虫を見て「きれいだな」と感じたことはありませんか? そして、そのような虫の美しさが表現された、精巧なガラス細工を見たことはありますか?
「ガラス昆虫作家」のつのだゆきさんに、ガラスで虫を作りはじめた理由や、調べて分かった「虫のおもしろさ」、本物そっくりのガラス昆虫を作るときの工夫などをお聞きしました!
ガラス製作で気づいたアリのおもしろさ
つのださんがガラスで虫を作りはじめたきっかけを教えてください。
母校である女子美術大学メディアアート学科の卒業制作で、「気持ち悪いものを作りたい」と考えたことがきっかけです。当時の私は「虫嫌い」だったので、死んだセミにアリが群がったり、テントウムシが身を寄せ合って越冬していたりという光景を「気持ち悪いもの」として想定し、その中でも身近な虫としてアリを題材に定めました。
そして、絵や針金、粘土、木材などでアリを試作するうちに「アリが密集したときのうごめく感じを再現するには、立体感と足の細さが必要だ」と気づきました。そこで、当時ガラス工芸をしていた母に相談したところ、「ガラス作家の清水透さんは虫をガラスで作っている。あなたも挑戦してみたら」と言われました。そこでガラスでアリを試作したところ、今までで一番「アリらしさ」が再現できたのです。
私は、自分の頭で製作工程を具体的に想像してから作品を作るタイプです。頭の中で「足を細くするには早く引っ張る」「太い個所は余熱をしっかりする」と考えてから試し、失敗したときには「工程の順番を変えてみよう」などと分析して、自分の想像に近づけていきます。アリについても大きめのサイズでこのような試行錯誤を繰り返したあとに、徐々に実物大に近づけていきました。
しかし、試作する中で「私が想像で作ったアリと、実物のアリは姿形がまったく違う」ということに気づきました。そして、作品を実物に近づけるために、生きているアリを観察したり、標本を手に入れたり、生態を調べたりしているうちに、「アリって、おもしろい」と気づいたのです。そのままアリ以外の虫についても調べるようになり、次は「虫って、おもしろい」と気づきました。もともとは、虫についてよく知らないままに苦手意識をもっていたのですね。
私のファンには虫好きの方が多いのですが、「虫は嫌いだけれど、ガラス昆虫は好き」という方もいます。私は「元は虫嫌い、今は虫好き」なので、どちらの気持ちもわかります。個展などでそれぞれの立場からお話を聞くのは面白いですし、そうした交流の中で作品に「いいね」と言っていただけるのは制作意欲につながっています。
虫について知るうちに、とくに好きになった種類を教えてください。
マイマイカブリが大好きになりました。カタツムリを食べないと成長できない生態や、それに特化したデザイン、日本の固有種であるという特殊さなどに興味を覚えたのがきっかけです。その流れでゴミムシ(オサムシ科を中心とした多様な分類)も大好きです。好きすぎてこだわりが強く出てしまい、「うまく作れない」と感じることの多い虫でもあります。
繊細なこだわりで実物に近づける
ガラス昆虫をつくるときの「こだわり」を教えてください。
色、質感、サイズ、形などに気を配って、できるだけ実物に近くなるようにしています。
色については、工房に30色ほどあるガラスを混ぜ合わせて複雑なニュアンスを出しています。たとえばバッタ類は、緑の不透明ガラスに薄くクリアガラスを被せることで、不透明でありながら潤いのある体色を表現しています。昆虫によく見られる構造色は、ガラスでの再現が難しいので、別素材を使うこともあります。
質感についても、透明な羽の重なりはクリアガラスを重ねたり、マットな虫はエッチング剤を塗って艶を消したり、マイマイカブリなどのゴツゴツした虫は割れる覚悟でサンドブラストをかけたりして表現しています。
サイズと形については、写真や標本を手元に置いて、できるだけ想像に頼らないようにしています。慣れてくると想像に頼ってしまい、実物から離れたものになりやすいからです。
想像だけでつくると、どのように変わりがちですか。
想像だけでガラス昆虫を作ると、実物より大きく、足が長くなり、全体的に間延びしてしまいます。特にハナカマキリの顔などを想像だけで作ると、シャープさが薄れ、丸く可愛い印象になってしまいます。また、同じ種類をたくさん作るときには、並べたときにまばらな印象になってしまいます。
特に作るのが難しかった昆虫はありますか。
今まで作った中で最も難しかった虫は、ミンミンゼミです。
ミンミンゼミは、羽、頭部、胸部、腹部をパーツごとに作り、すべてをドッキングしてから肢を作ります。そのバランスを間違えると別の昆虫のようになってしまい、ものすごく難しいのです。
パーツごとの製作にも難しさがあります。たとえば羽は、ギザギザのピンセットでクリアガラスを潰して脈のような凹凸をつけたあと、エナメル剤で黒い模様を描き、焼き付けして定着させます。胴体は、パーツごとに薄さに強弱があるほか、足を折りたためるへこみがあるため、少しのミスで全体のフォルムが変になります。顔も、正面から見ると「しょぼん」としているのに、真上からは「きゅるん」としていて、再現が難しいのです。
他にも、鱗翅目(チョウやガが分類される)はガラスで作るのが困難なので、ほとんど依頼を受けていません。バーナーで平たいものを割らずに均等に熱するのが難しいというのが、第一の理由です。また、チョウの羽のように左右対象で、模様がしっかり入っていて、薄さが同じぐらいで、大きさが左右でぴったり合う、というものを作るのは難易度が高いのです。しかし、なんとか製作できないかというチャレンジは続けています。
今までに作ったことのない種類の虫を作ることは良くあるのでしょうか。
特注を受け付けているので、かなりニッチな虫にチャレンジすることもよくあります。虫の研究者から研究対象の製作依頼をいただくことや、研究室を離れる方へのプレゼントとして依頼をいただくこともあるんですよ。
特注を受けるときは「あまりにも細かすぎる個所は作れない」という説明をしたあとに、その虫が好きだからこそ外せない特徴をヒアリングして、可能な限り再現できるように製作しています。
ファンのほとんどはSNSから
「ガラス昆虫作家」としてファンに愛されるようになったきっかけを教えてください。
ガラス昆虫作家としての活動をはじめたばかりの頃は、虫の造形を詳細に知るために、X(旧Twitter)で虫の写真を撮っている人を積極的にフォローしていきました。その縁で虫好きな方との交流ができ、私の作品も虫好きの方に見ていただくことが多くなっていきました。
他に、多くの方に興味を持っていただくようになったきっかけとして、テレビ番組「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」で2012年に放送されたミツツボアリの特集と、2013年のハキリアリの特集が挙げられます。私は2013年頃にタイミングよくミツツボアリとハキリアリを作っていたため、「TVで見た虫だ!」と拡散いただいたのです。それからは、個展の来場者も「SNSで知りました」という方が大多数です。Xを通じて仲良くなった方も多いですし、作家活動の要となっています。
作った作品は、主にどちらで販売しているのでしょうか。
作品は、オンラインショップ、個展、イベント、ガラス工房の4か所で販売しています。
東京都青梅市にある「硝子工房YUKI/Glass insetto」は、ショップが併設されたガラス工房です。都心から外れていて訪れる人も多くないので、ゆっくりと店内を見ることができますよ。
「ガラス昆虫を通して虫の魅力に触れてほしい」
これからチャレンジしたいことはありますか。
原点回帰で、ガラス昆虫を作るようになったきっかけである「集まってうごめく虫」を、その虫の生態が伝わるジオラマ風に展示したいと考えています。
昔と比べて私の腕も上がり、アリの品種を特定できる形で作れるようになりました。クロオオアリ、ムネアカオオアリ、トゲアリなどの種類を、それぞれの生態がわかるようなディスプレイに並べるのもおもしろそうだなと計画しています。
見るのが楽しみです! 最後に、この記事の読者へのメッセージをお願いします。
私の作品は写真からサイズや立体感が伝わりづらいので、ぜひ現物を見ていただきたいです。ガラス工房や個展のほかにも、京都で開催される「いきもにあ」や、東京ビッグサイトで開催される「デザインフェスタ」などのイベントに出店することもあるので、ぜひSNSをチェックして見に来てくださいね。そして、私のガラス昆虫を通して、そのモデルとなった虫の魅力にも触れていただければ嬉しいです。
つのだゆき
1991年生まれ。2012年に昆虫などをテーマにガラス製作を開始。2013年の女子美術大学メディアアート学科卒業後、「ガラス昆虫作家」として本格的な制作活動をはじめる。2022年に「ガラス工芸YUKI//Glass insetto」をオープン。
X:tunoda_yuki
公式サイト:https://www.tunodayuki02.com/
硝子工房YUKI
公式サイト:https://glassinsetto.shopselect.net
X:Glass_insetto
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