ニワトリ、ブタ、ウシは、私たちが普段から食べているお肉になる動物です。これらは、人間が食用にするために改良を重ねた家禽・家畜であり、日本で食肉といえばこれら3種を思い浮かべる人が多いでしょう。北海道に住んでいる人は、ヒツジも身近な食肉かもしれません。アジア諸国では、家禽のガチョウやアヒル、家畜のヒツジやヤギをよく食べる地域もあります。
日本人の食生活は、海外と比べて利用する家禽・家畜の種類が少ないことが特徴です。これは、日本人の食生活の歴史と深く関わっているためと考えられます。
そこで今回は、日本で身近なニワトリ、ブタ、ウシなどの家畜・家禽の歴史についてご紹介します。
家畜はいつからいたの?
考古学による遺跡の発掘調査では、人間の食料となった動物の骨が出土することがあります。それらを分析すると、縄文時代には狩猟採集生活をして、食用としていた肉は野生のシカやイノシシが主であったことなどが分かります。そのころに飼育していた家畜は、狩猟の伴侶として活躍したイヌくらいです。
弥生時代になると、大陸から水田による米作りが伝わって農耕社会へと変化します。そのなかで、ブタやニワトリ、ネコが渡来しました。さらに古墳時代になるとウマやウシが渡来して、その後の日本で普及した家畜・家禽が出揃います。
ニワトリ
ニワトリとブタは、弥生時代に渡来したと考えられています。ニワトリは、奈良県の唐古・鍵遺跡で出土した弥生時代中期の骨が最古とされており、続く後期にはニワトリの頭の形を模した土製品も出土しています。

同県の纒向遺跡では、ニワトリをかたどった木製品や埴輪が出土しています。いずれも鶏冠をもったオスを表現しています。このような出土品が多いことから、ニワトリは食用として普及するよりも『古事記』の天岩戸神話の日の出を告げる鳥、すなわち太陽を呼ぶ象徴だったと考えられています。このような思想がいつまで続いたのかは明らかではありませんが、その後の時代の遺跡でもニワトリの骨が出土することは多くありません。実際に食用として利用が増えたのは、出土量が増加する中世末から近世のことと考えられています。
ブタ
ブタはイノシシを家畜化したものです。縄文時代にはイノシシが生息していなかったと考えられている北海道や伊豆諸島で、イノシシの骨が出土しています。縄文人がイノシシを連れて海をこえたと考えられますが、それを継続的に飼い馴らしたかどうかはわかりません。本州などの弥生時代の遺跡では、若い個体の骨が多く出土するようになり、顎骨に歯周病の痕跡がみられる骨もあります。

最近では骨コラーゲンの炭素・窒素安定同位体分析*¹によって、人間が給餌していたと考えられる個体がいることが明らかになりました。また、ミトコンドリアDNAの分析*²によって、西日本の遺跡では大陸から渡来した家畜ブタの系統が含まれていることも指摘されています。しかし、その後の時代の遺跡からは、イノシシあるいはブタの骨が大量に出土することは少なく、ブタ肉がすぐに普及した様子は窺えません。
*¹ 炭素・窒素安定同位体分析:過去の個体の食生活を推定できる分析法
*² ミトコンドリアDNAの分析:母系血縁を解析できる分析法
ウシ
牛肉食は、明治時代の文明開化によって普及された逸話が有名です。しかし、動力の機械化以前は、人の何倍もの力があるウシは、荷物の運搬や農耕などで活用される役畜としての役割が大きかったようです。
古代の文献には牛乳や乳製品が利用されたことも記されていますが、長期にわたって定着することはありませんでした。ウシの死後はその毛皮や角、骨などが資源として利用され、肉も食用になったと考えられています。古墳時代に移入されたウシは、食用を主目的として飼育するのではなく、生きている間は畜力として、死後は皮革などの原料として重宝されていました。江戸時代中頃以降では、ウシの骨を素材とした双六の駒やブラシの柄に加工したり、砕いて農耕用の肥料にしたりしていました。

おわりに
ニワトリ、ブタ、ウシは、日本に渡来してすぐ食用として普及したわけではありません。その背景には、仏教による不殺生、神道による肉食に対する穢れ観念が影響していたと考えられます。しかし、このような忌避は古代以降のことで、渡来した弥生・古墳時代からしばらくしてからのことです。ニワトリとウシは食用が主目的ではなかったようですが、ブタが食用だったことは間違いないでしょう。それにもかかわらず食用として定着するまでに時間がかかったことは、動物性タンパク質を豊富な水産物から摂取できたことが一因であると考えられます。近代以降は、食の西洋化によって徐々に畜類を多く摂取するようになりました。
場所が違えば食べるものも異なります。寿司やウナギなどの伝統的な水産物から、ニワトリやブタ、ウシなどの西洋的な美味しいお肉も食べられる日本はとても恵まれていると感じます。この先の未来でも、動物との生かし生かされ合う関係は続いていくのでしょう。
【執筆者】
丸山真史(まるやま・まさし)
東海大学人文学部教授。1978年兵庫県出身。
立命館大学文学部史学科卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都市埋蔵文化財研究所などでの勤務を経て、現在は東海大学静岡キャンパスで東アジアの動物考古学(人と動物の関係史)を中心に研究を行っている。共著に『海洋考古学入門』『ウマの考古学』『家畜の考古学』など。