動物園は出逢いの場【第1回】
微笑みの法則

世界で一番しあわせな動物「クオッカ」

「世界で一番しあわせな動物」と呼ばれるクオッカは、オーストラリア大陸の南西部および、その沖合のロットネスト島やバルド島に棲む小型のカンガルーです。

きゅっと口角が上がった丸顔とつぶらな瞳で、眺めるこちらまで「しあわせ」のおすそ分けで微笑んでしまいそうです(写真1、2)。

写真1

写真2

しかし、クオッカはわたしたちにお愛想をふりまいているのではありません。野生では海岸沿いの林や藪などを好み、暑さを避ける意味もあって昼間は草の中を移動し、あまり姿を見せません。本来的には用心深い動物なのです。結果として、オーストラリアの大陸部では森の開発や乾燥化でクオッカの個体数が激減し、絶滅が危惧されています。

埼玉県こども動物自然公園(SCZOO)は、本来の生息地であるオーストラリア以外では世界で唯一(2023年8月現在)オーストラリア政府の許可を得て、クオッカを飼育展示していますが、時間を定めた公開では来園者はクオッカを脅かしたり怖がらせたりしないように、ひっそりと見守るように求められています。動物園は動物たちがそれぞれの生態に見合った暮らしをしているところに、わたしたちがひととき訪れ、人間とはちがったかたちで進化してきた動物たちについて学ばせてもらう場なのですから、クオッカにはクオッカなりの向き合い方があるのは当然でしょう。

クオッカはなぜ微笑んでいる?

では、クオッカはなぜ「微笑んでいる」のでしょうか。それはクオッカたちの食べものと関係があります。クオッカは低い草木や木の実などを食べますが、ある種の葉を含めて繊維があるなどで固く噛みにくいものも少なくありません(写真3)。このため、顎の筋肉が発達して、あのような顔立ちになっているのです。

写真3

これは、竹笹を主食とするレッサーパンダやジャイアントパンダも同様です。SCZOOにはレッサーパンダもいるので見比べてみてください。

動物たちはその見た目にも、それぞれの種としての独自の進化が現われています。しばしばわたしたちの素朴な感覚とはズレる動物たちの「本当」、それこそが動物園で生きた動物たちを見る醍醐味と言えるでしょう。

SCZOOのオオカンガルーの展示場は間近で観察できるウォークスルー形式です。オオカンガルーは水に踏みいったりもしますが(写真4)、雨はそんなに得意ではないようで、そんな日は樹の下などに群れているのをよく見ます。ふと「雨に泣いている」などとつぶやきたくもなりますが、これも本当はどうなのでしょうか。オオカンガルーたちに訊ねてみたいな、などと思うところです。

写真4

【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物観に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『ウソをつく生きものたち』(緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。動物園エッセイ http://kosodatecafe.jp/zoo/