ペットと災害を乗り越えるために

本稿は季刊誌の「wan」2023年10月号(9月14日発売)に掲載している記事の改変版です。詳しい情報はそちらをご覧ください。なお、初出の発行日の関係上、令和6年能登半島地震に関する情報は含まれておりません。

地震、台風、豪雨など、さまざまな災害に見舞われる日本。そんな危機的状況にペットと一緒に遭遇してしまう可能性は、残念ながらゼロではありません。そこで、過去の大災害で多くのペットの救護活動に携わってきた獣医師として、これまでの災害事例からわかった教訓と、ぜひ備えておいてほしいことを紹介します。

飼い主さんは、読んでみて自分に足りなかったと思うところ、これは良いと思ったところは、すぐに取り入れていきましょう。あなたとあなたを頼りにしているペットの命を救うことにつながるはずです。

災害とペット

大きな災害が起これば、自分の意思で自発的に避難できないペットたちは避難が遅れがちになります。これにより飼い主さんが避難を遅らせたり、家に戻ったりしてしまった結果、飼い主さんが津波のような二次災害に巻き込まれる例が後を絶ちません。家族が必ずペットと同行避難しており、自分のペットを安全な場所に避難させていると信じられる状況を、家族間でつくっておいてください。

また、ひとたび大きな災害が起これば、人も資材も人命救助のために優先的に使われます。とくに発災直後の数日、被災地は大混乱に陥り、とてもペットのことを考える余裕はありません。なので飼い主さんは、ペットを守れるのは、飼い主である自分自身しかいないことを考えてください。そして、まずは自分が助かるための準備をしっかりとしてください。たとえば、避難袋を準備する、脱出経路に物を置かない、本棚やタンスを固定する、複数の避難口を準備しておくなどの備えは、ペットの避難にとっても役に立つはずです。そのあとに、ペット用の避難袋やフード、常用薬の準備といったペットのための準備をしましょう。

その上で、私が飼い主さんにお願いする最低限の備えは、次の通りです。

■フードなどの備え

一般的なフードを食べているペットは、フードのストックを持っているのがふつうですから、災害時には安心です。ただし、心臓病や腎臓病などで特別なフードを利用している場合は、もう一袋多めにストックしておきましょう。災害時は、一般のフードは供給されても、特別食を手に入れることは難しくなります。

また、手作り食しか食べない場合には、人間の食事さえなかなか手に入らない避難所やシェルターではたいへん困ります。たまにフードも食べる経験をさせておく必要があります。

■個体識別

名札を付けることはもちろんですが、首輪が抜けたり、名札が取れたりすれば、言葉を話せない犬や猫の身元を調べる手段はありません。必ずマイクロチップを入れておいてください。ただし登録まで行わないと、せっかくマイクロチップを入れても探すことはできません。所定の機関に書類を送るだけですから、必ず登録をしましょう。

■トレーニング

たとえば犬の場合は、クレートトレーニング、トイレトレーニング、マット、マテ、呼び戻し、社会化訓練など、災害に備えるためにできるトレーニングは多くあります。

災害に備える「トレーニング」は、ペットに「心の安定性」をもたらすことができます。人間と同じように、動物も知っていること、経験したことについては受けるストレスも小さくなります。

「クレートを知っている」「知らない人に散歩してもらったり、おやつをもらうことを知っている」「知らない人に体をさわられることを知っている」という安心感により、災害時の想像を絶するような大きなストレスから、体と心を守ることができるのです。

■共助の備え

日ごろからご近所のペット友だちを作っておき、災害のときにはひと言声をかけ合うようにしてください。同じペットを飼っている仲間として、共助の仕組みを準備しておくことが大切です。

災害獣医療部隊VMATとは

皆さんは「VMAT(ブイマット)」という言葉を聞いたことはありますか?

VMATとは、大きな災害が発生したときに動物の病気やケガをケアする獣医師会の部隊のことです。この部隊は獣医師、愛玩動物看護師、動物トレーナー、トリマーなどの動物の専門家によって構成されています。

大きな災害が起こると行政機関は人命救助に翻弄され、動物の救護については長いあいだ一時停止状態となることがほとんどです。そこで、いつ起こるかわからない大きな災害に対応するために、専門的な訓練を受けた獣医療チームが形成されたのです。

2013年に日本で初めて福岡県獣医師会でVMATが結成されました。2022年時点では、獣医師VMATの47名と愛玩動物看護師VMATの35名(合計82名)の隊員で福岡の動物たちを守るために活動しています。全国的には、17都道府県の獣医師会でVMATもしくは類似の動物救護部隊が結成されています。日本獣医師会でも、全国にVMATを作るために教育研修システムの準備を始めました。VMAT は、2016年の熊本地震で初めて実際の被災地で活動し、その後の豪雨災害にも出動しました。

しかし、VMATだけではすべてをカバーできません。そこで通常の動物病院を緊急時の臨時シェルターとして活用する協力動物病院、そしてVMATの活動を支える一般の支援部隊であるARS(アニマルレスキューサポーター)制度を作り、飼い主さんやボランティアさんの協力体制も構築しています。

図:VMATによる被災地での動物救護体制

実際の災害におけるペット

私が実際に経験した災害を例として、ペットと災害について考えてみたいと思います。

東日本大震災

2011年3月11日、三陸沖を震源としてマグニチュード9.0の地震が発生しました。

この地震と津波によって起こった福島第一原発事故のときには、ペットと同行避難できる状況であったにもかかわらず自宅に残したために、4000頭以上の犬や猫の命が奪われました。私は獣医師として、福島県警戒区域内の立入禁止区域に取り残されたペットの救助活動に参加しましたが、実際に取り残された犬や猫の遺体を数多く目の当たりにしました。人と動物、双方の不幸を絶対に作らないようにするためには、災害のときには動物を必ず連れて行くという「同行避難」を、当たり前の認識にすることが必要だと強く感じました(写真2)。

写真:東日本大震災における警戒区域に取り残された、瘦せこけた猫を保護するボランティア(2011年7月17日)

また、「この子がいるから避難しない」という飼い主さんも多かったといわれています。しかし、ペットたちは最後まで「生きる」ために信頼できる飼い主さんのそばにいるのだということを、しっかりと認識する必要があります。

熊本地震

2016年4月14日および4月16日に、熊本県熊本地方を震央とするマグニチュード7.3の地震(本震)が続いて発生し、熊本県西原村と益城町で震度7を観測しました。

まずは私を含めた調査隊が、揺れの続く熊本市内に入ってペットの被災状況を調査しました。

益城町総合体育館では、犬22頭、猫3頭が同行避難していました。避難所における人と動物の分離はほとんどなされておらず、「同居避難」状況でした。お互いの健康を考えると、早期に手立てを講じる必要がありましたが、混乱している避難所では実施は難しいようでした。

福岡VMAT本隊は、本震発生より8日目に獣医師5名で支援を開始しました。避難所などを巡回し、ペットの避難状況の確認および避難者からの聞き取りと必要なものの確認を行い、孤立した西原村に支援物資を届けました。その後の15日間、のべ60名のVMAT隊員が交代で、ペット健康相談コーナーにおける被災した飼い主さんからの相談への対応、避難所を巡回しての環境整備、物資の輸送などに従事しました。

写真:孤立した西原村へ物資を輸送するVMAT

写真:熊本地震時に開設していたペット健康相談コーナー

平成29年九州北部豪雨災害

2017年7月5日に発生した線状降水帯によって、福岡県朝倉市では24時間雨量が545.5ミリメートルにもおよび、朝倉市のほか杷木町、東峰村などに甚大な被害をもたらしました。

福岡県獣医師会では、災害発生時に会員の動物病院の入院設備を、一時的に預かりのために利用する「協力動物病院システム」を準備しています。このときも7月7日の時点で、20の病院において犬37頭、猫40頭の収容準備を完了しました。その後ピーク時には26頭を収容することができました。VMATとしては3名が福岡県と協働して避難所を巡回し、動物の避難状況を調査し、投薬や熱中症対策の伝達などを行いました。

写真:九州北部豪雨災害時に避難所を巡回調査するVMAT

危機の心理学

正常性バイアス

この記事を読んでいる皆さん。「ふーん大変だなぁ。でもうちは大丈夫」と考えてはいませんか?

人間には「正常性バイアス」というものがあります。災害における「正常性バイアス」とは、何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上のできごととして捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れなどの原因となることです。

正常性バイアスが働きやすいのなら、防災対策を日常生活のなかに織り込んで当たり前にしてしまいましょう。たとえば犬を飼っている場合は、散歩コースに避難所へのルートを入れたり、キャンプで擬似避難生活を体験したり、お友だちの犬と協力して疑似避難所体験をしたりできます。

まずはできそうなことを、ひとつ始めてみてください。

率先避難者たれ!

人間も含め、動物には仲間と同じ行動をとる習性があります。

犬と猫を飼育している世帯は全体の1~2割程度とわずかですが、そのわずかな世帯の方々が率先して避難する姿を見せることができれば、残り9割の人達の命を救うことができるかもしれません。「ポチくんが逃げるなら私も逃げよう」ということが起こるのです。「ペット飼育者は率先避難者たれ!」と、私は強く言いたいです。

復興の心

人間は、体験したことのないほど大きな災害に遭うと、極めて大きな虚無感に包まれてしまいます。しかしそのようなときにおいても、ペットは被災者である飼い主さんとその家族のメンタルを支えられます。なぜなら非日常的な避難生活のなかであっても、ペットのフードや水、散歩などの世話は一日も休むことができないからです。ペットの世話をすることで、飼い主さんは被災という非日常のなかから日常を取り戻すきっかけを得られるのです。

おわりに

ペットのために何かできるのかを自分ごととして考え、ひとつでも良いのでまず準備を始めてみてください。そして近所のペット友だちと会ったときは、「災害が起こったらどうするの?」と話しかけてみてください。きっと何か新しい気づきを得られるはずです。そして、それが大切なペットの命を助けることになると思います。

【執筆者】
船津敏弘(ふなつ・としひろ)
獣医師、認定心理士、動物環境科学研究所所長。2011年に東日本大震災の被災地を訪れ、動物の救助活動を行う。その経験から、福岡県獣医師会に呼びかけて2013年に日本初の災害派遣獣医療チーム「福岡VMAT」を結成。2016年には熊本地震発生直後に現地入りし、被災動物の救助・救命に尽力した。