冬に現れる鳥「カモ」
池や川などの水辺を通勤や散歩の途中でご覧になっている方には、夏は静かだった水面に、冬には多くの鳥が見られることにお気づきの方がいらっしゃると思います。それらの鳥の多くはカモ類です。
よく見られるカモは、アヒルの原種にもなっているマガモで、オスは金属光沢の緑色の頭と鮮やかな黄色の嘴をもっています(写真1)。オスの羽色がパンダ模様のためパンダガモとも呼ばれている、ミコアイサのようなカモもいます(写真2)。カモ類は一般的にオスの方が派手な羽色を持ち、メスは地味な羽色をしています。
カモ類は、ガン類やハクチョウ類とともにカモ目カモ科に属する、ガンカモ類の仲間です。ガン類やハクチョウ類などの北海道や東北地方を中心に局所的に分布するグループとは異なり、カモ類は全国的に飛来するため、ガンカモ類のなかでは、人にとって身近で観察しやすい鳥たちです。
カモ類のなかには、カルガモのように日本で繁殖するカモもいますが、そのほとんどは秋に北から来る渡り鳥です(写真3)。そのため、冬になるとカモ類が目につくのです。
鳥の渡りを調べる方法
さて、ひとくちに「北から来る」といっても、具体的にはどこから渡ってきているのでしょう? ガンカモ類に限らず、鳥の移動や渡りを調べるためには、鳥に標識する(個体識別ができるように、足環などをつける)必要があります。
標識を用いた調査
標識を用いた長期にわたる標識調査によって、これまでに膨大なデータが蓄積されてきました。
標識された鳥が再捕獲されたり、または事故や寿命で死んだ鳥が拾得されたりした際に足環の番号が分かることで、点と点が結ばれ、その鳥がどこからどこへ移動したのか、どこで越冬したのか、どこで繁殖をしたかなど、その移動の様子を知ることができるのです。
送信機を用いた調査
1990年代に入ると、衛星追跡技術を用いたガンカモ類の渡りの調査が始まりました。
衛星追跡技術とは、衛星送信機を鳥に装着し、そこから送られた電波を宇宙空間にある人工衛星が受信することで、鳥を追跡できる技術です(図1)。標識個体による点と点とのつながりだった移動経路が、衛星追跡技術の導入によって線で描けるようになりました。
現在では、さまざまなタイプの送信機が研究目的に応じて利用されています。衛星通信を用いる送信機のほかに、携帯電話通信を用いる送信機などもあります。いずれのタイプの送信機にも、位置情報(GPSなどの座標情報)を測定する受信機を搭載したものがあり、位置情報精度も誤差数メートル程度にまで向上しています。
精度の向上により得られた正確な位置情報は、渡り経路の解明以外にも、越冬地や中継地などの生息地における渡り鳥の環境選択の詳細な解析や、保護区を設定するための基礎情報を位置情報の分布をもとに提供することなどを可能にしています。
カモ類の渡りの経路
こうした技術を用いることで、カモ類の渡りの一部が明らかになってきました。
長距離の渡りをするカモ類
まずは、長距離の渡りをするカモ類の代表であるオナガガモやヒドリガモについて見ていきます。
オナガガモは2007~2009年にかけて、東日本を中心とした越冬地から198羽が追跡されました。
春の渡りでは、67%の個体がサハリンを経由してカムチャツカ半島やチュコト半島に到達しました。残りの個体は、サハリンを経由してオホーツク海を縦断し、オホーツク海北部沿岸やコリマ川下流域に到達しました。日本から直接、あるいはサハリン経由でカムチャツカ半島へ向かった個体は、オホーツク海の少なくとも1200キロメートルをノンストップで渡ったと推定されています。秋の渡りでは、春とほぼ同じコースを逆に移動しました(図2)。
ヒドリガモは2007~2016年にかけて、福岡県福岡市や宮崎県宮崎市など西日本の6か所の越冬地から64羽が衛星追跡されました。
春の渡りでは、日本海を縦断して中国東北部を経由しオホーツク海を縦断する経路、日本列島を北上してサハリンを経由する経路、日本列島を北上してカムチャツカ半島に渡る経路、の3つの経路があることが分かりました。繁殖地は、チュコト半島からカムチャツカ半島、オホーツク海北部沿岸域、アムール川河口やサハリン北部にかけて、広く分布していました(図3)。
長距離の渡りをしないカモ類
それほど長距離の渡りをしないカモ類である、マガモについてはどうでしょうか。
マガモは北海道帯広市や長崎県佐世保市など日本国内の4つの越冬地から、27羽の春の渡りが衛星追跡されました。
渡り経路は個体ごとに大きく異なっていましたが、同じ越冬地から出発した個体は、同じような経路をたどる傾向がありました。埼玉県から出発した個体は、日本海を縦断してロシア南東部に到達した一方で、九州から出発した個体は、朝鮮半島の東海岸沿いに北上し、中国東北部やロシア中南部に移動しました。また、中国とロシアの国境に位置するハンカ湖周辺は、それぞれの越冬地から渡ってきたマガモが利用しており、重要な中継地であることが分かりました(図4)。
カモはどこから来ていたのか
カモ類の渡りをまとめると、越冬地によって大きく2つの経路があることが明らかになりました。
1つ目は、「東日本の越冬地から北海道、カムチャツカ半島を経由してベーリング海沿岸へいたる経路」および「北海道からサハリンやアムール川河口を中継し、オホーツク海を縦断してコリマ川やインディギルガ川中流域および河口の北極海沿岸にいたる経路」です。
2つ目は、北陸地方以南の越冬地から出発する経路です。「日本海を縦断して朝鮮半島やロシア沿岸部からユーラシア大陸に入り、ハンカ湖や三江平原などを経て中国東北部やロシア南東部へいたる経路」および「ハンカ湖などからさらに北上してコリマ川やインディギルガ川河口の北極海沿岸にいたる経路」があります。
つまり、「どこから来るの?」という問いの答えは「極東ロシア(ユーラシア大陸の東端地域)の広い範囲」となります。冬になるとかわいい姿を見せてくれるカモたちは、たいへんな長旅をして皆さんのところまでたどり着いているのです。
[出典]
図1~4:嶋田哲郎『知って楽しいカモ学講座』(緑書房)
【執筆者】
嶋田哲郎(しまだ・てつお)
(公財)宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団 研究室長。1969年東京都生まれ。1992年東京農工大学農学部環境保護学科卒業、1994年東邦大学大学院理学研究科修士課程修了。1994年宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団研究員に着任。2006年マガンの越冬戦略と保全をテーマに、論文博士として岩手大学より博士(農学)号を取得。2020年より現職。専門は鳥類生態学、保全生態学。ガンカモ類を中心とした水鳥類の生態研究のほか、オオクチバス駆除や水生植物の復元など沼の保全、講話や研修会、自然観察会など自然保護思想の普及啓発に取り組む。2013年愛鳥週間野生生物保護功労者日本鳥類保護連盟会長褒状受賞。著書に『ハクチョウ 水べに生きる』(小峰書店)、『鳥の渡り生態学』(分担執筆、東京大学出版会)、『知って楽しいカモ学講座』(緑書房)など。