「その1」で企画展「メッセージ -絶滅危惧種と外来種の現在-」(会期は11/3(日)まで)をご紹介した那須野が原博物館は、常設展でも同地が経てきた自然史と人間の営みの歴史、そしてその絡み合いを垣間見せてくれます。
自然と共生してきた那須野が原の歴史
こちらは縄文時代の遺跡から出土した土器の取っ手です。
鳥やヘビなどをかたどっているように見え、出産・葬送などに際しての儀式と関連づけられていたのではないかと考えられています。
こちらはいささか竪穴式住居を思わせますが、明治期の開拓者の住宅です。
こうした手づくり・手さぐりの努力を伴いながら、那須野が原の近代化が推し進められました。そこでは、治水が大きな要であったことは前回お話しした通りです。
このように、那須野が原は多くの川たちとともにあり、それらの河川とどのように付き合ってきたのかがこの地、ひいては山と野と川から成る日本列島で暮らしてきたわたしたちの「自然と人間の関係」を映し出しているのです。
下の写真は、前回も少しご紹介した「なかがわ水遊園」に隣接する那珂川の土手です。那珂川は、那須野が原の北西から南東へと下る主要な水系の中核です。
実はこの景観を成す植生にも多くの外来植物が含まれており、現在に至る歴史とともに将来を展望しようということが、前記の那須野が原博物館の企画展の意図でした。
先ほど「山と野と川から成る日本列島」と申し上げましたが、もちろんそこには海も加えられるべきでしょう。栃木県に海はありませんが、いまも川は県境を越えて太平洋へと注がれています(なかがわ水遊園にも海産動物の展示があります)。あるいは、この那須野が原が海に覆われていた時代もあり、このあたりの地史も那須野が原博物館の展示で学ぶことができます。
なかがわ水遊園にある水族館「おもしろ魚館」は、館のまわりの外景を取り込むような水槽が展開されています(この水槽にも、何種かの実際に那珂川に移入している外来種が展示されています)。
那珂川とその周辺環境は、私たち人間の営みと共に移り変わっています。なかがわ水遊園は、それを多様なかたちで認識し、より深く考えられる場となることを目指しているのです。今後、園内のビオトープ化なども検討されています。
園内では、さまざまな野鳥などに出逢えます。
水槽に見る自然界のつながり
さて、おもしろ魚館に戻りましょう。観覧コースの入口近くには、トウホクサンショウウオが展示されています。
有名なオオサンショウウオは西南日本に分布しますが、小型のサンショウウオ類は、北海道から九州・四国まで日本列島の多くの地域に生息し、その数は40種を超えるとされています。移動能力があまり高くない小型サンショウウオが、各地域の環境に適応して多様な種を生み出しているありさまは、繰り返しながらに「山と野と川の日本列島」を実感させてくれます。
「その1」でも那須野が原博物館の企画展示物の一部としてカエル類を紹介しましたが、なかがわ水遊園では、さまざまなカエル類が共生する水槽がつくられています。
それぞれのカエルが水槽のどこにいるかを探しながら、この1つの水槽のなかに多様な環境を再現する工夫が凝らされていることを味わってください。
続いては、ミナミメダカの展示です。日本在来のメダカも、都市開発を含む環境の変化やカダヤシなどの外来種の影響を受け、いまや絶滅危惧種です。ミナミメダカは、岩手県以南の太平洋岸を中心に分布し、栃木では「ウキメ」と呼ばれています。
青森県から京都府丹後半島東部までの日本海側のメダカは「キタノメダカ」という別種とされています(2011年に現在の分類となりました)。
そして、こちらは「その1」で触れたタナゴ類です。既にご紹介した、種としてのタナゴをはじめ、栃木県では4種のタナゴ類が知られています。この写真はヤリタナゴとアカヒレタビラで、どちらも栃木県のレッドリストでは最も危険度の高い「絶滅危惧I類」となっています。これは「現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、野生での存続が困難なもの」ということになります。
タナゴ類は二枚貝のなかに産卵し、貝が吸い込む新鮮で酸素が豊富な水を、卵や孵化直後の稚魚の成育に役立てるという習性を持っています。つまり、これらの貝類を含めて環境が整わなければ、種の存続ができないのです。
なかがわ水遊園の各魚類の展示水槽は、その魚類と関わる植物や貝類などを取り合わせて構成されており、多種多様な解説サインも掲げられているので、それぞれの水槽のなかにひとつのまとまった世界を感じ取ってみてください。
そして、こちらは栃木県在来のタナゴながら「都」の名が付いているミヤコタナゴです。
「都」と付くのは、1909年にかつての江戸幕府の薬草園で、現在は東京大学理学部に属する小石川植物園の池から採集された個体をもとに、生物学的な記載がなされたからです。当時は、茨城県を除く関東地方に広く分布していましたが、その名の由来の東京都を含めて多くの生息地と個体群が失われ、いまは栃木県・埼玉県・千葉県の一部に生き残っているだけです。
ミヤコタナゴという種の存在を見出したのも近代科学なら、その生存を危うくしてきたのも同じ近代化の流れであったというべきでしょう。あちらこちらの動物園や水族館でミヤコタナゴの飼育(種の保存)が行われ、また、ミヤコタナゴの歴史と現在に学ぶという意図を含んだ展示が行われています。そのなかでも、現存地である栃木県の水族館での展示は、意義深いものと言えるでしょう。
これはアブラボテという魚で、やはり、タナゴのなかま(コイ科タナゴ亜科)ですが、濃尾平野以西に分布し、西日本原産です。
近年、栃木県内でも生息が確認されるようになり、国内外来種ということになります。とはいえ、「その1」でも述べたように、在来種と外来種を対立させて後者を「悪役」に仕立てるのではなく、わたしたちがそういう推移に直接的、間接的に関わりを持っているという実感を抱くことが大切でしょう。その手がかりとなるために、水族館や動物園の展示があるのです。
地域の恵みと環境保全
さて、こちらはなかがわ水遊園内にある味処ゆづかみでの昼食です。
鮨にご注目ください。いわゆる「サーモン系」なのは見て取れるかと思いますが、実はこれはご当地ならではの食材なのです。
こちらが鮨の主、ヤシオマスです。
昭和60年代に、なかがわ水遊園に隣接する栃木県水産試験場で開発された品種です(元はニジマスですが、三倍体という特殊な染色体の構成なので繁殖能力はありません)。身の色を、栃木県の花であるヤシオツツジに見立てています。柔らかくて口当たりの良い、さっぱりしたお味でした。
人の活動が自然に大きな影響を与えているのは事実ですが、それでもなお、さまざまな技術や知識は、人間がそれぞれの場に適応しながら暮らしを豊かにするべく編み出し、育ててきたものと見なせます。わたしたちは、他の生きものや環境に影響を与えずには生きられないのだからこそ、そこにあらゆる知恵や力を注いで、地域ひいては地球と末永く続く関係を探っていかなければなりません。
もう一つ、おもしろ魚館で展示されていた魚をご紹介しましょう。ホンモロコです。
本来、ホンモロコは琵琶湖(滋賀県)固有で栃木県では国内外来種ですが、なかがわ水遊園の対岸の那珂川町や(2014年~)、他にも、県南の小山市などで休耕田の有効活用として養殖が行われています。関西では、ホンモロコは淡白ながらに美味な高級食材として知られています。
休耕田でホンモロコを育てることは、周囲の生きものにとっては水環境の保全につながります。さきほどのヤシオマス同様に、味覚だけでなく、水族館での魚たちや他の生きものたちとの出逢いと、歴史や自然環境を含む風土を知的・情緒的にも味わい、その吟味のなかから世界とわたしたちのつながりへと、想いが広がることを祈念します。
◎なかがわ水遊園:https://tnap.jp/
◎味処ゆづかみ(なかがわ水遊園内):https://tnap.jp/purchase/yuzukami.php
◎那須野が原博物館:https://nasunogahara-museum.jp/
【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物表象に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『生きものたちの眠りの国へ』(緑書房)、『ウソをつく生きものたち』(緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。
動物園エッセイ:http://kosodatecafe.jp/zoo/
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