変質したシカ死体(酪農学園大学野生動物医学センターに搬入された個体)

シカおよびイノシシの寄生虫検査

ここからは、北海道で有害捕獲(駆除)されたシカにおいて、我々が経験した寄生虫病症例を紹介します。感染症病原体については、参考文献(石田他、2024)などをご覧ください。なお、北海道にはイノシシが生息していないためシカだけでの発表ですが、参考文献の解説ではイノシシについても触れられています。

まず我々は、作業中に問題が起きないように、野生動物病院を兼ねた施設である酪農学園大学野生動物医学センターで検査をしました。飼育動物専用の診療施設からは分離されている独立建屋であり(写真5)、人と動物の共通感染症を防ぐための専用車両・廃棄物焼却機器・装備などが使用されています(写真9、10、11)。

写真5:酪農学園大学野生動物医学センターの外観

写真6:専用車両でシカの死体を酪農学園大学野生動物医学センターに搬入する様子

写真7:酪農学園大学野生動物医学センターと隣接した動物焼却用炭化プラント内部

写真8:野生動物医学センター内での作業従事者剖検時着衣

外部寄生虫(病)について

シカがマダニ類(Haemaphysalis, Ixodes, AmblyommaおよびBoophilus各属の数種)にとっての好適な吸血源であることから(写真6、7、8)、こうした外部寄生虫(図1)は屠体給餌に用いるシカの体表にも認められます。

写真9:同大前国道で車両に衝突した個体。下肢に開放骨折をし、同センターに緊急入院した

写真10:写真9のシカの耳介に認められた多数のマダニ類

写真11:北海道道東に生息するシカの外部寄生虫4種混合寄生例皮膚

図1:写真11の個体から得られた寄生虫(下:1; Damalinia shikae、2;Solenopotes sp. cf. binipilosusの雄・雌 、3;Lipoptena fortisetosa 4;Haemaphysalis longicornis [1、2の線は1ミリメートル。3、4の線は2ミリメートル)

そのために作業の際はこうしたマダニ類により媒介される、脳炎ウイルス、重症熱性血小板減少症候群ウイルス、ライム病、野兎病および日本紅斑熱などの病原体がシカに存在している前提で、処理前の屠体と向きあっているという自覚が必要です。

ダニ類以外の外部寄生虫としては、昆虫類のシカシラミバエ属(Lipoptera)2種、シカハジラミDamalinia shikae、シラミ類Solenopotes sp. cf. binipilosus (註:Solenopotes属のbinipilosusに近似の種)が知られています(図1の1、2、3)。中でもシラミバエ類は、一部の狩猟者が出猟を取り止めるほど、近年の寄生率・寄生数が急増しているようです。これらは地球温暖化の影響とされているので、今後も同様の傾向が継続するでしょう。我々も、シカを捕食したヒグマ胃内からL.fortisetosaを検出したことがあるため、シラミバエ類が濃厚に寄生したシカ屠体を食した肉食獣の糞便からは、多量に見つかると思います。

二ホンヤマビルHaemadipsa japonicaの主要な給血源もシカですから、昨今におけるシカの爆発的な個体数の急増は、これらヒル類の増加も引き起こすでしょう。

内部寄生虫(病)について

内部寄生虫は、単細胞の原虫と多細胞(動物)の蠕虫(ぜんちゅう)に大別されます。

原虫では厚労省所管感染症法5類に指定されるクリプトスポリジウム症があります。家畜の場合と同様に、糞便内のオーシストがたとえごく微量であっても(経口)感染することがあるので、シカを処理するときには注意しましょう。なお、糞便検査を行うとEimeria属のオーシストが散見されます(図2の1)。排出されて時間がたった糞便でスポロシストが形成された成熟オーシスト(図2の2)が、動物園の偶蹄類へ経口摂取された場合、感染する危険性があるので注意しましょう。

図2:北海道日高地方産のシカ糞便から検出された原虫コクシジウム類Eimeria属オーシスト(1、2)と蠕虫の虫卵(3~7)

公衆衛生・動物衛生上、シカの寄生性蠕虫類でもっとも注目されるのは日本産肝蛭(かんてつ)Fasciola sp.という吸虫類です(虫卵は図2の3、成虫および寄生部位組織像は写真12、13)。シカにおける寄生率は高く、道東地方で駆除、食肉処理場に搬入されたシカ肝臓の検査では、42%に肝蛭が確認されました。この傾向は本州でも同様なようです。以前、国の天然記念物である奈良公園のシカを調べたことがありましたが、その個体の約90%で肝蛭寄生を確認しました。屠体給餌では、この吸虫類の好適寄生部位の肝臓を含む内臓は給与されませんが、周辺の体幹筋に腹腔内幼若虫(ふくくうないようじゃくちゅう)が移動時に付着することもあるため、念入りに処理して完全に殺滅する必要があります。

写真12:北海道道東地方のシカ肝臓に認められた日本産肝蛭(上:画像中央の木の葉状のもの;体長約3センチメートル)

写真13:写真12の寄生部位における病理組織像

吸虫類と条虫類

道外のシカでは、ウェステルマン肺吸虫Paragonimus westermaniが寄生することが最近わかりました。北海道の自然界には、この肺吸虫自体が生息していません。また、シカ双口吸虫Paramphistomum cerviは獣医寄生虫学の教科書的にも記載されるほど有名であり、北海道のシカでもよく見られます。北海道では見つけていませんが、先ほど話した奈良公園のシカなどでは、膵蛭(すいてつ)Eurytrema pancreaticumや槍形吸虫(そうけいきゅうちゅう)Dicrocoelium lanceatumも見つかります。

これまでシカから条虫の成虫が見つかったことはありませんが、糞便から裸頭条虫科虫卵はよく見つかりますから(図2の4)、おそらくしっかり調べれば、この仲間の条虫が得られるでしょう。知床半島などのシカ食肉(ジビエ)加工施設に搬入された個体の肝臓では、細頸嚢尾虫(さいけいのうびちゅう)が検出されています(写真14)。

写真14:北海道のシカ食肉加工施設に搬入されたシカ肝臓

写真15:写真14から得られた細頸嚢尾虫(上、下)

写真16:写真15の細頸嚢尾虫の原頭節

細頸嚢尾虫の成虫は胞状条虫Taenia hydatigenaです。北海道の野生肉食獣でもしばしばその寄生が認められます。我々はアライグマProcyon lotorから成虫を見つけました。

線虫類について

吸虫・条虫類に比べ、シカに寄生する線虫類はその種数の多さが特徴的です。その種構成の主体は、消化管に寄生する毛様線虫類や腸結節虫類に所属しており、シカ科あるいは偶蹄類に宿主特異的な種です。たとえば、Spiculopteragia houdemeri (syn. Rinadia andreevae) 、Trichostrongylus longispicularis、Ostertagia ostertagi、Oesophagostomum sikae(注:以上の種は虫卵では鑑別不可。いわゆる一般線虫卵と称され、図2の5のような形状)、Nematodirus helvetianus(虫卵は図2の6)などです。

また、道北・道東地方のシカ糞便検査ではStrongyloides属の糞線虫含子虫卵も頻繁に見つかるため(写真17左)、小腸を丹念に調べると成虫を見つけられるかもしれません。とはいえ、前述の線虫類の体サイズに比べると小型なので、通常の病理検査では見逃されているでしょう。

さらに、図2の7にあるように、シカの糞便検査では鞭虫類虫卵が高い確率で認められ、最近では道北地方のシカで成虫標本を得たので、今は分類学的な検討をしています。なお、同地域のシカ糞便には、鞭虫類と系統分類学的に近縁な毛細線虫類Capillaridae gen. sp.の虫卵が検出されます(写真17右)。このグループの線虫類の寄生部位は消化管のみならず、肺、肝臓、そして皮下組織などにも寄生するので、屠体に含まれる場合もあると思います。

写真17:ジビエ用の道内シカの消化管剖検時に検出されたStrongyloides属の糞線虫含子虫卵(左)と毛細線虫類虫卵(右)

シカでは、心筋に寄生するCardiostrongylus sikae、肺に寄生するウシハイチュウDictyocaulus viviparusなど、消化管以外に寄生する毛様線虫類も知られます。ウシハイチュウは子牛の重篤な肺炎の原因となるので、この種の存否は家畜の衛生上の観点から注目されていました。そしてついに、2017年5月に、知床半島内のシカ食肉加工施設に搬入されたシカ肺の病理組織標本の気管支内にウシハイチュウと目される線虫断面像が見つかり(写真18)、その存在が確定されました。見つかったのは肺なので、屠体給餌という面では問題ありません。しかし、以下の糸状虫類(フィラリア類)はその寄生部位病変が枝肉における広範囲を占めるので、屠体給餌に大きく影響を与えるでしょう。

写真18:知床半島内のシカ食肉加工施設に搬入されたシカ肺気管支内の、ウシハイチュウと目される線虫断面像(上、下)

日本では九州産シカからOnchocerca属の線虫が報告されていましたが、最近になり北海道の個体でも見つけました(図3、4)。

図3:知床半島内のシカ食肉加工施設に搬入されたシカ四肢腱部Onchocerca属線虫寄生部位(結節)

図4:図3に寄生していた虫体

この症例では、四肢腱部のかなり大きな部分に腫瘤が生じており、枝肉の品質低下を示していました。また、虫体のサイズと寄生部位による病変が大きいので、虫死体によるアレルギーや中毒も心配されます。

まとめ

今回は、北海道の動物園に飼育される肉食獣にシカの屠体を給餌する場合に気を付けなければならない寄生虫について紹介しました。

しかし、こうした試みを定着させるためには、まず一般の方々との情報共有が必要です。そのため、読者の皆さんにはあまり馴染みがないと思われる寄生虫の画像を多く用いてしまいました。お許し下さい。

[引用文献]
武田源一郎,松田一哉,遠井朗子,伴和幸,高見一利,細谷忠嗣,浅川満彦.有害捕獲獣を動物園で屠体給餌する際に留意すべき感染症とその対策‐特に寄生虫病等を想定した事例について. 酪農大紀, 自然科学編, 2024. 48: 203-215.https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/2000103

【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。

[編集協力]
いわさきはるか