貴重な動植物の住処:釧路湿原
北海道の東部に位置する釧路には、日本最大級の湿原が広がります。私も、初めて訪れて展望台から湿原を見下ろしたときには、あまりの広大さに目を奪われました。ここでは多くの貴重な動植物が暮らしています。たとえば、鳥類ではタンチョウやオジロワシ、魚類ではイトウなどです。
特別な許可をもつ方に案内していただいて、それらの生態を近くで観察できる場所を訪れると、「谷地坊主」と呼ばれる独特な植物群落がみられます。谷地坊主の合間を縫うように走る流れは、泥炭層などの影響か茶色く濁っていました。
夜に集まるオオサンショウウオたち
4月中旬から5月にかけて、湿原の水辺は賑やかになります。日本では釧路湿原の周辺でしか見ることができないサンショウウオであるキタサンショウウオも、この頃に産卵をはじめます。
この時期の夜間に、同じ景色がどこまでも続く湿原を、現地調査をしている方に誘導していただきました。案内された場所に明かりを灯すと、水面に波紋が広がります。しばらくじっとしていると、浮かんでいる枯れ枝を掴むようにして何かが浮いてきました。キタサンショウウオです。次々と浮かび上がってきて、数十個体が目の前に現れました。
枯れ枝につかまったオスは、尻尾を左右に振っています。メスを呼んでいるのです。陸上から来たメスは、水に入ると溺れるような泳ぎ方でオスの元にやってきます。
メスが卵を産みはじめるのを、オスはそばで見守ります。しかし、途中で我慢できなくなったようで、メスから卵を引き抜くように絞り出しました。この頃になると、オスはメスへの興味をなくし、卵のみに執着します。卵を抱きしめて精子を念入りにかけ、受精させるのです。その頃になると、メスの姿はもう見えなくなっています。
湿原のサファイア
サンショウウオの研究者の間で使われる「湿原のサファイア」という言葉があります。茶色い水にライトを照らすと浮かび上がって見えるキタサンショウウオの卵は、宝石のサファイアのごとく青白い卵のうをしているのです。その景色には、いつまでも見続けたくなる神々しい美しさがあります。ところが、翌日の日中に同じ場所を訪れてみると、卵のうは水を吸って膨らんでおり、青白い色はほとんど見られなくなっていました。あの輝くような景色は、一晩だけのものだったのです。
氷河期から釧路湿原で暮らしている?
日本には多くのサンショウウオが暮らしており、近年でも毎年のように新しい種が記載されています。キタサンショウウオはその中で唯一、日本固有ではない種です。カザフスタン、中国、モンゴル、ロシアなど広範囲に分布しており、有尾目で最も分布が広いとも言われていますが、日本では釧路湿原周辺でしか見られません。
釧路湿原に住むキタサンショウウオの起源はとても古く、氷河期くらいから釧路湿原で暮らしているそうです。このように古くから貴重な動植物が住む場所が、釧路湿原のほかにも日本にはたくさんあります。ぜひ、そのような場所を訪れて、日本の自然の奥深さを感じてみてください。
【文・写真】
関 慎太郎(せき・しんたろう)
1972年兵庫県生まれ。自然写真家、びわこベース代表、日本両棲類研究所展示飼育部長。身近な生きものの生態写真撮影がライフワーク。滋賀県や京都府内の水族館立ち上げに関わる。『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!』シリーズ(ニホンヤモリ、ニホンイシガメ、オオサンショウウオ、ニホンアマガエル、オタマジャクシ、イモリ、トカゲ、小型サンショウウオ)、『野外観察のための日本産両生類図鑑 第3版』『同 爬虫類図鑑 第3版』、『世界 温帯域の淡水魚図鑑』、『日本産 淡水性・汽水性エビ・カニ図鑑』(いずれも緑書房)、『うまれたよ! イモリ』(岩崎書店)、『日本サンショウウオ探検記 減り続ければいなくなる!?』(少年写真新聞社)など著書多数。最新刊『日本のいきものビジュアルガイド はっけん! カナヘビ』(緑書房)が2024年3月29日に発売。
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