獣医学生は、卒業論文の提出と発表を終えると、一気に国家試験モードに突入します。私の勤務する大学では、以前は12月頃だった卒論関連の予定が夏休み期間に前倒しになったことで、秋から本格的な国家試験対策がスタートするようになりました。
この時期、私たち教員は最終学年(6年生)向けに国家試験対策の授業を実施します。これは私の勤務先である酪農学園大学では「統合獣医学」と呼ばれ、他の獣医科大学でも同様の取り組みが行われています。過去の試験問題を参考に出題傾向を把握し、本番に向けて総復習を行うのですが、この期間には単なる試験対策以上の重要な意味があります。6年間で学んできた様々な知識が、学生たちの中で一つの体系として統合され、成熟していく貴重な時期となります。ぜひ学生さんたちには大切にしていただきたいと思います。
私はこの科目で寄生虫学と魚病学を担当しています。野生動物学については、現在の国家試験では主に法規面での出題に限られているため、特別な準備は必要なく、負担は小さなものでした。しかし今年から、新たに「統合動物看護学」の授業が加わったことで状況ががらりと変わりました。この授業は2022年から始まった愛玩動物看護師の国家試験に対応するためのもので、詳細は愛玩動物看護師の職務を含め本ウェブメディアで連載中の『愛玩動物看護師とは?』(旭あすか 著)をご覧になってください。
そして、私は2017年度から3年間、動物看護師養成課程の学類(他大学でいう学科に相当)に学内出向した経験があり、一部学生の卒業論文指導も担当していました。そのため、この新しい国家試験の動向には常に関心を持っていたのですが、実際に担当してみると、予想以上に興味深い発見がありました。
愛玩動物看護師国家試験の出題範囲
ここでまずは愛玩動物看護師国試(以下、愛玩国試)の出題範囲となる4つの分野(試験科目)を以下に示しましょう。
①基礎動物学(生命倫理・動物福祉、動物形態機能学、動物繁殖学、動物行動学、動物栄養学、比較動物学、動物看護関連法規、動物愛護・適正飼養関連法規)
②基礎動物看護学(動物看護学概論、動物病理学、動物薬理学、動物感染症学、公衆衛生学)
③臨床動物看護学(動物内科看護学、動物外科看護学、動物臨床看護学総論、動物臨床看護学各論、動物臨床検査学、動物医療コミュニケーション)
④愛護・適正飼養学(愛玩動物学、人と動物の関係学、適正飼養指導論、動物生活環境学、ペット関連産業概論)
これらの中で私が当該学類でも担当するものが①比較動物学の野生動物、②動物感染症学の寄生虫(形態・生態)、③動物臨床検査学の寄生虫病(診断・治療・予防)です。
また、試験の枠組みは総問題数約240のうち必須問題、実地問題(実際の看護現場での技術や判断力が試される問題のこと。試験問題紙面上で画像を示す形式で、生きた動物は使いません。)は概ね3分の1程度です。残りは一般問題なので、出題範囲ともども獣医国試と類似します。それであれば、獣医国試と同様に対象動物の範囲は狭いのだろうし、「楽勝!」と内心軽く見積もっておりました……。
「楽勝!」と思った自分を叱りたい
さて、ここで先ほどから「狭い」と言っていた「対象動物の範囲」について触れておきましょう。獣医国試では農水省所管獣医師法規定の「飼育動物」関連中心です。このため私は愛玩国試の方も愛玩動物看護師法で規定された「愛玩動物」だけとタカをくくっていました。ところが、授業準備のため2回分の愛玩国試の問題を読み込んでみたところ、愛玩以外の多様な飼育動物の知識が無いと解法は難しいと感じました(実際の試験問題と正答は本コラム末尾【参考】のリンクをご覧下さい)。
たとえば、第1回愛玩国試必須問題(問89)にエキゾチックペットに関する正誤設問選択肢では、カメ類甲羅の骨学、ハムスターの頬袋、アナウサギ/ナキウサギの飼育化、フェレットの疾病、インコ類ろう膜による雌雄鑑別が列挙されました(なお、実際の試験では「ろう」と平仮名ですが、個人的には「蝋」の方が分かり易いと感じましたが・・・)。国試設問は公表されているので、気になる方はぜひ実物を見てみてください。このような問題の正答に到るには、これらの比較動物学を把握していることが前提となります。
特に、最後のインコ類は獣医師法の「飼育動物」には含まれますが、獣医国試で出題されることは滅多にありません。正規獣医学課程で鳥類臨床が扱われることは、ほぼありません。また、ハムスターやアナウサギに関してはギリギリ実験動物学であるとしても、フェレットは例外的です。ましてや爬虫類は絶対あり得ません。すなわち、愛玩国試の「対象動物の範囲」は愛玩動物看護師法における「愛玩動物」ではなく、環境省所管動物愛護法規定の「愛護動物」であると考えられます。このあたりの法律や規定動物に関してあやふやでしたら、この連載の第12回をご確認下さい。簡単に言うと、愛玩動物とは飼育動物から家畜や家禽を除いたものです。
私は、国試における「対象動物の範囲」の違いが獣医師課程(6年制)と動物看護師課程(3〜4年制)という修業年限の違いに対応していると思い込んでいました。つまり、当初愛玩国試の方が「対象動物の範囲」が狭いとさえ考えていたのです。
農水/環境両省ダブルで行う愛玩国試
完全に誤っていました。愛玩国試を確認すると、「対象動物の範囲」はより広く「愛護動物=飼育される爬虫類と鳥獣すべて」です。そうなると、膨大な情報量を授業で伝授する必要があります。
愛玩動物看護師の教育課程では、エキゾチックペット、飼鳥、爬虫類(カメなど)について、2年生か3年生の時期に非常勤講師が教えているはずです。しかし、現在の「統合動物看護学」は常勤教員だけで担当しているため、これらの分野の教育が抜け落ちてしまっています。
私が担当している「統合動物看護学」での野生動物の分野は、主に法律や条約に関する内容です。例えば、第1回と第2回の国家試験では外来種対策法に関する問題が出題され、これは獣医師の国家試験とどことなく似た傾向でした。
今年は余裕があったため、エキゾチックペットについても私が授業で扱いましたが、これは一時的な対応です(だと思います)。来年以降は、学生が国家試験で不利にならないよう、きちんとした授業計画を立てる必要がありますね。その際、獣医学部(学群)で教えている野生動物医学の内容をそのまま流用するのではなく、動物看護師に特化した独自のカリキュラムを作るべきでしょう。
強調したいのは、このように愛玩動物看護師の国家試験が幅広い動物を対象としているのには、明確な理由があることです。この試験は農林水産省だけでなく環境省も管轄していることと関連しますが、これはまさに「ワンヘルス」(人と動物と環境の健康はひとつという考え方)を実現しようとする意図の表れだと考えています。
愛玩国試から見えるチーム獣医療でのワンヘルス
私見ですが、国試とは「国家が必要とする人材とは何か」を反映する表現型だと思います。そのような見方をすると、チーム獣医療によるワンヘルス実現の目論見が愛玩国試に投影されていると感じました。獣医師は高度獣医療や「人と動物の共通感染症」などへの対応で忙殺される状況で、「愛護動物」全般への眼差しを守備範囲にさせることには無理があります。それを補完する形で「愛玩動物看護師」という人材が誕生したのでしょう。理想論に終わりかけたワンヘルスという優れた視点を、具現化させる試みのひとつなのではないでしょうか。これは素晴らしい戦略で、私は大賛成です。
ただし、愛玩国試の必須問題の問25に「ワンヘルス(One Health)の考え方において、人の健康と相互に関連する健康の担い手はどれか。」という問題がありましたが、正答が「環境、動物」となっていたのは賛同できかねます。
選択肢として「環境、動物、政治、経済、教育」が示されていましたが、ワンヘルスとは本来「人の健康」「動物の健康」「環境(生態系)の健康」が密接に関連しているという考え方です。医学、獣医学、そして生態系の保全に関わる専門家たちが、それぞれの分野で得た知見を持ち寄り、互いに協力することで、地球全体の健康を目指すというのが、ワンヘルスの本質です。
さらに、このビジョンを実現するには、政治や経済、教育など、社会のあらゆる分野の協力が必要です。ワンヘルスは日本ではまだ新しい概念で、その解釈にも様々な見方があるのかもしれません。しかし、このように重要な概念を単純化して出題することは、かえって誤解を招く恐れがあります。
愛玩動物にも使われる小哺乳類捕獲の現場から
ところで、前述した急場しのぎで対応した「統看学」で教えたエキゾチックペットに関連しますが、特に、ハムスターやナキウサギなどの小哺乳類が日本に運ばれる前に、どのような現場で捕獲されたのかを知らない状態で教育されることは片手落ちと感じました。ですので、身近なところから、私が前世紀から今世紀にかけ、ライフワークである寄生線虫の生物地理学的な研究でユーラシア大陸各地を駆け巡った模様をだけでも最後にお伝えしようと思います。
まずは、名古屋大学科研費調査で訪れたシベリアのアルタイ山地です。学校の地理でもおなじみのタイガと呼ばれる森林地帯で、墜落管(ロシア語カナフカ)を設置している様子です。シマリスやアルタイモグラが捕獲されています。
シャーマントラップという生け捕りワナではトビハツカネズミ科オナガネズミが捕獲されました。
私は彼らを「タイガの妖精」と呼んでいます。なお、本連載の第10回にこのトラップが箱型にセットアップされた画像がありますので、気になる方はご覧ください。なお、このトラップは写真1で私が腰に付けている工具入れの中にも、折りたたまれた状態で10個収納されています。
また、その南域となる新疆ウイグル自治区では沙漠特有のトビネズミ類やスナネズミ類が捕獲されました。
さらに、文部科学省科研費基盤A「チベット高原横断鉄道による野生動物への影響に関する研究」(代表 本学 星野仏方 教授)の一環で、チベット高原青海省での小哺乳類捕獲調査を実施しました。その際、ハムスターを含む多数の齧歯類とともにクチグロナキウサギも捕獲されました。このような形で日本にペット用として輸出されるのでしょう。なお、このナキウサギは腹腔内にヒフバエ科幼虫が見つかりました。
これらの寄生バエがナキウサギ(現地では農業害獣でもあります)の数を適度に抑えているという個体群動態学の研究があるようです。
エキゾチックペットの中でも人気のリス類として前述のシマリスは典型ですが、天山山脈で見つけたマーモットの巣穴もありました。
調査の運転手さんは、食用に空気銃で捕殺していましたが(私もお相伴にあずかりましたが)、幸いなことにその写真は見あたりませんでしたのでご安心を。
【参考】
愛玩動物看護師国家試験問題・正答
https://www.ccrvn.jp/aigan.shiken.mondai.kakoshiken.html
【執筆】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授、獣医師、博士(獣医学)。日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』および『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(ともに東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)など。
【編集協力】
いわさきはるか
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