とっても大切な猫の健康診断

「うちの子は病気知らずで、ぜんぜん動物病院に行ったことがないんです」

「わたしですら健康診断に行かないのに……」

「具合も悪くないのに、なんで『こわ~い』動物病院に連れて行かなきゃいけないの?」

これらは、体調不良をうまく隠してしまう猫の器用さ、猫を病院に連れて行く大変さ、どう付き合えば良いのかよくわからない「動物病院」との距離感……から出てきてしまう率直な声だと思います。

「なぜ猫が動物病院に行くべきなのか」という疑問にお答えするために、普段から定期健診に行っているご家族、大切さは分かっているけど足が遠のいているご家族、そして「なんで???」と疑問符だらけのご家族にむけて、「とっても大切な猫の健康診断」について触れていきます。

健康診断の2大意義

猫が病院に慣れるため

初めて訪問する場所は、人にとっても猫にとっても緊張することに変わりありません。「具合が悪くなったので、動物病院に猫を連れてきました! 動物病院は初めてです!」はよくある話ですが、猫にとってはとてつもなくストレスであることは容易に想像がつきますよね。

具合が悪くてしんどいときに、ご家族が鬼の形相で羽交締めにしたあげく、箱に詰められ閉じ込められます。いつもの生活圏から離れて、車や自転車が行き交う道を通り抜け、信号待ちの際には見知らぬ歩行者に覗き込まれます。「助けて~(ニャオ~)」の声も虚しく、さまざまな動物たちの匂いに満ち溢れた動物病院に到着したと思うと、やはり不安でたまらない犬や猫の悲しい声に出迎えられます。名前が呼ばれて入った部屋は消毒薬の匂いに満ち溢れ、白衣姿のマッドサイエンティスト風の人間がキャリーに両手を入れてきて……と、ホラー映画さながらの展開。これが猫たちの初めての通院体験です。

せめて動物病院という場所を、元気な状態で、もしくは精神的に安定した状態で初めて訪れることができたなら、動物病院に対する猫たちのイメージは違ったものになるでしょう。それが健康診断や定期健診など、痛みや苦痛を伴わない通院であれば、良い経験となるはずです。動物病院は怖い場所ではないんだよ、ということを猫に知ってもらうこと。それが一番の目的です。

猫が動物病院の環境に慣れてくれれば、獣医師も愛玩動物看護師も、よりリラックスした雰囲気で接してくれるでしょう。そんなときこそ、ご家族の皆さんが知りたいことを聞いてみるチャンスです。普段気になっていることを小出しに聞いてみてください。待合室に行列ができているときにたくさんの質問を投げかけても、獣医師もすべてに答えることは難しいかもしれませんが、1回ごとに小出しに質問を投げかけることで、きっと良い答えが得られるはずです。うまく動物病院を活用して、少ない投資で最大限の情報を引き出してみましょう。怪しい情報に満ち溢れたネット情報に振り回されずに済みますね。

猫がキャリーに自ら入るようになると、思った以上に通院がラクになりますよ。日頃から、おもちゃを入れて遊んだり、おやつはキャリーでもらう習慣にしたり、上蓋を外して、日当たりの良い場所のベッドとして使ったりしながら、キャリートレーニングをしておくと良いでしょう(写真1)。

写真1:通院に備えてキャリートレーニングをしておくと良い

「早期発見」のため

健康診断のもう1つの意義は「早期発見」です。

「早期発見」には「病気を早く見つける」という意味もありますし、確かに健康診断で病気が見つかればラッキーです。でも、ここで言う早期発見は「何か異常があったときに、早く気づいてもらう」という意味合いです。元気なときの猫をデータとして記録しておくことで、具合が悪くなったときに「いつもと違うな……」と気づくための秘策ですね。

猫は、具合が悪いときに不安な環境におかれると、具合の悪さを隠してしまいます。すぐにでも検査をして注射を打ってもらわなければいけない状態で、猫が何ともない演技をしてしまったとしても、元気なときの猫のデータと比べることができれば「ちょっと様子をみましょうか」となりにくくなります。

また、検査のデータを残しておくと、わずかな変化でも「病気になりそうかも……」という予感を獣医師に抱かせるきっかけになりますし、より具体的な提案をしてくれます。「食欲がなくなったら来院するように」とか「1週間後にもう1回再検査しましょう」など、次の指針が明確になるわけです。

さらに、健康診断にはご家族が慣れてしまっていた病気の再確認という意義もあります。「具合が悪いけど、猫が動物病院を怖がるから様子をみようかな……」と自己診断してしまい、そのうち猫も病気に慣れて慢性化してしまって、ご家族もその状態に慣れてしまった場合などです。

例えば、長年にわたって様子見していた目脂の症状について、健診で「この目脂は病気なんだよ」とはっきり獣医師に言ってもらうことで、ひどくならないように早く治療をすることができますね。

 

健康診断の頻度と検査内容

ペットの健康大国として有名なアメリカでは、「少なくとも年に1回、動物病院に行って健康診断を受けることが、猫の健康維持のために大切」ということが獣医師の間で共通認識されています。さらには、シニア期の猫であれば年2回の受診、持病のある猫はこまめに動物病院に行くことが大事です。

健診と聞くと、血液検査や尿検査のイメージが強いかもしれません。しかし、猫(犬でもそうですが)の健診で、私たち獣医師が最も重要視しているのは、家庭での様子についての問診と身体検査です。

家庭での様子についての問診

いつもの環境と違う動物病院では、動物たちは体調不良を隠してしまいがちです。本当は痛いのに、緊張していて痛みを感じにくくなっていたり、気持ちが悪いのに体調が良いフリをしたり、怖さや不安から「触られたくない!」と愛玩動物看護師や獣医師の診察を拒絶したり。そんなときでも、家庭での様子がわかれば健康に関する手がかりを得ることができます。

猫の普段の何気ない行動や仕草は、動画や写真に記録しておきましょう。専門家が診ることで「猫だから……」「年だから……」と思い込んでいたところに健康の綻びが見つかることもあります。「先生、うちの子はトイレの姿勢が変なんですよ」と笑いながらご家族が見せてくれた動画から、重大な健康トラブルを未然に防ぐことができた、なんて事例はよくあることです。

猫の気になる行動について相談する場合は、動画で撮影しておくことをお勧めします。スマートフォンやペット用見守りカメラなどを利用して、留守中の様子や、気になる行動を記録しておきましょう。また、部屋の間取りを写真や絵で記録しておきましょう。特に、食器、トイレ、キャットタワーなどの位置関係や、ベッド、隠れ場所、使用している場合はケージ、窓、玄関などの位置がわかるようにしましょう。トイレ行動についてのトラブルがある場合は、トイレそのものや周囲の家具との配置がわかるような写真も、意外に重要なポイントになったりします。

また、獣医師に聞きたいことはあらかじめメモして準備しておきましょう。「診察室に入った瞬間に、頭の中が真っ白に……聞きたいことを忘れちゃった……」なんていうのも、よくある話です。キャリーの中の猫を心配するあまり、緊張してしまうのは仕方がありません。健康に関わるような症状については、あらかじめ「問診」という形式で最低限、受付時や診察時にインタビューを受けますので、心配しすぎは不要です。

身体検査

一般身体検査では、主に外観の異常がないか、鼻の頭から尾の先までつぶさに確認します。脱毛、フケ、被毛のツヤなどを見ながら、感染症の有無や栄養状態を評価します。多くの情報が得られる顔周辺は、目・鼻・口・耳からの分泌物がないか、歯並びの異常や歯石がついていないかなど、チェック項目が多岐にわたります。そして触診したり、聴診したりしながら、骨や関節、心臓や消化管、腎臓・脾臓・膀胱など、体の奥の構造の形や機能に異常がないか調べます。

 

血液検査や尿検査などの精密検査は、後述の「健診で調べてもらえる検査項目」をご覧ください。

年代別! 猫のための健診項目

米国猫専門医協会が推奨している年代別健診項目について解説します。猫の健康管理については、4つの年代に分けて考えるのが良い、というのが最新の知見です(図1)。

各年代で推奨される検査項目とその頻度をまとめました(表1)。

図1:猫の4つの年代

表1:猫の各年代で推奨される検査項目(2021 AAHA/AAFP Feline Life Stage Guidelinesより改変)

子猫期の検診項目

子猫期(1才まで)には、糞便検査とレトロウイルス検査をします。屋外や多頭飼育環境から家庭内に環境が変わるため、ウイルスや寄生虫による感染症を持ち込んでいないかどうかの確認の検査です。

糞便検査は、家庭で排泄したうんちが検体になります。うんちの採取方法については、かかりつけの動物病院に相談してください。一般的な糞便検査は、1回の検査で体内の寄生虫を100%検出できる検査ではありません。家庭に来てから6ヵ月齢までの間に、3〜4回は繰り返し実施して、検査の正確性を高めた方が良いという考え方もあります。定期駆虫や健診のたび、糞便検査を受けてくださいね。

レトロウイルス検査は、採血した血液サンプルで抗原検査やPCR検査を行います。猫の人生に影響を及ぼす猫エイズウイルスと猫白血病ウイルスへの感染の有無を調べる検査です。検査結果に応じて、再検査や精密検査を実施します。

青年期の検診項目

青年期(1〜6才)は本来、免疫応答も十分で、気力もしっかりしている元気な時期です。この時期に健診をする意義は、病気を早期発見するためのデータを動物病院に蓄積することです。心身ともに健全な状態で、血液検査や尿検査、血圧測定を実施します。

初めての採血、採尿、血圧測定に、猫もご家族も戸惑うかもしれませんが、将来への投資と思ってコツコツと定期的に検査をしましょう。検査の間隔については、まず1回目の検査結果を受けてから、次の検査予定を獣医師に相談してみましょう。

血液検査では、血球計数と生化学検査、甲状腺ホルモン検査を行います。

尿検査の検体は、病院で採尿したものが望ましいですが、家庭で採尿したものをサンプルとして受け入れてくれる病院もあります。まずはかかりつけの動物病院に相談してみましょう。

血圧測定は、前脚や尾に「カフ」と呼ばれる計測器を巻きつけ、人と同じように最高血圧と最低血圧を検出します。気持ちが落ち着いていないと正しい検査結果が出ませんので、緊張や不安が強い場合は、猫のご機嫌を伺いながら別の日に検査をする場合もあります。高血圧症なのにほったらかしにしておくと、失明したり、心機能障害や腎機能障害がでたり、脳症状の引き金となったりします。若いうちから血圧測定に慣れておくと、シニア期によくみられる高血圧症を早期発見して早めの対応を取ることができるでしょう。

壮年期の検診項目

壮年期(7~10才)は、健診を受けたときに、ちらほらと検査結果にエラーが出てくる年代です。目に見えて食欲、嗜好、飲水量の変化が見られる場合もあります。

家庭で見られている変化を獣医師に伝え、健診の結果と今まで蓄積してきた検査結果を照合してもらうことで、早期発見・早期診断・早期治療が功を奏することでしょう。1~2年ごとに血液検査・甲状腺検査・尿検査・血圧測定を行い、必要に応じて糞便検査を受けましょう。

もちろん、定期健診で異常が出ないに越したことはありませんが、異常が出ないにもかかわらず気になる症状がある場合は、獣医師と相談して、X線検査、超音波検査、CT検査などの画像検査を検討しても良いでしょう。

シニア期の検診項目

シニア期(10才〜)は、健診で何らかの異常が見つかりやすい年代です。年齢だから……と様子を見るのでは、ほったらかしと一緒。今まで人生の伴侶として生活してくれた相棒に感謝を示し、再び健康に生活するためのお手伝いをしてあげましょう。

半年に1回は、血液検査、甲状腺検査、尿検査、血圧測定、必要に応じて糞便検査を受けましょう。痛みに関連した症状がある場合は、関節を中心としたX線検査を勧められる場合もあります。

健診で調べてもらえる検査項目

【CBC】:血球計数
血液中の細胞成分についての精密検査です。赤血球の数や性質をつぶさに評価し、貧血の有無や造血の状態を知ることができます。白血球の種類とその数のバランスから、炎症反応や体内のストレス反応、免疫応答、アレルギー、慢性化した炎症、寄生虫感染症の有無などを知ることができます。

【生化学検査】:TP、ALB、グロブリン、ALP、ALT、GLU、BUN、CRE、P、Ca、Na、K、SDMA(早期腎障害マーカー)など
血液中の微量成分を検出することで、内臓の機能を数値化し、肝臓や腎臓などの臓器障害や機能低下の有無、骨代謝、ホルモン代謝の異常、栄養状態などを知ることができます。

【尿検査】:比重、沈渣、糖、ケトン、ビリルビン、タンパク
一般性状検査では、尿の濃さや性質から、体全体の健康状態を大雑把に捉えることができます。腎機能の評価やホルモン分泌異常を知るために追加検査をすることもあります。

【甲状腺ホルモン検査】:T4
採血した血液サンプルを使って検査します。体重が減っていたり、夜鳴きをしたり、イライラしているなどの症状が見られる「甲状腺機能亢進症」の有無を知ることができます。壮年期以降でみつかりやすい病気です。

【血圧測定】:高精度オシロメトリック法、ドップラー法
「青年期の検診項目」の血圧測定の段落を参照ください。

【レトロウイルス検査】:猫エイズウイルス、猫白血病ウイルス
「子猫期の検診項目」のレトロウイルス検査の段落を参照ください。

【糞便検査】
「子猫期の検診項目」の糞便検査の段落を参照ください。

その他の画像検査

【X線検査】
X線を照射し、体の中の構造を調べる検査です。骨や関節の評価を得意とします。内臓の配置や大きさの変化について全体像を1枚の写真として映し出すことができる点で、健康診断とセットで実施されることが多い検査です。

【超音波検査】
体に害の少ない超音波を照射することで、臓器の構造や動きの評価をすることを得意とする検査です。X線検査より細かな構造を映せるため、内臓の小さなできものも見つけ出せます。心臓病や腸閉塞などの胃腸の運動機能異常や、血栓を見つけ出すときに有用な検査です。X線検査と組み合わせて実施することで、強力な早期発見ツールとなり、獣医師の診断を助けてくれます。

【CT検査】
X線をらせん状に照射し、体の隅々の情報を画像として描き出す検査です。3つの画像検査の中では、隠れた病気を見つけ出す能力が最も高い検査ですが、全身麻酔をかけないと正しい評価ができません。高性能な機器を有する施設では、無麻酔で実施している場合もあります。前述の他の検査よりは、高額な検査費用がかかります。

まとめ

定期的に動物病院に行く習慣がない人へ

まず動物病院に行ってみて、一度健康診断について相談してみましょう。

年に1回は健康診断に行きます! という人

健診の内容が年齢に見合ったものか見直してみましょう。

定期駆虫で月に1回行っている人

その調子です! 早期発見・早期対応が、愛猫をしあわせな健康生活へと導いてくれること間違いなしです。

【執筆者】
桑原 岳(くわはら・たけし)
獣医師、くわはら動物病院(大阪市平野区、http://www.kahp.co.jp/index.html )院長。北海道大学を卒業後、マーブル動物医療センター(神奈川県藤沢市)で臨床獣医師としての心構えを学んだ後、祖父の代から続く地域診療に根ざしたくわはら動物病院を継ぐ。勤務医時代に突然病院を訪問してきた米国猫臨床家協会元会長のMargie Scherk先生の猫に優しい保定方法に度肝を抜かれたことをきっかけに、国際猫医学会(isfm)主催の国際学会に参加したり、シドニー大学通信教育「猫医学」講座を受講するなど、猫についての学びを深める。「動物も人もストレスは最小限で」をコンセプトに、予約診療の積極的な導入や猫専門診療施設「The Cat Clinic」の運営に携わってる。ねこ医学会(JSFM)では理事を務め、市民講座やCATvocate認定講座を担当する。その他の公職として大阪市獣医師会副会長など。