虫の目線で季節を見る【第3回】秋空を舞うアキアカネ

厳しい夏の暑さが終わり、日差しや風に秋の訪れを感じる頃になると、稲刈りの終わった田んぼや公園の池、時には住宅地などの人里で赤いトンボの姿が見られるようになります。

鮮やかな赤色の体を持つアキアカネ

このトンボはアキアカネ(秋茜)。日本に20種類ほどいる「赤とんぼ」と呼ばれるトンボ類の中でも代表的な種類で、北海道から九州まで、広く分布しています。
アキアカネの体長は約35~40ミリメートル程度。その美しい赤色と軽やかに舞う姿は、多くの人々に親しまれてきました。

アキアカネの一生

アキアカネは、秋から初冬にかけて水田や湿地、池などに産卵し、卵はそのまま冬を越して翌年の春に孵化します。
孵化した幼虫(ヤゴ)は水中でプランクトンや水生昆虫、小さなオタマジャクシなどを捕食します。ヤゴは8~9回脱皮を繰り返し、2~3ヶ月かけて成長していきます。

オタマジャクシを食べるアキアカネの幼虫(ヤゴ)

十分に成長した幼虫は、初夏の夜に水田の稲や小枝、石などをよじ登って羽化を始め、明け方にはトンボの姿となって飛び立ちます。

羽化直後の成虫

羽化を終えたアキアカネは長距離を飛んで、標高1,000メートルを超えるような高原や山地へと移動し、そこで小さな昆虫を捕食しながら夏を過ごします。このころのアキアカネの体はまだ柔らかく、それほど赤くありません。黄色みがかったオレンジ色に近い体色をしています。

アキアカネの若い成虫、まだ黄色みがかった色をしている

暑さを避けるための高地への移動は、アキアカネが高気温を苦手としていることを示しています。夏に山へ行くと、時に数百、数千頭ものアキアカネが見られ、驚くことがあります。
やがて、高地で夏を過ごすうちにアキアカネの柔らかかった体は硬くなり、腹部が次第に赤くなってきます。特に雄はその赤色が一層鮮やかです。そして、朝夕に涼しい風が吹く頃になると彼らは山を降り、ふたたび平地の人里に姿を見せてくれます。
平地に戻ったアキアカネは、おもに秋晴れの日の午前中から正午ごろにかけて、水田や湿地、池などを訪れて交尾や産卵をします。

公園の池で交尾するアキアカネ

産卵はオスとメスが繋がったまま行う「連結産卵」が主ですが、メスが単独で行うこともあります。

稲刈り後の水田で見られた連結産卵

メスは腹端部で泥や水面を何度も叩き、卵を産みつけます。連結産卵の際はどうしても動きが鈍くなるためか、水辺にやってきたセキレイなどの鳥類に捕食されることもしばしばです。

ハクセキレイに食べられるアキアカネ

こうした天敵の影響と寿命で、秋が深まるにつれてアキアカネはその数を減らしていきます。とはいえ、私が観察を行っている関東地方南部では、12月半ばごろまで観察することができます。西日本の暖かな地域では、年末ごろまで見られることもあるようです。特に近年は12月でも暖かな日が多くなったためか、遅い時期まで見られる傾向があります。

田んぼと共に生きる

アキアカネは、日本のトンボのなかでも特に水田、そして稲作と密接に関係する生活史をもっています。
春から初夏、田植えの時期に水が張られた水田は、ヤゴが成長するための良好な環境です。そして、夏の終わりを迎える稲刈り後の水田は、産卵場所にもなっています。このように、水田は不安定な湿地を生活の場としていたアキアカネの繁栄を支えてきました。かつては秋になると空を埋め尽くすほどのアキアカネが見られる地域もあったようです。
しかし、近年では特に2000年頃からアキアカネの数が日本各地で急激に減少しています。その要因として、水田の乾田化や耕作方法の変化、気象変動、一部の農薬の使用などが挙げられています。
美しい秋の使者がいつまでも空に舞い続けられるように、自然と共生する持続可能な農業や地域づくり、気象変動への対策を皆で考えていきたいものです。

【写真・文】
尾園 暁(おぞの・あきら)
昆虫写真家。1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本写真家協会(JPS)、日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)『ハムシハンドブック』(文一総合出版)『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)など。

【編集協力】
いわさきはるか