虫の目線で季節を見る【第1回】春を告げるビロードツリアブ

3月下旬、日を追うごとに春めいて暖かくなり、野山や空地に小さな花が咲きはじめると、ふわふわ、もこもことした毛玉のような体に細長い針のような口をもつ虫が現れます。咲いたばかりの花を目掛けて飛んできたり、日当たりのいい地面に止まって日なたぼっこをしたりしているその虫こそ、今回の主役、ビロードツリアブです

春の訪れを告げる愛らしい虫

ビロードツリアブの成虫は、春にだけ現れること、またその愛らしい姿から昆虫や自然の愛好家にはとても人気があり、春の訪れを告げる生き物のひとつとして親しまれています

写真1:ムラサキハナナ(ショカツサイ)の花にやってきたビロードツリアブ

ビロードツリアブはハエやアブの仲間で、ツリアブ科というグループに属する、体長1センチメートルほどの昆虫です。「ビロード」とは柔らかな手触りと深い光沢感のある織物のことで、この虫が長く柔らかな毛に覆われていることに由来しています。「ツリアブ」は「吊り虻」と書き、まるで吊り下げられているかのように空中の一点にとどまるホバリングという飛び方が得意なことからつけられています。アブという名前と細長い口を見て刺されるのではないかと怖がる人もいますが、刺すことはないので安心してください

ちなみにビロードツリアブはアジア、ヨーロッパ、北アメリカの温帯域にも広く分布していて、英語では「bee fly(ビー・フライ)」と呼ばれているようです。ハチのようなハエ、という意味で、やはりその姿や行動から名付けられたのでしょう。

写真2:腹面には白い毛が多い

この虫は北海道から本州、四国、九州と広い地域に分布しています。雑木林の残る里山でよく見られますが、平野部の公園から亜高山帯までとさまざまな環境に生息していて、少し気をつけていればその姿を見ることは難しくありません。むしろ「身近にいる昆虫」と言えるでしょう。

丸っこい体で素早く飛翔!

この虫のおもな食べ物は花の蜜。日当たりのいいところに咲いているさまざまな花へ飛んでくると、得意のホバリングをしたり花に止まったりして、長い針のような口吻(こうふん)を花の奥に差し入れて蜜を吸います。ホバリング中は長い口吻を前に突き出し、足をピーンと伸ばした姿勢になり、とても愛らしい姿です。一見するとゆっくりした動きに見えますが、実はとても飛ぶのが得意です。移動のときや外敵から逃げるときなどは非常に速く飛ぶことができ、一瞬でその姿が視界から消えるほど。観察や撮影をするときは、彼らが好みそうな花の前で待ち伏せるか、低い姿勢でゆっくりと驚かさないように接近するのがコツです。

そんな高い飛翔能力をもつビロードツリアブですが、トンボやチョウと違って、外見上は翅(はね)が2枚しかありません。飛ぶのに使っている大きな翅は前翅です。ビロードツリアブをふくむハエやアブの仲間では、後ろ翅が変化して平均棍という小さな器官になっているためです。あの丸っこい体と2枚の翅で、ホバリングや急加速などをしながら、器用に飛びまわることができるのには驚かされますね。

交尾しながら二人三脚

写真3:交尾中のビロードツリアブ(右がオス)

ふだんは花の咲く場所を飛び回り、ホバリングしたり、蜜を吸ったりしているビロードツリアブですが、オスとメスが出会うとお尻とお尻をくっつけて交尾をします。ビロードツリアブのオスとメスは、その頭を見ると簡単に見分けられます。左右の複眼がくっついているのがオス、左右の複眼が離れているのがメスです

交尾中は地面付近の植物や枯葉に止まってじっとしていることが多いのですが、外敵が近づいたときなどは交尾した状態のまま飛んで逃げることもできます。お尻とお尻がくっついた状態では、お互いに引っ張り合いになってしまいそうですが、実際にはうまく飛ぶことができます。オスとメスのどちらが主導権を握って飛ぶ方向などをコントロールしているのか気になっていたのですが、僕がここ数年観察した限りでは、オスがメスを引っ張っていることが多いようでした。

見た目とは裏腹な、ハードな生き方

写真4:産卵するメス(矢印の先に卵が見える)

やがて春も終わり頃になると、砂地にお尻をつけて細かく震わせているメスの姿がよく見られるようになります。卵を産んでいるようにも見えますが、実際にはそうではなく、細かな砂粒をお尻の部分に取り込んでいるようです。そして、その砂粒でコーティングした卵を、飛びながら地面に向けて勢いよく産み落とすのです。なぜこのような行動を取るのでしょうか。

実は、ビロードツリアブの幼虫は、地面に穴を掘って巣を作る、ヒメハナバチという小さなハチの巣に寄生して成長するそうです。そのため、メスのビロードツリアブはそのハチの巣がありそうなところに卵を産み落とすのですね。砂粒でコーティングするのは、アリなどに見つかりにくくするためかもしれません。

やがて卵から孵化した幼虫はヒメハナバチの巣に入り込み、その巣に貯蔵された花粉や蜜、さらには卵や幼虫を食べてしまいます。そしてそのまま土の中で蛹になり、翌年の春に成虫となってまた地上に現れるのです。もこもこした愛らしい見た目とはうらはらに、なかなかハードな生き方をしているのですね。

愛らしい姿を観察しよう!

写真5:長い口吻を差し込んで蜜を吸うビロードツリアブ

春、公園や野山に花が咲き始めたら、その周辺でしばらく目を凝らしてみてください。時には花のまわりで宙吊りになったようにホバリングし、時には長い口を花の奥に差し込んで夢中になって蜜を吸う、ふわふわ、もこもこのビロードツリアブに出会えるかもしれません。

その姿はまさに春の妖精。そんな姿に出会えたら、驚かさないようにそっと近づいて観察したり撮影したりしてみましょう。その愛らしい姿を見ればきっと、春が来た喜びと身近な生き物の不思議さ、面白さを改めて感じることができるのではないでしょうか。そして毎年の春の訪れが、今まで以上に待ち遠しくなるはずです。

【写真・文】
尾園 暁(おその・あきら)
昆虫写真家。
1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本写真家協会(JPS)、日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)『ハムシハンドブック』(文一総合出版)『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)など。