野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第8回】野生動物医学とワンヘルス-傷病鳥救護との関連性

ワンヘルスを標的にする保全医学

前々回まで、野外で見つけられて変質し、獣医病理学が対応しない野生鳥獣の死体について、死因解析を試みた事例を紹介しました。それをきっかけに、新たな領域である「野生動物の法獣医学」を少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。もちろん「このようなコトが普通である」と感じてしまうほど、たびたび起きてほしくはありませんが……。

ところで、この「野生動物の法獣医学」はワンヘルスを目標とする野生動物医学の中で重要な位置を占めると見なされます(浅川, 2021a;浅川・徳宮, 2023)。まず、ワンヘルスとは、ヒトの健康、飼育動物の健康および自然生態系の健康(健全性)の重なった部分の「一つの健康」を指す言葉です。そこを目指して医学・獣医学・保全生態学などが連携し、学際的な研究をする分野が保全医学です。

しかし、理念を言葉で議論するだけでなく、実際に立ち向かうとなれば(ワンヘルス・アプローチ)、現実問題として、大学(学部学科間)、研究機関(農業系、医学系、環境系等)あるいは行政(省庁や自治体内)のタテ割りや競合関係の影響から逃れることは難しく、3分野いずれかに偏ってしまうことは避けられません。

そして、野生動物医学と「野生動物の法獣医学」

ひとまず、獣医学に軸足を置いて、ワンヘルス・アプローチを試みるのが野生動物医学で、その好例となるのが新型コロナウイルス感染症や、高病原性鳥インフルエンザなどの新興感染症に関する研究です。その発生機序や制圧などを喫緊の課題として、獣医ウイルス学や、感染症学の大学教員・研究者および公衆/動物衛生の獣医師が、野生のコウモリ類や水鳥類などから得たウイルスと格闘をしています。

僕の専門は感染症の一種である寄生虫病ですが、ウイルス性疾患と比べると、多くの場合は波及する規模が限定的です。緊急度もそれほど高くはないので、じっくりと考える余裕があり、ワンヘルス・アプローチの枠組みを案出できました(図1)。

図1:新興的な寄生虫病を標的にしたワンヘルス・アプローチを示す概念図(浅川, 2021aを改変)

このアプローチの先触れ的な材料は、ラボに運ばれた死体です。そのようなことから、野生動物医学では「野生動物の法獣医学」に重きを置く必要があると申しました。「死体は自然からの警告。しっかりと向き合おう!」ということです。

野生動物医学の医療術と救護

死体が大事なことは、よくわかりましたね。しかし、獣医学は動物を救命する獣医療が基盤です。当然、野生動物医学も獣医学ですから、その使命から逃れることはできません。前回も述べましたが、実際には、野生動物医学の専門職大学院は、動物園・水族館飼育動物などの多様な動物への医療訓練の場でした。

ならば、時折見かける傷ついた野鳥の治療やケアなどに対し、野生動物医学はどのような形で関わるのでしょうか。「普通に入院させて治療をして、元気になったら放せばOK」だと思われるでしょうが、実は、そう単純ではありません。「治療費を払ってもらえないから、そんな冷たいコトを言うのだろう!」とお思いでしょうが、問題の所在はそこではありません。

まず、本論に入る前に言葉の整理をしましょう。こういった傷病個体を然るべき施設に持ち込み、そこで一羽一頭ずつ治療・ケアする活動は「救護」とされます。一方、自然生態系を健全に維持する活動は「保護」として区別されます。また、これらと同じ漢字『護』が付き、気の毒な個体を「助けたい、何とかして!」と思う気持ちが「愛護」です。これらは救護・保護・愛護を意識的に区別しましょう。たとえば、「野生動物を保護したい!」と熱く希望を語る生徒・学生の『保護』はほとんどが救護です。

野生動物医学の専用施設に運ばれる傷病鳥類

詳しい話に入る前に、まず傷病鳥の実際の姿を一緒に見てみましょう。僕は2004年4月から18年間、野生動物医学の専用施設を運営してきました。この施設は大学の附属動物病院構内に設置され、設置後には北海道獣医師会/北海道庁指定 野生傷病鳥獣受診動物病院も兼務するように当時の院長から依頼されました(写真1)。それ以降、環境省や北海道庁などの自治体、そして多くの心優しき市民のみなさんが持ち込んだ個体の治療やケア、すなわち救護活動を行ってきました。

写真1:酪農学園大学野生動物医学センターの玄関に掲げられた「(社)北海道獣医師会/北海道庁指定 野生傷病鳥獣受診動物病院」の看板

そのため、施設正式名称である「野生動物医学センター」よりも「野生動物医療センター」と呼ばれることが多かったのですが、いちいち訂正するのをやめていました。それほど、頻繁に野生動物の患畜が搬入されました。

院長から手渡された動物病院の看板には『鳥獣』とありましたが、運ばれてくる動物の大部分は後述の通り鳥類です。たとえば、粘着式ネズミ捕りに錯誤捕獲されたハイタカ(写真2)やハクセキレイ(写真3)、送電線に脚部が衝突し、飛翔不能となった天然記念物のマガン(写真4および5)、巣から転落したハリオアマツバメ(写真6)などが運ばれてきました。

写真2:住宅屋外に設置された粘着式ネズミ捕りに錯誤捕獲され、そのままの状態で酪農学園大学野生動物医学センターに届けられたハイタカ(岡田ら, 2021より改変)

写真3:住宅屋外に設置された粘着式ネズミ捕りに錯誤捕獲され、罠から外した直後のハクセキレイ(岡田ら, 2021より改変)

写真4:送電線に脚部が衝突、飛翔不能となり、酪農学園大学野生動物医学センター内放鳥舎に収容された天然記念物のマガン(上)と、その個体の異常を示した脚部(下)(大杉ら, 2022より改変)

写真5: 写真4のマガン脚部レントゲン撮影をするために酪農学園大学野生動物医学センター入院室内で準備をする附属動物病院画像診断スタッフ(上)とその画像(下)(大杉ら, 2022より改変)

写真6:巣から転落したハリオアマツバメ(上)に強制給餌する酪農学園大学野生動物医学センターのメンバー(下)(鈴木ら, 2019より改変)

鳥類医学/医療の知識・技術が不可欠

前述の通り、運ばれてくるのは野鳥がメインですから、救護活動に入る前に、かなり深い鳥類医学の知識と医療技術の経験が必須となります。しかし、獣医大学の課程では、鳥類医学・医療教育がほとんどなされていないので、自己研鑽と卒後教育で身につけることとなります。これをクリアし、適切な治療を受け、元気を取り戻した個体から放鳥となります(写真7)。

写真7:救護されたトビが酪農学園大学野生動物医学センターでケアされ、回復してメンバーにより放鳥される様子

しかし、放鳥の前には病院で使用した抗生物質により耐性菌が現出していないのか、入院個体から院内感染をしていないかなどを調べることが必須です(写真8)。

写真8:病原体検査のため入院中オオハクチョウから採血する様子

自然生態系に病原体を蔓延(まんえん)させる危険性があるからです。

次々と立ちはだかる障壁

また、放鳥した個体が、別の事故に巻き込まれる危険性もあるでしょう。高速道路や鉄道付近で救護された個体を、もとの場所に放すのは非常に危険です。それ以前に、このような行為自体が関連条例を含む法的問題として指摘される場合もあります。救護活動をしっかりと行うのであれば、一獣医師には限界があります。

一方で、税金の支弁にも関わるので、新たな法律を作る必要があります。そのためには、自身が立法にコミットし、国会議員に立候補して、上流から改革をしていくことになるでしょう。獣医師の資格を持ちながら国会議員となった方はいらっしゃいます。もし、みなさんが、かわいそうな野鳥を助けたいのならば、目指してみてはいかがでしょうか。

救護される個体は絶対的少数

話題が拡散しそうなので、傷病個体の話しに戻ります。第1回から述べているように、人間社会を維持する過程で、野生動物の死が常態化しているので、社会がある限り救護活動の源泉が枯渇しません。数十万という犠牲者のうち、愛護条例を設けた自治体の機関、大学、動物園、開業獣医師などに運ばれる救護個体の総数は年に約2万件で、そのうち、90%以上が普通種の野鳥です。繰り返しますが、救護をしたいのであれば、鳥類医学・医療術が必須なのです。

これらの救護個体のうち約20%が放鳥されますが、追跡調査はされていないので、生存率は不明です。数日程度で死んでしまう個体も多いという見方もあります。たとえ生き残ったとしても、その個体が所属する個体群に戻り、繁殖に参加する可能性はさらに低いでしょう。もし、繁殖に参加できたとしても、収容場所と放鳥した場所が異なる場合には、遺伝子レベルの攪乱に手を貸すことになります。もちろん、外来種を放すのはもってのほかです! そうなると、自然生態系の保護施策とは真逆です。愛護精神の発露ではじめた救護活動が、まるで環境テロのような結果となる危険性も想定するべきでしょう。

環境教育への応用

問題点を冷静に見つめ、この活動を野生動物医学の発展に繋げるためには、救護活動が一般の人々に与える強いインパクトに注目することが重要です。環境教育を行う際に、このような救護個体を活用するのはいかがでしょうか。この試みは、すでにいくつかの園館やNGOが実施しており、北海道でも猛禽類医学センターやウトナイ湖野生動物保護センターが先導的に行っています。

加えて、救護活動を通して、獣鳥類医学・医療の向上に資することもありましょう。なかには、こういった活動に刺激を受け、国外留学を目指した野生動物医学センターのメンバーもいました。このように、僕らは約18年間、動物福祉・愛護に最大限の配慮をしながら、傷病個体を活用してきました。その結果、学生も私も、そして、持ち込んでくれた市民や啓発活動に参加してくれた子どもたちも、貴重な経験を積むことができました。動物たちには感謝しかありません。

追記

なお、酪農学園大学野生動物医学センターで対応した、本文で触れた以外の救護症例としては、以下の報告に概要があります。それぞれの情報末尾には当該大学図書館が運営する業績公開WebシステムのURLがあり、無料でPDFが入手できますので、ご覧ください。

・吉野智生・上村純平・渡邉秀明ほか.2014. 酪農学園大学野生動物医学センターWAMCにおける傷病鳥獣救護の記録(2003年度-2010年度). 北獣会誌, 58:123-129.  https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/3341

・古瀬歩美・牛山喜偉・平山琢朗ほか. 2015. 酪農学園大学野生動物医学センターWAMCにおける傷病鳥獣救護の記録(2011-2014年度). 北獣会誌, 59: 184-187.  https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6380

・林 美穂・浅川満彦. 2021. 酪農学園大学野生動物医学センターWAMCにおける傷病鳥獣救護の記録(2015~2020年度). 北獣会誌, 65: 95-98. https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6689

また本稿作成中に、北海道の傷病鳥獣救護を扱った好著『北の大地に輝く命 野生動物とともに』(柳川久著;東京大学出版会)が刊行されたため、あわせて紹介いたします。この本の冒頭でも、酪農学園大学野生動物医学センターおよび道内獣医大学の救護活動の現状について簡単に触れていました。
https://www.utp.or.jp/book/b10049715.html

[引用文献]
・浅川満彦 (2021a) 野生動物医学への挑戦―寄生虫・感染症・ワンヘルス. 東京大学出版会. 東京: 196 pp.
http://www.utp.or.jp/book/b577416.html
・浅川満彦 (2021b) 野生動物の法獣医学-もの言わぬ死体の叫び. 地人書館, 東京: 256 pp.
http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN978-4-8052-0957-8.htm
・浅川満彦・徳宮和音. 2023. 我が国における野生種を対象にした法獣医学の特質-関連著書刊行を機に再考. 酪農大紀, 自然, 48: 71-80.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/2000039
・大杉祐生、岡田東彦、華園 究、牛山克巳、山田智子、齊藤さゆり、浅川満彦. 2022. ナックリングを呈した国の天然記念物マガン(Anser albifrons)の救護事例. 北獣会誌, 66: 105-107.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/7025
・岡田東彦・木村優樹・林 美穂・松倉未侑・浅川満彦. 2021. ネズミ駆除用粘着シートに誤捕獲されたハイタカおよびハクセキレイの救護症例について. 北獣会誌, 65: 189-191.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6699
・鈴木夏海・高木龍太・森さやか・浅川満彦. 2019. ハリオアマツバメ(Hirundapus caudacutus)の雛救護時に見出されたハジラミ類. 北獣会誌, 63: 538-539.
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6052

【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。

[編集協力]
いわさきはるか