愛猫家の皆さま、ご自宅の猫ちゃんを動物病院に問題なく連れていくことができますか?
犬と違って散歩の習慣がない猫は、お出かけそのものに慣れておらず、キャリーケースを出そうとしたとたんに(まだしまってある場所まで行ってないのに!)姿がみえなくなる、という話もよく聞きます。しかし、「動物病院に連れていけない」となると、適切な健康管理を受けさせてあげることができません。これは全世界的な問題になっています。
そこで、国際猫医学会(iSFM:International Society of Feline Medicine、本部:イギリス)は2012年に、猫にやさしい医療を提供する動物病院を認定する国際規格「キャット・フレンドリー・クリニック(CFC)」を策定しました。その後、キャット・フレンドリー・クリニックの認定基準は世界中に普及し、ヨーロッパを中心に43か国、約2,000の動物病院が認定を受けています(2022年時点)。
猫にやさしい医療が普及するとなぜいいの?
キャット・フレンドリー・クリニックが増えると、猫にとっても、ご家族にとっても、動物病院にとってもいいことがあります。
猫にとっていいこと
まず、猫にとっていいことは、「余計なストレスを受けずに済む」ことはもちろんですが、「適切な医療を受ける機会が増える」「適切な診断をしてもらえる可能性が高くなる」ことがあげられます。
飼い主さんを対象としたごく最近の調査では「動物病院への移動、待合室、診療そのものが猫にとって最もストレスのかかる出来事」であり、回答者の3分の1は「猫のストレスを目の当たりにして、動物病院に猫を連れてくるのをためらった」と答えています。猫が動物病院を嫌がるので、そもそも連れていかない、となると健康管理にとっては大問題です。
また、ストレスは、猫の身体に影響を与えて、獣医師の診察結果をゆがめてしまうことがあります。例えば、緊張でドキドキしていると、心拍数が通常より高くなりますし、ストレスにより血糖値が上昇してしまうこともあります。病院に行くと血圧が高くなる白衣シンドロームなんていうのは、人でもよく知られた現象です。
ご家族にとっていいこと
猫にやさしい動物病院が増えれば、ご家族にとっては、猫ちゃんのつらそうな姿をみることが減りますし、ストレスなく動物病院に連れていくことができれば、病気を早く治してあげることができます。そして、キャット・フレンドリー・クリニックという基準があれば、動物病院を選びやすくなります。
動物病院にとっていいこと
キャット・フレンドリー・クリニック認定により、猫の来院が増えれば、1頭でも多くの猫ちゃんを治してあげることができます。
また、動物病院が怖い猫ちゃんの場合、ふだん温厚な子でも恐怖のあまり攻撃的になることがよくありますが、キャット・フレンドリーな環境づくりによって、それが軽減できます。猫ちゃんのストレスが減ることで、動物病院スタッフが噛まれたり、引っかかれたりすることも減りますので、安全に診療が進められます。
どんな認定基準があるの?
キャット・フレンドリー・クリニックの認定基準としては、まず猫にとって最善の医療を提供できる設備があることが定められています。備えておくべき設備(医療機器)が決められており、国際猫医学会が定める診療ガイドラインに沿った医療の実施が求められます。
猫のストレス軽減のために、待合室にも工夫が必要です。「猫専用の待合室やスペースがあること」「キャリーケースは床に置かずに、一段高い棚やいすの高さに置けるようにすること」が定められています。ストレスを与えないよう他の動物(とくに犬)と離しつつ、高いところを好む猫の特性に則った配慮です。猫同士の視線の交わりを遮るために、キャリーバッグを覆うためのブランケットを提供する動物病院もあります。
診察室についても、猫をメインに診察する部屋を決めて、猫以外のにおいがしないような工夫が必要になります。
入院室も配慮が必要です。犬が隣や対面にいることは猫にとってストレスになりますので、犬がみえないように分けることが求められます。また、入院している期間によってケージの大きさが決められています。ケージの中に入れるものも、トイレや食器など必要最低限のものに加え、くつろげるベッドを置いたり、猫に合ったサイズの箱を入れて隠れられるようにしたり、好みのおもちゃなどを入れたりすることもあります。入院ケージのドアにタオルをかけて、目かくしをすることもあります。
これらは、「調子が悪いときには、隠れたほうが安心する」という猫の習性に基づいています。できる限り快適に安心して過ごすことができるように、というコンセプトに則った工夫です。
キャット・フレンドリー・クリニックの認定基準には、設備面だけではなく、動物病院スタッフに対する継続的な教育の実施も明示されています。例えば、飼い主さんと適切なコミュニケーションを取ることができることや、猫に関する良質な知識を有することが求められています。
日本には認定動物病院がどれくらいある?
キャット・フレンドリー・クリニックで定められている基準には「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」の3段階があり、日本では190(ゴールド:142、シルバー:47、ブロンズ:1、2023年12月時点)の動物病院が認定を受けています。
日本では、ねこ医学会(JSFM:Japanese Society of Feline Medicine)が、国際猫医学会のナショナルパートナーとしてキャット・フレンドリー・クリニックの普及をサポートしています。ねこ医学会のウェブサイトから、日本で認定を受けている動物病院を検索することができますので、確認してみてください。
ねこ医学会には猫好きの獣医師や愛玩動物看護師が集まっており、年に1回「猫の集会」という学術集会を開催しています。そこでは獣医師や愛玩動物看護師だけではなく、猫のご家族に向けても最新の獣医学の知識を提供しています。2024年の第11回大会は、11月10日に「浜松町コンベンションホール」(東京都港区)で実施する予定です。
猫の通院ストレスを減らすための工夫
猫の通院ストレスを少なくするために、ご家庭でできる工夫を紹介します。
キャリーケースに慣れる
動物病院に行くときだけにキャリーケースが登場すると、猫ちゃんをそこに入れること自体に苦労することがあります。ふだんから「キャリーケースをベッド代わりにする」「中でおやつをあげる」などして、キャリーケースに慣らし、問題なく入れるようにしておきましょう。災害時の避難の際などにも、慣れていることは役立ちます。
キャリーケースを選ぶ際には掃除をしやすいこと、前面と上部の両方の扉から出入りできること、できれば上下で分かれて、上部が取り外せる構造のものを選ぶとよいでしょう。リュックタイプや布製は、移動時に不安定なのでストレスの原因になることがあります。猫ちゃんをリラックスさせる作用のある、猫のフェロモン製剤をキャリーケースにスプレーしておくのも不安の軽減に役立ちます。
お出かけに慣れる
キャリーケースに入って家の中を移動することに慣れたら、動物病院への過程に1つずつ慣れさせましょう(玄関を出る、車に向かう、車に乗せるなど)。おやつをあげながら慣らします。
「鳴き声を上げる」「身震いする」など、少しでも落ち着かない・不安な様子をみせたらやめて、次回は一歩手前からやり直しましょう。好きなおやつを食べなくなったら、緊張している証拠です。移動時には、猫ちゃんからは外が極力みえないようにキャリーケースを大きめのカバーなどで覆うとよいでしょう。車や自転車に乗せるときは、ぐらぐらしないようにシートベルトなどで固定してください。
その他、ご家族が不安を抱えていると、猫は敏感に察知します。ご家族自身が動物病院とよいコミュニケーションをとり、安心して連れていける動物病院をみつけておくことも重要です。
ねこ医学会の活動やキャット・フレンドリー・クリニックの詳細は公式サイトをご覧ください。
https://www.jsfm-catfriendly.com/
【執筆者】
井上 舞(いのうえ・まい)
ロイヤルカナン ジャポン合同会社の学術担当獣医師。ねこ医学会理事、一般社団法人日本がん臨床研究グループ事務局キャットリボン運動実行委員などを務める。