すっかり秋も深まり、そろそろ冬の気配がしてくるころ、公園や民家の生垣をオレンジ色のハチのような、またはどこかエビフライのような形をした不思議な虫が飛び回っていたり、枝先に集まっていたりすることがあります。これはミノウスバという日中に活動するガの一種です。11~12月ごろに成虫が出現するため、昆虫や自然観察の愛好家たちの間では、冬の訪れを告げる虫としても知られています。
葉を丸裸にする脅威の食欲
晩秋から冬にかけて、ニシキギやマユミ、マサキ(いずれもニシキギ科)などの枝先に産み付けられた卵はそのまま越冬し、春がくると植物の芽吹きの時期に合わせて孵化します。
孵化すべきタイミングがなぜわかるのかは、実に不思議です。卵から孵化したばかりの幼虫は、細長い体型の毛虫で、集団で暮らしながら食草の葉を食べて育ちます。この幼虫が一枚の葉にびっしりと集団でいる様子はとても不気味なので、鳥などの捕食者に襲われにくくする効果があるのかもしれません。
少し成長した幼虫は、ずんぐりとした楕円形で、黄白色の地に細く黒い縞模様が入ったイモムシとも毛虫ともつかない姿になります。ミノウスバの幼虫の毛は短いですが、毒があるので見つけても素手で触れることは避けましょう。うっかり触ると皮膚がかぶれることがあります。
この幼虫たちの食欲はすさまじく、木の葉を食い尽くして丸坊主にしてしまうことも珍しくありません。ただし、食欲旺盛な期間は1ヶ月ほどと短いので、葉を食い尽くされた木もすぐにまた芽を出し、枯れてしまうようなことは少ないようです。
幼虫は育つにつれて集団を離れ、単独で生活をするようになります。そして、4月下旬から5月中旬ごろ、2センチメートルほどの大きさにまで育った幼虫は、木の幹を伝って地面におります。地面に降りた幼虫は、その後あちこちを徘徊して繭を作る場所を探します。この時期は野外の地面や階段、公園の手すりや建物の壁など実にいろいろなところで幼虫を見かけます。その正体を知らないと、どこから来たのかわからずびっくりする人も多そうです。
寒さから体と卵を守るふわふわの「ミノ」
このようにしばらく徘徊した幼虫は、やがて樹皮の割れ目や石の裏などに隠れる場所を見つけると、糸を吐いて繭を作ります。
もともといた食草や別の木の葉の裏に繭を作るところを見たこともあります。繭を作った幼虫はやがてその中で脱皮をし、蛹になります。蛹は繭の中で数ヶ月眠り続けて、暑い夏もやり過ごし、じっと秋の深まりを待ちます。
やがて朝晩の冷え込みが厳しくなってくる11月ごろ、蛹は羽化してミノウスバの成虫が出現します。成虫は翅を広げた大きさが2~3センチメートルほどと、それほど大きなガではありません。ミノウスバの名前のうち「ミノ」は彼らの体を覆うフサフサとした毛を、日本の伝統的な雨具である「蓑(みの)」に例えたもので、「ウスバ」は薄い半透明の翅に由来します。そのふわふわとした体毛は、晩秋の冷たい風の中でも暖かそうで、どこか小動物のような愛らしささえ感じます。オスとメスはよく似ていますが、オスは櫛状になった大きな触角をもっている一方、メスの触角は単純な棒状となっているため、近くでよくみると見分けることができます。
ミノウスバはガの仲間としては少数派ですが、昼間に活発に活動する性質を持っています。メスはあまり飛び回らず、枝先などに止まってフェロモンを出してオスを誘います。オスは大きな触角で空中に漂うフェロモンを感知するべく活発に飛び、メスの姿を探します。生垣や木々の周辺を飛び回るミノウスバを見かけることがありますが、それはそうして子孫を残そうと必死になっているオスたちの姿です。不思議なことに、同じ種類の木が数本並んでいても、ミノウスバは特定の木に集まる傾向があります。人の目には同じように見えても、彼らにとっては特別な条件があるのかもしれません。
フェロモンを感知し、枝先などにいるメスを見つけたオスはすぐに近づいて交尾をします。
交尾が終わると、メスは食草の枝に薄黄色の卵をびっしりと産み付け、その上を自分の毛で覆い隠します。これは卵を寄生虫や寒さから保護しているのかもしれません。メスは産卵が終わっても数日間動かずにじっとしていることがありますが、その姿は大切な卵を見守っているかのようで、自然の中に息づく生命の強さと美しさを感じさせます。
そして、12月半ばの冷え込みが厳しくなってくるころに、ミノウスバの成虫はその一生を終えます。しかし、枝先に産み付けられた卵は、母虫の残してくれた毛に包まれて寒さ厳しい冬を耐え、翌年の春を待ちます。
ミノウスバの食草はマサキやニシキギなど庭や公園によく植えられる植物です。また、幼虫時代の旺盛な食欲から、特に庭木の手入れをする人々にとっては厄介な存在として害虫扱いされることも多いようです。それは仕方のないことではあるのでしょう。
しかし、街角や公園でミノウスバを見かける機会があったなら、その一生に思いを馳せ、晩秋の風物詩として愛でてみるのも悪くない……かもしれません。
【写真・文】
尾園 暁(おぞの・あきら)
昆虫写真家。 1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本写真家協会(JPS)、日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)『ハムシハンドブック』(文一総合出版)『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)など。
【編集協力】
いわさきはるか