みんなに知ってほしい牛のおはなし【第3回】乳生産のヒミツ

乳牛の驚くべき能力

牛がどのくらいの生乳を作るかご存知ですか?
実は、牛1頭あたり1日に約20~30キログラム、1年間では約8,800キログラムもの生乳を作ります。

*「生乳」は、搾乳したままの牛の乳です。「牛乳」は、生乳に加熱処理や調整等の加工を施したものを指します。

本来であれば、生乳は子牛を育てるために作られます。しかし人間が生乳を利用するために、乳牛の改良や飼養技術の向上を行ったことで、泌乳量(ひにゅうりょう:乳が分泌される量)が飛躍的に増加しました。

1頭あたりの年間乳量も、1965年には4,250キログラムでしたが、2020年には8,806キログラムにまで増えました。

乳牛はアスリート!?

生乳は乳房内にある乳腺細胞で作られます。乳腺細胞は、乳房内を流れる血液からさまざまな栄養素を取り込んで生乳を作ります。1リットルの生乳を作るためには400~500リットルもの血液の循環が必要と言われています。

ゆったりして見える乳牛ですが、常に大量の血液を乳房内に送り込むという、アスリート並みの活動をしているのです。

食べてすぐ寝ると牛になる

牛は1日のうち12時間以上は横になり、反芻したり休息したりして過ごします。

牛は横になっていると乳房への血流が増加するため、乳量が向上するとされています。つまり、横になって休むことは乳量アップのために大切なのです。

給餌の2時間後に牛群を観察し、観察した全頭数のうち牛床(ぎゅうしょう)で横臥(おうが:横たわること)していた頭数の割合を出すことで、牛にとって休息しやすい環境かを評価できます。横臥していた個体が70%未満であれば、牛床の快適性を改善する必要があります。

写真1:牛にとって食後に横になって休むことは重要

搾乳のしくみ

乳房内には、乳汁を生産している乳腺胞と、乳汁を貯蔵する乳槽(乳腺槽・乳頭槽)があります。

乳槽に溜められる容積は多くても500ミリリットルほどであり、大部分の乳汁は乳腺実質にとどまっています。乳腺実質内に溜まっている乳汁はいくら搾乳機で吸引しても搾り取ることができません。オキシトシンの作用(乳汁排出反射)があって、はじめて搾ることができます。

搾乳の際、乳頭に物理的な刺激が加わることで、脳の下垂体からオキシトシンというホルモンが分泌されます。オキシトシンが血流にのって乳腺に到達すると、乳腺胞の周りにある筋上皮細胞が収縮して、乳腺胞腔が押しつぶされます。これにより、乳腺胞腔に溜まっていた乳汁が、まるで水分をたっぷり含んだスポンジを絞るように排出されます。こうして乳汁が乳管・乳槽へ移行し、生乳が搾れるようになります。

初乳と常乳の違い

母牛が分娩直後に分泌する初めての乳汁を「初乳」、分娩5日目以降のものは「常乳」と呼びます。分娩後5日間は搾乳しても出荷されず、6日目から生乳として出荷されます。

産まれたばかりの子牛にとって、初乳はとても大切なものです。

常乳と比較すると、初乳にはさまざまな成分が高濃度に含まれており、日が経つにつれて薄くなっていきます。たとえば初乳には免疫グロブリンがたくさん含まれており、産まれたばかりの子牛は飲むことで病原菌と戦う抗体を獲得できます。

ほかにも初乳には、脂肪、タンパク質、ミネラル、ビタミンなどが豊富に含まれており、子牛の栄養補給に役立ちます。さらに、初乳中にはたくさんの免疫細胞や成長因子、サイトカインなどの生理活性物質が含まれていて、子牛の免疫活性に重要な役割を果たしています。

[参考文献]

・一般社団法人日本乳業協会. 日本の酪農の現在 ~牛乳が生まれる原点のところ~.
https://www.nyukyou.jp/support/farming/index01.html
・釧路総合振興局. よく寝る牛は乳量アップ.
https://www.kushiro.pref.hokkaido.lg.jp/ss/nkc/gijyutu2209tyu.html
・泉賢一.  泌乳と搾乳の生理. 酪農ジャーナル電子版 酪農「PLUS+」. 2018.
https://rp.rakuno.ac.jp/archives/feature/54.html
・大塚浩通. 初乳の重要性と初乳給与の基礎知識. 酪農ジャーナル電子版「酪農PLUS+」. 2021.
https://rp.rakuno.ac.jp/archives/feature/3796.html

[写真出典]
写真1:写真AC

【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。