カラス博士の研究余話【第10回】カラスの四季~啓蟄のころ~

さえずりで春の訪れを告げるウグイスやホトトギス、その飛翔で夏の到来を感じさせるツバメのように、季節に応じた鳴き声や愛らしい姿で人々の目や耳を楽しませる野鳥は多くいます。ツルやハクチョウなども、越冬のために渡ってくるのを心待ちにしている人が多い鳥です。それらの鳥たちは、季節の香りを翼に乗せてきて、自然の暦をめくります。

夏鳥、冬鳥と呼ばれる鳥たちを愛でる気持ちには、盆や正月にひさびさに帰ってくる孫や子を待つ期待感にも似た感情がありそうです。

一方のカラスは、毎日だって目にするので季節など感じませんし、鳴き声もとても美しいとはいえません。羽装(うそう)も黒一色で、その色彩で目を楽しませてくれるわけではありません。そのうえ、ゴミ漁りや農作物へのいたずらもします。待ちわびられている遠方の家族と比較すると、日々身近で顔を突き合わせる相手に例えられそうです。

しかし、いつも身近で顔を突き合わせる相手だからこそ分かる姿もあります。長年連れ添うことで空気のように感じていた存在の、思わぬ仕草に意外性を感じるようなものですね。四季折々によく観察することで、カラスの興味深い営みが見えてくるのです。

人には、春の節句、お盆、冬支度、正月行事など、四季折々にすることが異なります。季節によって1日の流れも過ごす気持ちも異なります。そのような目で見てみると、身近なカラスにも、季節の鳥と変わらない魅力が見えてくるかもしれません。

今回は冬のカラスのお話しです。

春の芽生えを感じる大寒

大寒と呼ばれる時分には、日が長く感じはじめます。もちろん、寒さが極まる時期ですが、日の明るさが伸びたことに春の近さを感じるのです。関東では、1月には蝋梅(ロウバイ)の早いものが咲きはじめ、2月後半から3月初旬には菜の花、梅などの花々が春の訪れを確信させてくれます。カラスをはじめとした鳥たちも、日差しや光の強さ、その光にふくまれる波長などから、彼らなりに春の訪れを感じているようです。

2月末から3月初旬には、越冬のために前年の秋に大陸から渡ってきたハクチョウの北帰行(ほっきこう)の便りも、あちこちから聞こえてきます。著者も毎年、近くの河川を訪れるハクチョウを楽しみにしており、今年も3月初旬ごろから、大陸に旅立つグループを見送りました。

写真1:ハクチョウが飛び立つ前の水面助走

写真2:旅立ちに向かうのだろうか? 飛翔の姿が美しい

その困難な旅路を想像し、思わず「がんばって無事に帰れよ」と、ハクチョウたちの旅の安全を願ってしまいます。

カラスの田んぼいじり

このような時期、田畑が多い郊外では、早くも田植えの準備がはじまります。昨年の稲株や生えかけた雑草を耕運機でうねり返して、土を柔らかくするとともに、覆土で雑草を絶やすのです。カラスは「待っていました」とばかりにトラクターの後をついて歩き、うねり返した土壌のなかの虫を啄みます(写真3)。

写真3:トラクターについて歩くハシボソガラス

耕した田んぼは、カラスにとって餌の宝庫です。しかし、3月前半の啓蟄(けいちつ)ごろまで土の中で安眠していた生き物たちにとっては、とんだ番狂わせです。耕運により強制的に土の布団を剥ぎとられ、起きるとカラスの嘴が目の前に迫っているのですから。

また、この時期は各地で野焼きもみられます。焼かれたカヤ場(採草地)も、虫が多く生息している豊富な餌場です(写真4)。このように鳥たちは、季節の変わり目の人の営みを良く知っており、上手に利用しています。

写真4:野焼きの後に集まるカラス

2羽に想像力を膨らませる

2月頃には2~3羽で行動しているカラスを見かけることが多くなります。巣作りなどの分かりやすい繁殖行動はまだ見られませんが、2羽で仲良く羽繕いや餌探しをしている姿がみられます(写真5)。

写真5:仲良く羽繕いをしている2羽のカラス

夫婦ガラスか、はたまた結婚間近のカップルなのか……春の日差しの暖かさのなかで、想像力を膨らませるのも、この季節の楽しみです。

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。