猫の高齢性認知機能不全(認知症)とは?

猫の体の変化や老化のスピードには個体差がありますので、一概に「何歳になったらシニア」とはいえませんが、7歳を過ぎたら若い頃とは違うと思ったほうがよいでしょう。

身体能力の衰えだけではなく、猫にも人でいうところの認知症のような症状があることがわかっています。猫の場合、11~14歳(人間で60~72歳くらい)の猫の30%、15歳(人間で76歳くらい)以上の猫の50%に認知機能の低下がみられると報告されています(文献1)。

猫が歳をとることや認知機能が低下していくことは止められませんが、予防や早期発見、早期介入は可能です。ここでは、猫の高齢性認知機能不全(認知症)について解説していきます。

高齢性認知機能不全とは

認知機能が病的に衰えてしまい、「異常な行動を起こす」「日常生活に支障をきたす」「生活の質が低下する状態になる」ことを指します。症状によっては飼い主さんも苦痛を感じ、自身の生活に支障をきたしてしまうこともあります。

しかし、猫の高齢性認知機能全はほとんど研究が行われておらず、知見は少ない状況です。臨床現場では犬の高齢性認知機能不全に準じるものとして診断・治療が行われています。

猫の高齢性認知機能不全の症状(VISHDAAL)

猫の高齢性認知機能不全の行動変化や症状にはさまざまなものがあります。調査では、無目的な行動と鳴く行動の増加(文献2、3)、関心を求める行動の増加(文献4)が多くみられるようです。このようなよくみられる変化や症状を8つに分類し、それぞれの英語の頭文字をとって「VISHDAAL」と呼び、飼い主による観察や獣医師による診断の指標にするとよいといわれています(文献2)。

以下、8つの分類について解説していきます。

①Vocalizations(過剰に鳴く)…夜鳴きや昼夜問わず鳴いたり、やたらと鳴いたり、飼い主の関心や愛情を求めて鳴く、など。

②Interaction Changes(社会的交流の変化)…飼い主と交流しなくなる、攻撃性が高まる、そっけなかった猫が飼い主にやたらと甘える、など。

③Sleep-Wake Cycle Changes(睡眠サイクルの変化)…夜中に起きていることが多くなる、夜鳴き、以前より昼間に寝ている、など。

④House Soiling(不適切な場所での排泄)…トイレでない場所に排泄する、トイレの場所までたどり着けない、など。

⑤Disorientation(見当識障害)…部屋の隅や家具の裏などに入り込む、ぼーっと一点を見つめる、など。

⑥Activity Changes(活動性の変化)…徘徊する、グルーミングの減少または増加、食欲低下、活動量の低下、など。

⑦Anxiety(不安)…今まで大丈夫だった状況を怖がる、刺激に過敏に反応する、飼い主への依存度が高くなる、など。

⑧Learning and memory(学習能力と記憶力の低下)…覚えていた場所を忘れる、フードを食べたことを忘れておねだりする、など。

身体の病気が隠れていることも

高齢性認知機能不全の症例のうち、ほぼ全症例で身体的疾患が確認されたとの報告もあります(文献3)。上記で説明した行動変化や症状であっても、他の病気が関連していることもありますので注意が必要です。そのため、動物病院での健康診断や検査などを実施することがとても重要になります。高齢性認知機能不全の症状に当てはまるからといって、勝手に判断せず、必ず動物病院で健康状態を確認するようにしてください。

本格的な行動診療

排泄の問題、攻撃行動、認知機能の低下、問題行動がひどいなど、猫の行動の変化に気がついたら、早めに動物病院に相談すると安心です。もともと問題行動がある猫の場合、加齢とともに悪化していくこともあります。飼い主が困っていなくても、猫自身はとてもつらい思いをしていることもあります。

また、問題行動だけでなく、病気も抱えている猫であれば、なおさら獣医師による診療が必要になります。行動学的な専門診療が必要であれば、獣医行動診療科認定医(文献5)を紹介してもらうとよいでしょう。行動診療では、ときに薬物療法なども取り入れながら、シニア期の猫の問題を少しでも軽くできる方法を提案してもらえます。

自宅でできるシニア期のケア

高齢性認知機能不全については、予防、早期介入をすることが大切になります。そうすることで、シニア期を迎えた猫たちでも心身の健康と生活の質を保ち、健康寿命を延ばし、穏やかで幸せな生活を続けることができるでしょう。

1.飼育環境の整備

①猫が安心できる安全な場所を用意する(写真1)
シニア期の猫は活動量が減り、寝ている時間が長くなるので、安眠できる場所を用意することがとても重要です。血行不良や冷えによって、寒さが苦手になるので、暖かい寝場所を複数用意し、身を隠せて快適に感じられる場所が必要です。高い場所から周囲を見晴らすことは、脳に適度な刺激を与えることができます。階段や傾斜面を作ってあげるとよいでしょう。複数頭を飼育している場合は、同居猫に邪魔をされないような工夫も大切です。

写真1:段ボールハウスや椅子、クレートなどを活用して、安心できる場所を作ってあげてください

②食器、水飲み器の改善
食事速度が遅くなることで、同居猫にフードを奪われてしまうことが大きなストレスになることがあります。また、首や腰に痛みがある場合は、頭を下げることが苦痛になることもあります。これらのことを考慮し、食べやすい高さ、与え方を検討することが必要です。

③トイレの環境を整える
簡単に行ける場所にもトイレを設置(追加)するとよいでしょう。また、トイレのふちが高いことで、関節炎などで入りにくくなることもあります。苦痛を感じることなく排泄できるトイレ環境を整えることは大切です。

④家の中のニオイに配慮する
シニア期の猫は動くことが少なくなるため、自分のいる場所のニオイに敏感になり、ニオイの変化にストレスを感じやすくなります。いつもと違うニオイなどには注意が必要です。猫用のフェロモン製品である「フェリウェイ」を利用するのもよい方法です。安心してリラックスできるフェロモンを室内に漂わせることで、ストレスの軽減が期待されます。

2.脳と身体の活性化

何かに楽しみを見出している間は嫌なことを忘れます。昼夜逆転生活を和らげる効果も期待できます。フードを使った狩り遊び、知育玩具、玩具を使った遊びなどの提供により、脳に適度な刺激を与えることができます(文献6、7)(写真2、3)。

写真2:犬・猫用の知育玩具を活用することも有効です

写真3:自宅にある廃材などでも玩具を作成できます

3.猫のペースを尊重して信頼関係を構築する

問題行動をする猫に、強く叱る、叩く、おさえつける、大きな音を出す、脅かす、といったことをしてはいけません。こうした罰を与えると、猫は恐怖や不安を感じ、そのストレスが猫の病気の症状や問題行動を悪化させてしまいます(文献2)。

また、嫌がる猫を無理に触るなどはしないようにしてください。ほどよく距離をおき、安心できる存在となり、見守る時間も必要です。シニア期になると、許容範囲がますます狭くなるため、猫のペースや好きなスタイルでコミュニケーションをとりましょう。

4.サプリメントや食事

抗不安作用、抗酸化作用、抗炎症作用などが期待されるサプリメントやフードを与える栄養療法は、猫の認知機能の維持に役立つと考えられています。高齢性認知機能不全の予防や進行を遅らせられる可能性もあり、その場合は症状がまだ軽いうちから与え始めるよいといわれています。詳しいことは、かかりつけの動物病院に相談してみてください(文献2)。

まとめ

「行動変化や症状が出てくる前から、猫の様子を毎日よく観察する」「行動学的な指導を受けて、シニア期の猫が快適でストレスなく生活できる環境を整える」などを行うことによって、高齢性認知機能不全の行動変化や症状の進行を緩和することができます。

また、身体的疾患が関連していることも多いですので、動物病院で定期的に健康診断を受けて、早期治療を実施しておくことも大切です。心身ともに健やかなシニア期を送る鍵は、早めの対応と観察力が重要になるでしょう。

【執筆者】
白井春佳(しらい・はるか)
獣医師、獣医行動診療科認定医、にいがたペット行動クリニック(新潟市西蒲区、https://n-pbc.com/ )院長。酪農学園大学を卒業後、臨床獣医師や専門学校講師などを経験。2011年、新潟では初の獣医行動診療科専門病院「にいがたペット行動クリニック」を開院。問題行動などの診療に加え、協力動物病院や飼い主と連携した行動学的予防医療の普及活動を実施。講演や執筆活動も活発に行っている。日本獣医行動学研究会、人と動物の関係学会、新潟小動物臨床研究会、行動学研究会白樺に所属。日本獣医動物行動学研究会幹事、新潟市動物愛護協会理事、新潟市動物愛護推進員なども務める。

[参考文献]
1)Gunn-Moore D, Moffat K, Christie LA, et al. Cognitive dysfunction and the neurobiology of ageing in cats. J Small Anim Pract. 2007;48(10): 546-553.
2)藤井仁美著、水越美奈監修. 猫の困った行動 予防&解決ブック. 緑書房. 2020.
3)小澤真希子. 認知機能不全症候群. pp.859-861. 猫の治療ガイド2020 私はこうしている. EDUWARD Press. 2020.
4)和田美帆. 症例報告5 高齢性認知機能不全の猫の二例. VETERINARY BOARD. 2022;4(2): 50-58.
5)獣医行動診療科認定医紹介 | 日本獣医動物行動研究会 (vbm.jp)
6) アイディア知育玩具 まとめ記事☆ | 「にいがたペット行動クリニック公式」~はがぶー日記~ (ameblo.jp)  にいがたペット行動クリニックブログ記事から
7)ねこの知育玩具まとめ記事 | 「にいがたペット行動クリニック公式」~はがぶー日記~ (ameblo.jp) にいがたペット行動クリニックブログ記事から