日本に馬なんていたの!? 現代では馴染みのない「日本の馬」
皆さんは、「日本の馬」と聞いてどんなものを想像するでしょうか。
あまり馬と関わることがない人たちに聞いてみると、「日本に馬なんていたの? 知らなかった。」「競馬の中継ならテレビでよく見ます。サラブレッドですよね。」「農耕馬ですよね。小さくて走るのが遅いらしいね。」などの回答が返ってきます。
このように、現代の日本で一般の人たちが認識している馬は、競馬で活躍しているサラブレッドやばんえい競馬の輓馬(ばんば)など、ほとんどが欧米諸国で生まれた馬の姿であり、「日本の馬」の姿を正確に知っている人はかなり少ないと言えます。

日本には1,000年以上昔から「日本の馬」、正式には「日本在来馬」と呼ばれる馬が棲んでいました。
明治時代以前の日本では、馬といえば日本の馬でしたし、数十年前までどさんこ馬といえば北海道和種という日本の馬の一種のひとつを指す言葉でした。今ではすっかりイメージが洋風に様変わりしてしまいました。

お祭りで出会ったサラブレッドと日本の馬の大きさを比較させてもらいました。左が日本の馬、右がサラブレッドです。身長150センチの女性と並んでもらうと、サラブレッドがとても大きいとわかります。

「良く知らない小さい馬」という印象を持たれがちですが、日本の馬とは一体どのような馬なのでしょうか?
それを知るために、まずは家畜の馬の歴史からみてみましょう。
実はルーツは一緒! 乗用馬の起源
日本の馬も西洋の馬も、ルーツを辿ると同じ祖先に行きつくことが判明しています。
現在世界中にいる乗用馬たちの祖先は、ロシア南部のボルガ・ドン地方に生息していた特定の馬の一群で、紀元前2700~2200年(今から約4,500年くらい前)に飼育され始めたそうです。

地図引用元:https://chiiku-baby.jp/world-map/
肉や馬乳を利用するために野生の馬を飼養していたと思われる痕跡は、もっと古い時代(紀元前3500年ごろ)のものもあるようですが、馬であればなんでもいいという訳ではありません。野生馬は、怖がりだったり攻撃的だったり何かと扱いが難しく、人の都合で乗る・荷を積む・車を引かせるといった自然界にない仕事をさせるためには、大変高度な技術と途方もない根気が必要でした。
ボルガ・ドン地方生まれの馬たちは、人を背に乗せられる体格と人の指示を受け入れてくれる寛容な気質の両方を併せ持った馬だったようです。
それに気づいた人々が移動や荷運びに馬を活用しはじめると、わずか500年ほどの短い期間で大陸中に広まりました。同時に、各地域の野生馬との交配や自然淘汰、人為淘汰も行われていきました。アハルテケ種やアラブ種などの2,000~3,000年前の姿を現在も残す品種など、さまざまな馬の種の原型が作られていったのです。
日本の環境への適応
日本への乗用馬の導入は、古墳時代の4世紀ごろ(約1,600年前)であると考えられています。馬と同時に銜(はみ)や手綱(たづな)、鞍(くら)、鐙(あぶみ)といった馬具も一緒に伝えられ、日本ならではの進化がはじまりました。
日本にやってきた馬たちがまず直面したのは、日本の気候風土です。
その特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
・地震や台風、噴火、干ばつなど、あらゆる種類の災害が起こる
・災害の頻度も高く、同時発生することもあるので、被災の回避が困難である
・春~冬で食糧事情の落差が著しく、豊かな土地であっても飢える可性が高い
・温湿度差が大きく、それが疫病発生の原因となる
・気圧の変化も激しく、ただ生きていくだけで体に大きな負担がかかる
・山脈や急流河川など、移動が困難な地形が多く、安全な平地が少ない
日本の環境は四季の変化という情緒あふれる一面や、飲み水や塩の確保にあまり困らないという豊かさを持ちながらも、実際はかなり厳しい環境であることがわかります。
日本の馬は、このような変化の激しい環境で生き抜くうちに、生存に有利な性質を得ていくことになります。
例えば、冬季でも効率よく栄養吸収ができるよう消化器官を発達させ、必要以上に体を大きくせず維持エネルギーを最小にしました。荒れた傾斜地でも人を乗せたまま大地をしっかり踏みしめられるような骨格も獲得しました。人のそばで暮らしながら経験を積み、それを生活に生かす自律的思考も発達させています。
実際、日本の馬を扱う仕事をしていると、馬自身の意思で動き、日本人のように「空気を読んでいる」と感じる場面が多々あります。
一方で、西洋の馬たちからは、優しさの他に機械的な従順さを感じることが多いです。
これらの気質の違いは科学的に証明されているものではありませんが、日本人と外国人で考え方や感じ方が違うのと同様に、明確な差がみられます。
かくして、日本にやってきた馬は約1,000年かけて日本の環境に適応しました。モンゴルの馬のように一日100キロメートル走り続けられる能力こそ減退しましたが、粗食に強く、傾斜地にも対応でき、家畜として人と共存できる寛容さと思考力という、野生馬と家畜馬の相対する長所を絶妙なバランスで併せ持つ馬となったのです。
日本の馬と日本人の関係は、馬にも個性があることを肯定し、馬の感性に人が合わせる発想で成り立っています。乗ることに向いている馬は「乗系」、荷物を運ぶことに向いている馬は「駄系」のように、体型によって区分し使い分けました。
一方西洋では、広い土地を安全に移動したり、隊列を組んで集団で戦う戦術が有効だったので、人の意思を忠実に反映する従順さが求められます。
つまり、人に馬を合わせるのが西洋式であり、日本の馬とは逆方向の進化をしたと考えられます。
環境に合わせて進化した馬具と騎乗技術
人と馬が各地の環境の差から影響を受け独自の進化をしていくのに伴い、馬具も多様に進化しています。写真は、和式と英国式、アメリカ式の馬術に使用される鞍です。

日本の鞍は、足を乗せる部分である鐙が大きく、足が全て乗るスリッパのような形をしているのが特徴です。また、鞍本体の前後の木が下方向に長く作られた「鞍爪」(くらづめ)(下記写真の赤丸の部分)も特徴的で、乗り手の姿勢の変化を繊細に馬に伝える役割があります。世界中を探しても、これらと同型の鞍はまず見られません。

イギリス式やアメリカ式の鞍は、乗り手が安定して座るために乗り座骨(骨盤)の動きで指示を出すことに重きを置くので、座り位置へと乗り手を誘導する傾斜と柔らかい革張り構造になっている。
対して日本の鞍は、体を支えるために足を使うことを重要視しているので、木で組んだ硬い鞍に尻を浮かせるように騎乗します。「(尻の下に)紙一枚が挟まるくらい」と表現されるように、立ちと座りの間のような日本独自の乗り方である「立透かし」(たちすかし)と呼ばれる技法がこれに当たります。このような日本独特な騎乗技法は、総称して和式馬術と呼ばれます。和式馬術では、足で体を支えるために膝をしっかり曲げた姿勢で乗っている様子が、写真からでもわかると思います。


足でしっかり体を支え、立ち上がるように乗っている。
騎乗している様子も見てみましょう。一般的なイメージとして、座っている方が疲れない気がしますが、わざわざ膝を曲げて立つ乗り方をするようになったのは、日本の環境に適応するためです。
日本の国土は複雑な地形が特徴です。長時間、獣道や傾斜地、ぬかるみなどの悪路を走り続けなければいけません。これを解決する手段こそが、立ち透かしをはじめとする和式馬術なのです。
乗り手は、大きな和鐙(わあぶみ)を活用して自分の体を支えます。この時バランスが崩れても、馬に無駄な力を使わせることなく、自分の力だけで修正することが可能です。また、立ち透かしで乗り手の体重移動による馬への指示の伝わりが悪くなる問題は、鞍爪が姿勢の変化を伝える作用をすることにより解決します。和鐙と鞍の活用によって、馬に余計な負担をかけず、繊細な操作性も維持したまま長時間の騎乗を可能にしました。
この騎乗技法は、足元の踏ん張りがきくうえに、手綱の使用も最小限で済むという効果をもたらしました。それが、馬上で武器を自在に扱うことを可能にし、騎馬戦における戦術の幅を劇的に増やすことにもつながります。日本の騎馬文化の花形ともいえる甲冑武者による騎射戦は、あの大きな和鐙と繊細な鞍の構造があるからこそ成りたつものなのです。
日本人と日本の馬は、最適なバランスのベストパートナー
日本の馬が特別に小さいという認識は正確ではなく、サラブレッドや輓馬などの近代になって作られた西洋の馬たちがとても大きい、という方が正しいといえます。
骨や馬具などの調査がすすんだことで、サラブレッドや輓馬のような巨大な馬は中世ヨーロッパには存在しておらず、日本の馬より一回り大きい程度の体格しかなかったと言われています。住んでいた人たちも今よりかなり背が低かったことがわかっています。2024年の統計で、平均身長183.8センチメートルと世界一高いオランダ人の男性でさえ、200年前の平均身長は165センチメートルほどしかありませんでした。
江戸時代の日本人男性の平均身長は155~156センチメートルと言われていますから、当時の日本人が一緒に暮らすという点では、日本の馬は十分な大きさであったでしょう。
しかし、日本の馬のほとんどが徴用されて戦地から戻らなかったことや、残った馬も保護されるうちに野生化、弱体化、矮小化し、日本人の栄養状態や生活環境の質が向上したことで身長が高くなったこともあり、現代社会で日本の馬が生き残るためには多くの課題があります。
それでも、日本の馬と文化を愛好してくれている人たちの地道な活動により、「日本の馬、知っています! 思っていたより大きいんですよね!」と言ってもらえる機会が増えてきました。今後も、和式馬術の研究や馬を増やすための活動を続け、日本らしい馬との関わりを模索しながら、日本人と日本の馬の歴史を伝えていけたらと思います。




日本ならではの風景とともに
[参考文献]
・近藤誠二編、『ウマの科学』、 朝倉書店、2016年
・正田陽一編、『品種改良の世界史・家畜編』、悠書館、2010年
・S・アングリム他著、『戦闘技術の歴史 1 古代編』、創元社、2008年
・坂内誠一著、『碧い目の見た日本の馬』、聚海書林、1988年
・武市銀次郎著『富国強馬 ウマからみた近代日本』、講談社、1999年
・Anja Beran著、『馬場馬術の美しい騎座 騎乗時の姿勢・呼吸とエクササイズ』、緑書房、2021年
・nature、2021年10月28日号、「ウマのルーツ:現代の家畜ウマの遺伝的起源」
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/109895
・ナショナル ジオグラフィック日本版、「馬の家畜化と搾乳は5500年前から」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/987/
・ナショナル ジオグラフィック日本版、「謎だった家畜ウマの起源、ついに特定」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/102200520/
・ナショナル ジオグラフィック日本版、「ウマの驚きの事実が続々発覚、大規模ゲノム研究で」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/051400275/?P=2
・Al Ex Arabians,「Arabian Horse History」 最終更新2021年10月23日
https://alexarabians.com/arabian-horse-history/
・FACTS AND DETAILS,「AKHAL TEKE HORSES」 最終更新2016年4月
https://factsanddetails.com/central-asia/Turkmenistan/sub8_7d/entry-4843.html
・Warhorse The Archaeology of a Medieval Revolution, 「End of Project Blog」
https://medievalwarhorse.exeter.ac.uk/2023/03/24/end-of-project-blog/
・Warhorse The Archaeology of a Medieval Revolution,「The Size of a (War)Horse」
https://medievalwarhorse.exeter.ac.uk/2022/07/09/the-size-of-a-warhorse/
・World Population Review, 「Average Height by Country 2024」 最終閲覧2025/2/20
https://worldpopulationreview.com/country-rankings/average-height-by-country
・社会実情データ図録、「主要国の平均身長の長期推移」 最終更新2024/10/17
https://honkawa2.sakura.ne.jp/2196.html
・社会実情データ図録、「日本人の平均身長・体重の長期推移」 最終更新2018/7/15
https://honkawa2.sakura.ne.jp/2182a.html
[写真および画像引用]
・Pro.foto(プロ ドット フォト)
https://pro.foto.ne.jp/free/products_list.php/cPath/21_28_77
・帯広市ホームページ、【ばんえい十勝】フリー画像素材1
https://www.city.obihiro.hokkaido.jp/tourism/kankouchi/banei/1005832.html
・ちいく村、「子供でもわかりやすい国名入り高画質世界地図」
https://chiiku-baby.jp/world-map/
[参考写真撮影協力]
・江州御猟野和式馬術探求会の皆さん
・大野牧場
【執筆者】
磯部育美(いそべ・いくみ)
静岡県生まれ。日本の馬 御猟野乃杜牧場代表、江州御猟野和式馬術探求会会長を務める。山梨県の紅葉台木曽馬牧場で日本在来馬の生産や和式馬術について学んだのち、「日本の馬 御猟野乃杜牧場」を設立。日本在来馬の普及生産活動や和式馬具、和式馬術の研究をしている。NHK『歴史探偵』をはじめとする歴史再現、検証番組への出演、神事や伝統行事への参加、「乗系」在来馬による和式馬術演武の実演なども精力的に行う。諸外国の乗馬技法にひけをとらない高度な日本の馬文化を、日本人にこそ知ってほしいという思いをもって活動中。