カラス博士の研究余話【第22回】カラスの四季~田植えの頃~

カラスの忙しい子育て

ゴールデンウイークのころは、カラスも子育てで忙しくなります。孵化直後は赤子だったヒナに羽毛が生え、明らかにカラスの仔に見えるようになります。

エサを運んできた親と我先にと餌をねだるヒナ

カラスのヒナは貪食なうえ、一度に2~4羽を育てるので親鳥は餌運びに忙しくなります。雄・雌交互に15分間隔くらいで餌を運びます。兄弟姉妹の間で食べる順番などはありそうに見えないので、餌を食べようと口を大きく開ける元気な姿を見ることができます。餌が豊富な季節なので、親鳥が餌探しに困ることはないでしょう。

カラスの餌場

この時期の関東では、代掻きや田植えが各地で見られます。水が張られ、苗が植えつけられた水田は、ゲンゴロウやガムシなど水生昆虫の宝庫です。また、苗のもとになった苗の種子も残っています。ハシボソガラスは水田が大好きなのです。

田植えの様子
水田で餌を啄むハシボソガラス

早苗が規律正しく並ぶ間を歩いて餌を探し回り、見つけては啄みます。研究の一環で、この時期のカラスの胃内容物を調べたことがあります。あるハシボソガラスの胃は、水生昆虫の幼虫で一杯でした。しかし、不思議なことにハシブトガラスは水田の中では見かけません。ハシブトガラスの胃内容物には両性類のものかと思われる足が確認できました。時にはザリガニと思しき殻の破片も見られます。ハシブトガラスは用水路などに住むやや大きめに生き物が好みのようです。ハシボソガラスもハシブトガラスも雑食ですが、好みが違うようです。どちらのカラスも、営巣場所が水田の近くの雑木林や屋敷林、電柱などですので、ヒナに餌を運ぶのに好都合なのでしょう。

胃の中の昆虫(ハシボソガラス)
胃の中の動物の足(ハシブトガラス)

水田で見られる共生の形

水田を餌場にするのはカラスばかりではありません。この時期の水田は、様々な野鳥の餌場になります。カモは、まだ残っている種子米や水草を食べますし、アオサギやシラサギなどのサギ類もよく見かけます。餌となるカエルやフナなどがいるのでしょう。捕食相手の動きをジッとみているかのように水面を覗いて微動もしません。

水田の餌を探すカモ
水田で餌を探すサギ

このように、春の水田はカラス以外の野鳥たちにとっても大切な餌場になります。第21回のテーマに重なりますが、人間の営みを知って水田を利用している彼らも、シナントロ-プの仲間と言えます。

1981年に最期の野生のトキが捕獲されて絶滅しましたが、かつては日本各地に生息し、ドジョウや水生生物を餌にしていたようです。生産効率を重視した水田や水路のほ場整備、農薬や化学肥料の散布などが原因で餌の小魚などの水生生物がいなくなり、トキにとって生存が難しい環境になりました。

現在、佐渡・新潟でトキの野生復帰に向けての活動を、日本全土へ広げようという取りくみがされています。その活動において、水田の役割はとても大きいと思います。日本各地で見られたトキが、かつてのように水田で餌を探し、水面を見つめてゆっくり偲び足で歩いている姿を見たいものです。

トキの剥製。特別展「鳥」(2024年、国立科学博物館)で著者撮影

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。