身近で知らないカモの世界【第2回】カモはどう1年を過ごしてるの?

第1回では、カモ類の多くが春に極東ロシアの広い地域へ渡っていく、というお話をしました。

今回はその繁殖地での様子、そして再び日本へ戻ってきてからの冬の暮らしについて紹介します。

繁殖地でのカモの暮らし

カモ類は、温帯から寒帯にかけての地域で繁殖します。その主な部分を占める極東ロシアの環境は、北極海沿岸の寒帯地域に広がるツンドラと、それより低緯度の亜寒帯地域に広がるタイガに大きく分かれます。

ツンドラは、地下に永久凍土が広がる降水量の少ない地域です(写真1)。永久凍土とはいえ、一年中凍結しているのは地下の部分のみであり、夏の短い期間だけ地表面が融け、コケ植物や地衣類、草本類、灌木などが生育します。

写真1:ツンドラ

タイガは、極東ロシアを含め、ユーラシア大陸、北アメリカ大陸北部の亜寒帯に発達する針葉樹林帯のことです(写真2)。

写真2:タイガ

繁殖のための工夫

春の渡りを終えたカモ類は、5月中旬頃に故郷に到着します。まだ雪の残る時期ですが、短い夏の間に手際よく繁殖を進めるために、さっそく行動を開始します。

繁殖においてもっとも重要なのは捕食者対策です。水上や地上で営巣するカモ類では、キンクロハジロやホンケワタガモのように、コロニーをつくって繁殖するものもいます。また水面採食性カモ* の多くは、水辺から100メートル以内の場所に巣をつくります(写真3)。水辺に近いほど、孵化したヒナを安全な水辺へ速く連れていける利点がある一方で、捕食者に見つかる危険性も増します。そのかけひきのなかで、彼らは巣の場所を決めており、水辺から遠い巣ほど繁殖成功が高い傾向があります。

*カモ類は潜る、潜らないで2つのグループに分かれ、マガモやカルガモなど潜らない種を「水面採食性カモ」、キンクロハジロやホシハジロなど潜る種を「潜水採食性カモ」などと呼びます。

写真3:カルガモの巣(写真:佐藤賢二)

また、オシドリやミコアイサのように、樹洞を使うことで捕食者から巣を隠す種もいます(写真4)。

写真4:樹洞で抱卵中のオシドリのメス(写真:髙木昌興)

巣をつくり、維持し、警戒を怠らないことは、その個体に時間や体力といった多大な労力を強います。そこで、他の鳥の巣に卵を産み込む「托卵」によって、初めから自分の子を他の鳥に育ててもらうツクシガモ(写真5)のような種もいます。

写真5:ツクシガモ(写真:麻山賢人)

1羽のメスが産む卵の数を「一腹卵数」と言います。カモ類はハクチョウ類やガン類よりも一腹卵数が多く、たとえばマガモでは9~13個、オナガガモでは7~9個(多いもので12個)です。基本的には毎日1卵ずつ産み、全ての卵が産み終わってから抱卵をはじめます。そして、親の体温によって卵の中の胚が一斉に発達を開始します。つまり、卵を温めはじめるタイミングを同じにすることで、数時間のうちに一斉に卵が孵化するのです。孵化したヒナはすでに羽毛が生えており、孵化後すぐに歩けるなど、自力で活動できます。

ヒナの変わった行動

ガンカモ類のヒナには「刷り込み」と呼ばれる有名な行動があります。孵化後、初めて見た動くものを親だと刷り込まれることで、その後ろをついて歩くというものです(写真6)。刷り込みが起こりやすい時期は、孵化後およそ13~16時間と言われます。その時期のヒナには、親とそれ以外を区別する力はあまりないため、ヒトなど別種の動物などが、親として刷り込まれることもあります。

写真6:親と一緒に泳ぐコオリガモのヒナ(写真:Kyle H. Elliott)

また、ガンカモ類では「ヒナ混ぜ」という現象が見られることがあり、少なくとも40種程度でそれが知られています。ヒナ混ぜは、メス親やつがいが他の親のヒナを受け入れたり、誘拐したりすることで起こります。限られた育雛場所に、同じような大きさのヒナのいる家族が複数いるような場合に生じやすい現象です。ときには100羽以上のヒナを連れていることもあります。そうした状態を「保育所」と呼ぶこともあり、ケワタガモやツクシガモの仲間でよく知られています。

換羽

古い羽が落ちて新しい羽が生えることを「換羽(かんう)」と呼び、鳥類は基本的に年に1回以上必ず行います。ハクチョウ類やガン類の換羽は年1回ですが、カモ類は少なくとも年2回の換羽を行います。多くの小鳥の換羽と異なり、ガンカモ類の換羽で特徴的なことは、飛べなくなる時期があるということです(写真7)。具体的には、飛翔するために必要な初列風切羽と次列風切羽が、繁殖後に同時に抜けてしまうのです。まったく飛べなくなる期間は2週間程度ですが、その前後を含めて1ヵ月程度は、特定の湖にとどまります。

写真7:換羽中のカルガモ。初列風切羽と次列風切羽が抜けて、矢印部分に間が空いているように見える(写真:箕輪義隆)

カモ類では、メスの抱卵が始まると、オスは巣を離れてオスだけでまとまった群れをつくり、メスより先に換羽を開始します。そして換羽が終わると、オスはメスの羽色によく似た「エクリプス羽」になります。

エクリプス羽のまま日本に渡ってくるため、秋にカモ類を見ると、全ての個体が茶色っぽく、みんなメスに見えてしまいます。しかし、よく観察すると、エクリプス羽でもマガモのくちばしの黄色やハシビロガモの虹彩の黄色など、オスの特徴の有無からオスだと判定できます。そのあと、つがい形成のためエクリプス羽から繁殖羽に換羽し、美しい羽色となるのです。

いざ越冬!

繁殖を終えたカモ類は越冬のために日本へ渡ってきます。

カモ類の冬の大仕事は2つ。つがい相手を探すことと、多くの食物を食べて冬を乗り切ることです。つがい形成をみると、ハクチョウ類やガン類は一夫一妻で、同じ相手と一生つがいますが、カモ類は、基本的に冬のたびにつがい形成をして、新しい相手を見つけます。

みなさんは、水辺で1羽のメスの周りで繁殖羽になった綺麗なオスたちが集まって、ダンスのような動きをしているところを観察したことはないでしょうか? これは、オスがメスにアピールしている求愛行動です。この行動を通じてオスはメスに選ばれ、つがいになるのです。つがいになったオスとメスは、常に行動を共にします。越冬後期のカモ類の群れをよく見ると、つがいになったオスとメスの距離が近く、他のつがいや個体とやや距離を置いているのが分かります。

どのような暮らしをしているの?

越冬地である日本で、カモ類はどのような暮らしを送り、いかに食物を得ているのでしょう。宮城県北部の伊豆沼・内沼で、水面採食性カモ類の生態をGPS追跡によって明らかにしました。

■マガモ

マガモでは、オス7個体のうち、5個体が昼間、伊豆沼内に滞在したほか、沼外では、ハス田や河川に滞在しました。メスもオス同様に、沼内に滞在した割合が高く、8個体のうち6個体は沼内に滞在しました。沼内にいるマガモを見ると、昼間に休息しており、伊豆沼・内沼などをねぐらとしていました(図1)。

図1:雌雄別にみたマガモの昼間と夜間の行動割合(嶋田ほか2019を参照して改変)

夜になると、オスメスとも沼北部の農地に移動しました。オス8個体の夜間の行動を見ると、個体ごとに行動パターンにばらつきがありました。4個体では、高い割合で沼内に滞在した一方で、沼外ではハス田と湛水田を利用しました。その他2個体では、沼内にそれぞれ45%、46%の割合で滞在し、沼外では湛水田やため池などに滞在しました。また、全ての時間を沼外の河川や広い用水路で過ごす個体もいました。メスもオス同様に、個体によって沼内で過ごす時間にばらつきがあり、沼外では、ハス田や湛水田、ため池、河川などを利用しました。

このように、行動パターンに個体ごとのばらつきがあるものの、沼外では、湛水田やハス田など水のある環境を利用したことは共通していました。

■カルガモ

カルガモでは、夜間のオスは主に沼外で活動し、狭い用水路やハス田で過ごしました。夜間のメスでは沼内にいる割合が58%で、沼外ではハス田や湛水田などを利用しました。

カルガモはマガモと同様に、伊豆沼北部の農地に夜間移動し、水のある環境を利用しました。しかし、マガモと異なり狭い用水路を好む傾向がありました。

■オナガガモ

オナガガモは、夜行性のマガモやカルガモとは異なり、昼行性、夜行性いずれの特徴も見られました。マガモやカルガモと同様に、昼間は沼で過ごし、夜間に沼北部から東部の農地へ移動しました。しかしマガモやカルガモとは違い、農地では乾田を主に利用しました。

その一方で、放鳥後に捕獲地である給餌場所へ戻ったあと、沼外へ移動せずに給餌場所のみに滞在した例もありました。そこでの昼夜別の行動を見ると、昼間は餌がもらえる駐車場付近に多く滞在し、夜間は給餌場所の奥のヨシ群落周辺にいました。

カモ類は夜行性?

カモ類は、基本的に夜行性と言われています。

これまでお話したように、マガモやカルガモは夜行性の傾向が強いのですが、給餌場所のオナガガモは昼行性の動きもしました。ヒドリガモやオカヨシガモなどの植物食性のカモ類も、昼間に採食します。

この違いの理由となっているのは、カモ類の主要な採食方法である「漉し取り採食」か「ついばみ採食」かの違いだと考えられます。漉し取り採食では、夜間で見にくくても、ある意味では自動的に水と一緒に食物が入ってくるため、夜間でも採食できます。しかしついばみ採食では、狙って食物をとるため、昼間の明るいうちでないと食物を視認できないでしょう。

一方、夜間に捕獲のためにハス田に設置した監視カメラには、沼では昼間に採食しているヒドリガモが写っていました。また、オナガガモは、マガンなどとともに昼間に農地で採食することがありますが、その場所は鳥獣保護区内です。伊豆沼・内沼周辺には狩猟ができる猟区が点在しています。マガモやカルガモ、オナガガモ、ヒドリガモなどは狩猟鳥であるため、伊豆沼・内沼のような保護区であれば昼間でも採食できますが、沼から離れた猟区の農地で採食するにはハンターが活動しない夜間しかないのです。

漉し取り採食を好むオオハクチョウであってもついばみ採食できるように、水面採食性のカモ類は得手不得手がありはするものの、いずれの採食方法も選択できます。彼らは猟区の有無など採食場所の安全性や、食物を視認できるかできないかに応じて、行動パターンや採食方法を変えていると考えられます。そうした種ごとの違いに加えて、生息地の環境に応じてカモ類の行動も変わるでしょう。

「夜行性」とひとくくりにされがちなカモ類ですが、きわめて多様な暮らしを送っているのです。

写真:野鳥観察において、冬の水鳥の主役ともいえるガンカモ類についてわかりやすく解説した一冊(嶋田哲郎『知って楽しいカモ学講座』[緑書房])

[出典]
図1:嶋田哲郎『知って楽しいカモ学講座』(緑書房)

【執筆者】
嶋田哲郎(しまだ・てつお)
(公財)宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団 研究室長。1969年東京都生まれ。1992年東京農工大学農学部環境保護学科卒業、1994年東邦大学大学院理学研究科修士課程修了。1994年宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団研究員に着任。2006年マガンの越冬戦略と保全をテーマに、論文博士として岩手大学より博士(農学)号を取得。2020年より現職。専門は鳥類生態学、保全生態学。ガンカモ類を中心とした水鳥類の生態研究のほか、オオクチバス駆除や水生植物の復元など沼の保全、講話や研修会、自然観察会など自然保護思想の普及啓発に取り組む。2013年愛鳥週間野生生物保護功労者日本鳥類保護連盟会長褒状受賞。著書に『ハクチョウ 水べに生きる』(小峰書店)、『鳥の渡り生態学』(分担執筆、東京大学出版会)、『知って楽しいカモ学講座』(緑書房)など。