動物救急で多い こんな来院理由【第1回】
熱中症

今年もまだまだ暑い日が続きそう

“過去最高”“例年にない”“史上まれにみる”などなど。この数年、しつこいくらい耳にしてきました。気温のことです。地球がおかしいのか、温度計がおかしいのか、それとも自分の感覚がおかしいのか。9月ともなり秋分も近づけば、しつこい夏にもそろそろお引き取りいただいて、秋の気配を寄こしてほしいと思うのですが、残念ながらそうは問屋が卸しません。今年もまだまだ暑い日が続きそうです。

消防庁のデータによると、人の熱中症患者数は7月と8月がピークで、次いで6月と9月に多いようです。動物の場合も傾向としては同じかもしれませんが、筆者は5月や10月に熱中症の治療をしたことが何度もあります。

犬は熱中症を発症しやすい

犬の熱中症のシチュエーションとして特に多いのは、自動車内の閉じ込め事例です。5月頃、昼間に30分ほど2頭の犬を車内で留守番させていたという事例では、1頭は発見時に死亡、もう1頭は瀕死の状態で筆者の動物病院へ運ばれてきました。

JAF(日本自動車連盟)のデータによると、夏の炎天下でエアコンを作動させていない車内の温度は1時間で50℃を越え、ダッシュボードの温度は70℃に達する可能性があるとのことです。

自動車でなくとも、直射日光が当たり、エアコンが効いていない風通しの悪い室内では、同様の高温状態が発生する可能性があります。

犬は熱中症をたいへん発症しやすい動物です。猫に熱中症がないわけではありませんが、犬の発症数に比べれば、とても少ないと思われます。もともと犬は冷涼な気候を好む動物であり、暑熱環境に慣れていません。さらに、犬は人間よりだいぶ体高が低いですから、アスファルトの照り返しの影響を受けやすくなります。また、犬は靴を履かないことが多いので、熱されたアスファルトで火傷することもあります。

犬はほとんど汗をかかないことで知られます。私たち人間が暑い日に汗をかくのは、体温を調節するためです。体表の水分が水蒸気となる際に気化熱として熱を奪い、体温を下げるのです。犬は汗をかかない代わりに気道から水分を蒸発させ、体温を調節しようとします。暑い日に犬がしきりにパンティング(口を開けて舌を出し、ゲハゲハと素早く呼吸する様子)をするのは、そのためです。

こんな犬は特に要注意!

この特徴的な体温調節機能をうまく利用できない犬は、熱中症発症のリスクが高いと考えられます。たとえば、フレンチ・ブルドッグやボストン・テリアのような、いわゆる「短頭種」と呼ばれる犬種は気道が狭く、もともと体温調節が苦手です。

喉や気管に疾患(例:軟口蓋過長症、気管虚脱、喉頭麻痺など)を抱えている犬も、熱中症リスクが高いと考えられます。また、肥満している犬では体の熱が逃げにくく、さらに脂肪の付着によって気道が狭くなるため、やはり熱中症のリスクが高いと言えます。

なお、単純に気温だけでなく、湿度が高い日は気道からの水分蒸発が起こりづらく、熱中症リスクが高まると考えられます。

熱中症リスクが高いと思われる犬に対しては、「蒸し暑い日の散歩を控える」、「散歩に行くにしても、アスファルトが冷える夜遅くまで待つ」ことも必要です。また、日陰で休みながら頻繁に飲水をさせたり、保冷剤などで体を冷やしながら散歩するなどの対策も有効と思われます。被毛が密な犬では体温が逃げにくいので、思い切ってサマーカットにしてみるのも良いでしょう。

熱中症のサインと初期対応

蒸し暑い日の午後に屋外で元気に遊んだ犬が、夕方以降体が熱く、いつもよりパンティングが目立つようなら、とりあえず扇風機を当てて、涼しい環境にしましょう。

写真1のように口の中が真っ赤になっている場合は、体が必死に熱を逃がそうと、体表の血管を広げているサインです。

写真1:口の中が真っ赤な様子。熱を逃がすために体表の血管を拡張させている

このようなときは、犬の喉元や脇の下に保冷剤を当てることで、早く体温を下げられるかもしれません。ただし、あまりに激しくパンティングを行っており、舌が紫色になっているような場合は、緊急度がきわめて高い状態です。すぐに動物病院に連れて行くべきですが、それが難しければ、写真2のように冷水に漬けたタオルを体全体にかけたり、ホースで水道水を浴びせることも有効かもしれません。

写真2:熱中症へのその場の対応として、家庭にある保冷材やタオルを使う

冷やしたタオルは、犬の体温によってすぐに蒸しタオルのようになってしまうので、頻繁に交換することも大切です。ただし、熱中症以外の理由で体温が上昇することもあるため、可能であれば獣医師の指示のもと、これらの処置をしていただく方が良いでしょう。

なお、最重度の熱中症では体温調節機能を喪失し、低体温でもはや熱中症と思えないような状態に陥ることがあります。このような場合には、意識は朦朧とし、けいれんや不整脈、ひどい血便がみられたり、腎不全など多臓器不全を発症して、血液を固める力を失うなどが起こり、数日のうちに死亡する可能性があります。犬における最重症の熱中症の死亡率は、驚くことに40~56%と言われているのです。

熱中症は健康な動物をあっという間に死に追いやる恐ろしい疾患です。一方、適切な知識を持ち、速やかに対処することで、発症や重症化を防げる相手でもあります。「そろそろ涼しくなるはず」と油断することなく、暑さ対策を今しばらく怠らずに日々をお過ごしください。

この連載では、動物救急診療でよく遭遇する病気について、数回に分けて解説していきます。

【執筆】
杉浦洋明(すぎうら・ひろあき)
獣医師、横浜動物救急診療センター  VECCS Yokohama院長。東京農工大学農学部獣医学科を卒業後、浜松市の動物病院、横浜市の夜間救急動物病院勤務を経て、2022年6月に年中無休・24時間対応のVECCS Yokohamaを開院。動物救急医療のスペシャリストとして、日々多くの犬・猫の診療にあたっている。所属学会に、日本獣医救急集中治療学会、日本獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会、Veterinary Emergency & Critical Care Society。