巨大なガをモチーフとした「モス」をはじめとして、さまざまな巨大虫が身近にいる世界をユーモラスに描いた漫画『モスのいる日常』。その作品には、読者を虜にするガの魅力がたっぷり詰まっていました!
作者の大谷えいちさんに、モスとの出会いや魅力、漫画を描くうえでの工夫などをお聞きしました。
「ガにそっくりなチョウ」と、モスとの出会い
作品に出てくる巨大ガ「モス」との出会いは、どのようなものだったのでしょう?
私は昔から昆虫採集が好きで、ガにも興味をもっていました。しかし、母から「ガは毒をもっているかもしれないから、触らないように」と言われていました。そのため、大人の言いつけを守る子どもだったこともあり、ガではなくチョウを毎日のように追いかけていました。
ところが、世の中には「ガにそっくりなチョウ」がいます。例えば、黒と白の羽が美しいコミスジは、チョウでありながらも多くのガと同じく羽を開いてとまります。
子どもの頃に、自宅の庭ではじめてコミスジを捕まえたときのことです。近隣ではあまり見かけないチョウだったため、私は大喜びで母に見せました。ところが母は、コミスジのとまり方をみてガだと勘違いし、逃がすように私に指示しました。私は昆虫図鑑を片手に「コミスジはチョウだ」と説明したのですが、最終的にコミスジは空に飛び立つこととなってしまいました。
似た経験として、ガに似たチョウを素手で捕まえたときに、友だちに「あーッ! 大谷が、ガを素手で持ってる!」と逃げられたこともありました。
こうした経験から、「チョウにそっくりだけどチョウではない」「チョウと違って怖がられている」ガという生きものに興味を抱くようになりました。つまり、「ガにそっくりなチョウ」が、私と「モス」との出会いのきっかけなのです。
なお、オオスカシバなど「ハチにそっくりなガ」もいるのですが、こちらについても母からは「ハチは危険だから近づいてはダメ」と言われていました。
大谷さんが魅力を感じるガの特徴はどこですか?
私にとって、ガの魅力はその「可愛さ」にあります。よく観察すると可愛い顔をしていますし、特にメスはお腹がふっくらとしていて可愛いフォルムをしています。顔を擦るしぐさなど、行動もモスモスしていて可愛らしいのです。
また、ヤママユガやオオミズアオなど、大きな羽をもつガには特に魅力を感じます。思い返せば子どもの頃も、大型のチョウの力強い羽ばたきが大好きでした。
巨大な虫にまつわる「ちょっとしたSF」
さまざまな巨大な虫を、日常に溶け込んだ存在として描いたのはどうしてですか?
虫は、身近なところで出会える生きものです。そこで、作中の巨大な虫にも、人間の近くで暮らしていてほしいと考えました。
大きくて「モスモス」しているモスのように人間と暮らす虫がいる一方で、ひっくり返った巨大なセミを保健所が撤去したり、大量発生した巨大なユキムシに対処するために自衛隊が出動したりと、虫にまつわる問題ごともたくさんあるのが『モスのいる日常』です。
「巨大な虫が現代にいたら、世の中はこうなるだろうな」とリアルに想像した世界を、たくさんの方に楽しんでいただけるようにゆるく描いた作品なのです。
私としては「日常もの」でありながらも「ちょっとしたSF」として捉えています。
ストーリーを考える上で、特に工夫していることはありますか。
モスは虫なので、作者の思い通りには動いてくれません。それぞれの本能に従って、壁と同化したり、光に近づいたり、産卵したい庭木にへばりついたりします。これでは物語にならないので、代わりに人間のキャラクターに動いてもらうことでストーリーを作っています。
しかし、『モスのいる日常』はあくまでもモスが主役の物語です。なので、人間が目立ちすぎないように、キャラクターの名前をあえて出さない工夫をしています。
他にも、キャラクターが「キャー! 可愛い!」などとモスを可愛がりすぎるシーンは、できるだけ描かないようにしています。モスがどのような存在かは、読者さん自身に感じてほしいためです。作中世界でのモスの立ち位置の「正解」を出さないことで、いろいろな解釈で楽しんでいただきたいと考えています。
多くの人に「ガの魅力」を伝えたい!
『モスのいる日常』を発表したときの反響について教えてください!
最初にSNSに投稿したときは、ここまで多くの方にガの魅力を伝えられるとは思っていなかったので、とても驚き、嬉しさを感じました。特に、虫が苦手な方のなかにもモスのファンがいることが、本当に嬉しいですね。
一方で、世の中には毒をもつガもいます。私は、怖い虫に対して「怖い!」と感じることも大切だと思っているので、巻ごとに1話は毒をもつガのエピソードを入れることをノルマにしています。虫を過剰に怖がったり、怖がるべきときに近づいたりせず、ちょうどいい距離をもって接することができるといいですね。
英語にも翻訳されていますが、海外からの反響はどのようなものでしたか?
実は『モスのいる日常』は、私がSNSに投稿したモスのイラストが海外のユーザーに受け入れられたあとで、日本に「逆輸入」される形で連載することとなった作品なのです。『モスのいる日常』も、公開直後から海外の読者さんにたくさん支えていただきました。
海外では、日本よりもガが愛されているような印象があります。X(旧Twitter)やInstagramには、ガのアートにつける英語のハッシュタグ( #mothart )まであります。
グッズのぬいぐるみについても、「海外に向けても販売してほしい」というメッセージをよくいただきます。通貨や輸送の問題があり実現できていないのですが、いつかは海外の方にもぬいぐるみをお届けできるように、たくさんのモスを描いていきたいです。
『モスのいる日常』の世界で、これからチャレンジしたいことはありますか。
モス以外の虫にも挑戦したいと考えています。大量発生する素数ゼミの話はいつか描いてみたいですね。また、最近では担当編集者とのバトルの末に、「1コマも姿を描かない」「絶対に名前を出さない」という条件で、身近な虫である「黒いアレ」のエピソードを描く許可を勝ち取りました。2024年5月24日に掲載予定のエピソードです。1コマも姿と名前を出さずに表現することに成功したので、公開された際にはぜひ読んでいただきたいです!
読むのが楽しみです! 最後に、記事の読者にメッセージをお願いします。
いつもモスのいる日常を支えてくださり、ありがとうございます。これからも、たくさんのモスや虫を描いていくので、楽しみにしていてください!
大谷えいち(おおたに・えいち)
漫画家、イラストレーター。イースト・プレス「COMICポルタ(2024年1月より「MATOGROSSO」から移行)」にて、巨大なモス(ガ)が身近にいる世界を描く漫画『モスのいる日常』を連載。2023年7月に『モスのいる日常 1』を発売。comicoにて『ルイス先生と不思議な世界たち』を連載。また、ピッコマ連載作品『超越級エキストラの攻略集』にて作画を担当。
X:@ootani_eiti