人の2~3歳児と同等の知能
デグーは群居性をもつ動物で、群れの大きさ、協力の程度、社会的行動の特異性と集団性など、様々な側面で興味深い行動が観察されます(写真1、2)。
具体的には、群れの仲間が共同で大きく精巧な巣穴を掘る、あるいは協力して食餌を調達し、集団で生活することで捕食者の発見を容易にする行動がみられます。つまり、遺伝的関連性が比較的低い個体同士でも、共同で作業する特徴があります。そして、社会的な地位を誇示するために、巣穴の入口に小枝や岩を積み重ねたり、ワラや牛糞で隠すような興味深い行動もとります。
デグーは群れの中で行動する際に、主に音声で個体同士のコミュニケーションをとります。いわゆる会話(鳴き声)ですが、多彩な鳴き声で歌うように発することから、言語の研究対象としても注目されています。仲間からの鳴き声や歌を学習する能力も備え、発声によって食餌を得られるという条件付けも、約2カ月で覚えることができます(オペラント条件付け)。
また鳴き声だけでなく、親子や兄弟でグルーミングを行うなど、感情表現や行動でも積極的に相互のコミュニケーションをとります。さらに、ペットのデグーは人に馴れると撫でられることを好み、スキンシップをとることができるため、人を呼んだり、話しかけるような鳴き声をあげます。
このような特徴は他のげっ歯類に例がなく、人の2~3歳児と同等の知能ともいわれています。知能が高いデグーは道具を利用することもでき、大きい箱から小さい箱を下から順番に積み重ねる(入れ子操作)、柵越しの手が届かない場所に食餌を置くと熊手を使って取り、訓練後は道具を理解して使用する(熊手操作)などの行動が報告されています。霊長類やオウムなどと同様に、デグーは複数の事象の関係性を認識し、それらを統合する高度な認知能力を備えています。
社会的相互作用が重要
■ストレスによる疾患には要注意
一方で、デグーをペットとして1頭だけで飼育すると、社会的相互作用が欠如し、ストレスが溜まることで心因性脱毛や自傷などの精神的疾患が多発します。ストレス対策として、人がデグーとコミュニケーションをとり、玩具などを提供する方法がありますが、それ以前に以下のような潜在した問題もあります。
デグーの子育ては幼体の脳の発達に大きく影響し(写真3)、早期に親から離乳させる社会的孤立(親子分離)は、脳の神経生理学的変化を引き起こします(内側前頭前野のセロトニン作動性神経支配およびドパミン作動性神経支配のバランスの異常)。その結果、鳴き声や歌の習得、性格の発達、知的ならびに社会的能力の欠損をもたらすことが知られています。母親から3~21日齢の幼体を引き離すと、ストレスの指標となるコルチゾールとコルチコステロンが上昇したという研究結果もあります。
写真3:親や兄弟との生活が脳の発達に強く関与する
■社会的孤立の脳への影響
また、デグーは母親だけでなく、父親や同じ群れで血縁のない雌も子育てを手伝います。晩成性のラットやマウスとは対照的に、デグーは出生直後から視覚・聴覚が機能し、6日齢までには体温調節や固形物の摂取も可能となります。このような早成性にもかかわらず、離乳には約2カ月、性成熟には約6カ月を要します。
成熟後も群れの中にとどまることが多く、社会的依存性がラットやマウスにくらべて高いことが特徴です。つまり、幼体期の飼育環境における社会的接触は、成体になってからの脳に大きく影響します。そして、社会的孤立による脳への影響は、短期の分離によっても引き起こされます。1週齢のデグーを、群れから1日2回3分間の時間で3日間繰り返して分離したところ、ネガティブな情動経験の結果、発達過程にある海馬や扁桃体において受容体数の変化がもたらされました。
■高次脳機能へ関心が高まる
デグーは環境変化に対応して概日リズムを変化させることでき、一般的には昼行性ですが、野生での活動のピークは夜明けと夕暮れ時で(薄明薄暮性)、冬は暖かい日中のみ活動します。つまり、デグーは環境によって昼行性と夜行性の両方を示すことも可能で、環境温度、体内のメラトニン値、さらには他の個体のにおいなどが概日リズムの変調を招き、ストレスになる可能性があります。その他、食餌の繊維質不足や発情、あるいは基礎疾患などもストレスの要因になります。
デグーはげっ歯類でありながら、その生物学的特徴から、ラットやマウスのような標準的な実験動物とは異なる種類の実験に多く使用されます。例えば、デグーはラットやマウスなどと異なり、昼行性の覚醒/睡眠パターンを示すため、人の睡眠/覚醒サイクルおよび概日リズムを研究する際のモデル動物として利用されます。また、糖尿病および白内障を好発するため、自然発生動物としても研究されています。さらにデグーの新生子は、被毛が生えて眼や耳も開いているなど早熟で、活動性も高く、発達初期の研究が比較的容易です。
このようなモデル動物としての研究だけでなく、デグーの学習・認知能力についても近年注目が集まっており、高次脳機能の解明を目指す研究者の間で関心が高まっています。計数行動、エピソード様記憶などの研究が行われ、Uekitaらによって、デグーの他個体や物体配置の認知を司る脳部位(海馬)の役割が調査されています。また、老齢デグーの海馬にアルツハイマー様の神経変性が生じていることも分かり、新たな人の実験モデルとしても使われ始めています。
上述のように、デグーは高次脳機能をもつげっ歯類なので、飼育形態ならびに馴化の程度に不備があると、それが心因性脱毛や自傷などのストレス起因疾病につながりやすいのですが、実際のペットにおける発生頻度は不明です。
今回はここまでとします。次回の中編では「意思表示(発声と行動)」、その次の後編では「行動(ボディランゲージ)」を紹介し、このとても興味深い動物の魅力に迫ります。
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*本稿は『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(著:霍野晋吉、緑書房)の一部を改変し、まとめたものです。
【執筆】
霍野晋吉(つるの・しんきち)
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部卒業。獣医師、博士(獣医学)。1996年古河アニマルクリニック開業(茨城県)。1997年エキゾチックペットクリニック開業(神奈川県)。現在は株式会社EIC(https://exo.co.jp)の代表を務め、エキゾチックアニマルの獣医学の啓発や教育に関わる活動を行っている。その他、日本獣医生命科学大学非常勤講師、ヤマザキ動物看護大学特任教授、(一社)日本コンパニオンラビット協会代表理事、(一社)日本獣医エキゾチック動物学会顧問なども務める。著書に『カラーアトラス エキゾチックアニマル 哺乳類編 第3版』『同 爬虫類・両生類編 第2版』『同 鳥類編』『ウサギの医学』『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(いずれも緑書房)。
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